「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2011年04月22日

リビア、ミスラタでジャーナリストたちが攻撃され、「あの写真」を撮影した人たちが亡くなった。

ネットでニュースをチェックするようになってから、報道写真(報道の目的で撮影された写真)を見る機会が、私の場合は格段に増えた。日々ニュースをチェックするだけでも、各メディアでIn PicturesとかGalleryのコーナーを見かけるし、関心がある事柄についてそういう「写真特集」のコーナーがあれば、中を見てみる。もちろん、各メディアのトップページで写真を見て、そこからトピックに興味を持って文字情報に接することも多い。

そうやって、かなり受け身な感じで写真を見ている日々だが、そんなだらだらした受動的な態度でしかなくても、かなり頻繁に「一度見たら忘れられない写真」を目にすることがある。今年2月2日のこの写真(→)はその一例だ。

ログを見返すとこの日、たぶん日本時間21時ごろから、「それ」は始まった。当日のガーディアンのライヴ・ブログでも報告されているが、ムバラク退陣を求める人々で埋まったカイロのタハリール広場に、「親ムバラク」のthugs(直訳すれば「ごろつき」だが、システムに組み込まれた政府系私兵集団のようなもので、「ごろつき」を金で雇っているとのこと)がラクダや馬で突入し、棒やナイフで反ムバラク派の人々を襲撃した。そのとき、広場内で撮影されていた映像(動画)もアップされているが(1分20秒くらいからこのラクダが出てくる)、私が見た「忘れられない写真」はたぶん本当に一瞬の光景だ。

ここにスクリーンショットを貼り付けた写真は、それが起きた数時間後(日本時間の2月3日)には、ガーディアンをはじめ複数のメディアのトップページで大きく扱われていた。

同じラクダの別の角度の写真が別のメディアに掲載されている(リンク先で画像をクリックすると大きく表示される)。この写真で、ラクダのすぐ後ろに馬がいるのが確認できる。この馬はガーディアンの写真集に掲載されているこの写真の馬だろう。本当に偶然なのだが、「赤と緑」の対比(馬の頭部と、馬に乗った人と彼と戦う人の服装)がまるで絵のようだ。

これらの写真、撮影者は "Chris Hondros/Getty Images" とクレジットされている。クリス・ホンドロスさん、米国人。1970年生まれ。旧ユーゴ、リベリア、アフガニスタン、イラク、カシミール、パレスチナ(ヨルダン川西岸地区)などで仕事をしてきた(→アーカイヴ)。

彼の写真では、上でみた「2011年2月2日、カイロのタハリール広場でのラクダ」も、見たことのない人はいないんじゃないかというくらいの写真だが、2005年1月18日のイラクでの写真もそうだ。

幼い女の子が、懐中電灯の光に照らされている。この子は泣いている。この子は血を流している。地面に血が、ぽたぽたと垂れた跡がある。女の子の服にも血が……と思ってよく見ると、赤い花の模様だ。



この日、イラク北部、シリアとの国境に近い町、タルアファルで、米軍の検問の「止まれ」の指示に従わなかったとして、一台の乗用車が銃撃を受けた。乗っていたのは両親と5人の子供たちという家族連れで、両親はその場で死んだ。赤い花模様のあるワンピースを着た女の子の写真は、後部座席から出されたところで撮影された。この子のお兄さんは大怪我を負っていたが(確か足を切断しているはず)、ほかの子供たちは軽傷だった。

カメラマンはこの日、米軍にエンベッドしていて、一部始終を撮影していた。光量が足らないのでぶれた写真を含め11点が、当時、BBCで紹介されていた。
http://news.bbc.co.uk/2/shared/spl/hi/picture_gallery/05/middle_east_shooting_in_tal_afar/html/1.stm

