「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年05月04日

オサマ・ビン・ラディン殺害をめぐり、米国政府の説明は、ころころと変わる。

ビンラディン殺害については、バラク・オバマが「アメリカ人よ!!!」みたいな、映画のクライマックスみたいなスピーチで述べた内容が、どんどん(微妙に)修正されている。オバマが「firefightで」と述べた部分は、その後に声明なり記者会見なりで発言した米政府スポークスマンらの発言では曖昧化され(その部分を詳細に語ろうとした形跡なく)、特に「オサマ・ビン・ラディンは夫人を『人間の盾』にした」という、「あのさ、映画じゃないんだから……」と思わずツッコミたくなるような部分は、現在では「『人間の盾』はなかった」を経て、「夫人は死んでない。襲撃者に体当たりしてきたが、足に被弾しただけ」となっている。しかも夫人は建物の1階で、オサマは2階で撃たれたとか。

というわけで、日本時間4日の午前3時ごろ、また米国政府の公式発表が変わった。最高司令官バラク・オバマいわく「銃撃戦で」死んだはずの男は、「武装していなかった」そうだ。「武装していなかったが、(射殺が妥当であるほどの)抵抗はした」のだそうだ。どうやって? カメハメ波でも撃ったか?(笑)

その発表が米政府(ホワイトハウス)からなされたときの英語圏ジャーナリストのみなさんのツイート(実況)のまとめ:
http://chirpstory.com/li/1313



BBCでも「武装していなかった」がトップニュースになっている(ホワイトハウスの記者会見から9時間後)。



ところで、http://chirpstory.com/li/1313 をまとめるときにスルーしたものがある。イスラエルが、「ファタハの武装部門(アルアクサ)がハマスと同調し、ビンラディンを殺害したことを非難している」と主張していた件だ。エルサレム・ポストくらいはチェックしといてもいいかもしれない。(ていうかこんなの流したのエルサレム・ポストかワイネットくらいだろうな。)
ttp://www.jpost.com/MiddleEast/Article.aspx?id=219035
The Fatah-affiliated Al-Aqsa Brigades said Tuesday they were mourning the death of Osama bin Laden, following announcements Sunday that he had been killed in a US raid, Ma'an reported.

According to a statement received by Ma'an, the group said bin Laden's death "won't stop our Jihad mission against injustice and occupation," and added that they doubt the veracity of claims that the al-Qaida leader was assassinated.

これはもう、徳川家康の「国家安康」での言いがかりのようなものの気配が濃厚にただようテクストだが、肝心のアルアクサとマアン(パレスチナの通信社で方法論は英米仕込み)は「そんな声明出してません」と。

Al-Aqsa spokesman denies bin Laden statement
Published yesterday (updated) 03/05/2011 20:12
http://www.maannews.net/eng/ViewDetails.aspx?ID=384458
GAZA CITY (Ma’an) -- The spokesman of Fatah's military wing on Tuesday denied issuing a statement marking Osama bin Laden's death.

Abu Uday of the Al-Aqsa Brigades said the group did not and had no plans to comment because bin Laden's death was unrelated to Palestine.

He said a statement received by Ma'an's Gaza City office must have been forced as the armed group "doesn't know anything about it."

The statement issued in Al-Aqsa's name said the group was ...

ははは。

よくあることだろうけど、たぶんイスラエル側の捏……あら、こんな時間にノックの音がするわ。

※本稿はいわゆる「陰謀論」方面にエサを与えることを目的としたものではありません。それもんのトラックバックなどは削除します。

※この記事は

2011年05月04日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 12:00 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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