「また一般人の車が撃たれ、また一般の家族が犠牲になった」とのニュースが入ってきて、それを日本語で書くためにTal Afar (Talafar) の読み方(綴りが何通りかあり、大雑把に「タル・アファル」なのか「タラファー」なのかを確認しなければならなかった)を調べるところから私は作業を始めたのだが、とにかくこの女の子(と米兵の脚)の写真が、「タルアファル」という地名とがっちり結びついて記憶されている。

2005年1月のイラクのこの写真と、2011年2月のエジプトでのあの写真が同じ撮影者によるものだということを知ったのは、2011年4月21日のことだった。「リビアで死亡したジャーナリスト」の作品の特集ページを見て、「聞き覚えのある名前だと思ったら、タルアファルのあの写真の人か」と。(エジプトのほうは、あの写真が撮影されたときは事態の先行きばかりが気になっていて、撮影者のクレジットを見ていなかったのだと思う。彼の名前がこの写真についていた記憶がない。)
http://www.guardian.co.uk/media/gallery/2011/apr/21/war-reporting-libya

フォトグラファーのクリス・ホンドロスさんは、2011年4月20日、リビアのミスラタで取材中に攻撃を受け、亡くなった。上掲のガーディアンのURLは、追悼特集の写真集のページだ。エジプトのラクダ、イラクの女の子のほかに決定的に有名なのが、この写真集の16枚目に収められている「リベリアの戦士」(2003年)。これも新聞などで大きく掲載されていた写真だ。(このようにメディアで大きく使用された写真のいくつかは、彼のサイトにまとめられている。)

2007年に米メディア(NBC)が行ったインタビュー(訃報の記事にエンベッドされていた)で、これらの写真について本人が解説している。リベリアの戦士にはその後も会いに行ったとか(今は平和な環境作りのために働いている)、タルアファルでの撮影の状況とか。7分くらい。

Visit msnbc.com for breaking news, world news, and news about the economy



ホンドロスさんと同じ攻撃で、やはり有名な写真・映像をたくさん撮影してきたティム・ヘザリントンさんも亡くなった。彼は1970年、リヴァプール出身の英国人(米国の市民権も有する)。オクスフォード大を出て(文学)、フォト・ジャーナリストの元で働き、ロンドンのBig Issueで唯一の写真記者として働いたあと、西アフリカ、特にリベリアの内戦を取材。Vanity Fair誌と契約し、2007年から08年にかけてアフガニスタンでNATO軍(米軍)を取材、それを1本の作品にまとめたドキュメンタリー映画、"Restrepo" はサンダンスでドキュメンタリー部門で受賞し、今年のアカデミー賞のドキュメンタリー部門にノミネートされた。アフガニスタンで撮影した米軍兵士の写真は、2007年のWorld Press Photo最優秀賞を受賞した。

ガーディアンの写真集。前半はアフガニスタン、後半がそれ以外という構成で、スマトラ沖の津波の被災地の写真(9点目)はよく覚えている。(サムネイルで見たときに女の人が座り込んでるのだと思ったら、実は椅子だった。)
http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2011/apr/21/tim-hetherington-in-pictures

このほか、NBCでの訃報の記事(ホンドロスさんのインタビューがエンベッドされていた記事)で大判で見ることのできるリベリアの少年兵の写真(Sekou, a young LURD (Liberians United for Reconciliation and Democracy) rebel)も……。

ヘザリントンさんの作品では、映像で、これが特にすごい。4分半くらいなのだが、見終わると「そんなに短いか、もっと長いんじゃないのか」という気がする。元々は3画面でインスタレーションとして上映されたものとのこと。

Sleeping Soldiers_single screen (2009) from Tim Hetherington on Vimeo.



(中身がすごいだけでなく、CC BY-NC-SA 3.0 での公開というのもすばらしい。以前から彼をよく知るジャーナリストは、「Restrepoがカブールで海賊版で出てるかどうかを彼は気にしていた。けしからんというのではなく、とにかく見てもらいたいのだ、ということで」と書いている。)

彼らが命を落とした状況については、下記の記事が淡々としていて読みやすいと思う。冒頭に1分半ほどの映像レポートが埋め込まれている。ミスラタの病院(というより野戦病院)の医師と、現場にいたのだと思うが別のジャーナリストのコメントがあり、最後にリビア政府(カダフィ政権)の例のスポークスマンのコメント。

Documentary maker Tim Hetherington and photographer Chris Hondros killed
Xan Rice in Misrata and Josh Halliday
guardian.co.uk, Wednesday 20 April 2011 19.17 BST
http://www.guardian.co.uk/media/2011/apr/20/libya-killed-hetherington-restrepo

砲撃の状況については:
According to colleagues at the scene, Hetherington and Hondros were among eight to 10 journalists reporting from Tripoli Street in Misrata. When shooting broke out, they took shelter against a wall, which was hit by fire. Hetherington died soon after arriving at hospital.

現場にいたジャーナリストたちによると、ヘザリントンとホンドロスはミスラタのトリポリ・ストリートで取材をしている8人から10人のジャーナリストの中にいた。銃撃が始まったとき、彼らは壁際に身を隠したが、そこが砲撃にあったという。ヘザリントンは病院に搬送されてほどなく息を引き取った。

別の報道によると(例えばNYTのChivers記事を参照)、ヘザリントンさんは出血がひどく、手を尽くしたが助からなかった一方で、ホンドロスさんはしばらく持ちこたえていたようだ。彼らを殺したのは迫撃弾ともRPGともいわれているが、はっきり判明することはないだろう。なお、彼ら2人のほか、Guy Martinさん(英国人)、Michael Christopher Brownさん(ニューヨーク拠点)の2人の写真家も負傷している。2人とも命に関わるような怪我ではない(マーティンさんは重傷は重傷で、今なお集中治療室にいるそうだが)。(写真家がまとまって行動していたところに、砲弾が撃ちこまれたか……。)

ミスラタは、大勢としてカダフィ陣営の支配下にあるリビア西部(トリポリ寄り)にある。2月17日に東部(ベンガジよりも東)で本格的な武装蜂起が開始されてから反カダフィ派が勢力を強めてきた都市のひとつだが、この数週間はずっとカダフィ派の包囲攻撃にさらされている。国連安保理の決議1973で飛行禁止空域の実施(つまりカダフィ側の対空設備などを空から攻撃し、カダフィ側の戦車なども攻撃する)が開始されたときに既に、包囲されていて人道支援物資(食料品、医薬品)が入ってこないと現地病院筋が述べていたが、その後、カダフィ陣営が奪還するなどしたあと現在はまた戦闘が激しくなり、状況はますます悪化している。

カダフィ政権側が民間人と武装勢力の区別をつけていないことは明らかで(というか、見た目で区別ができる「軍服」のようなものは反カダフィ派には基本的にないのだが、そういったこと以外にも、例えば乳幼児が自宅の中で被弾しているなど、本当に無茶苦茶)、となれば彼ら「8人から10人のジャーナリスト」も「誤認」されたのかもしれないが(今回リビアでは、取材者は「PRESS」を明示するジャケットなどを身につけていない。BBC記事に添付されているロイターのクレジットのあるホンドラスさんの写真は、前日にミスラタで撮影されたものだそうだが単なる普通の服装だし、一番下のAFPクレジットの写真でのヘザリントンさんも普通の服装である)、カダフィ側はジャーナリストを標的にしているという事実もある。

具体的には、一時、ベンガジをカダフィ側が奪還するのではないかという局面になったときに、アルジャジーラのカメラマン、アリ・ハッサン・アル・ジャベールさんがトラップで誘い込まれて殺害されている。その直後には「自由ベンガジ放送」のMoことモハメド・ナブースさんが、音声での実況中継中に撃たれて亡くなっている。(私は彼が撃たれる音を、偶然とはいえ、Ustreamで生で聞いていた。)

彼ら2人に加え、リビア内戦(もう「内戦」を宣言すべきだろう)でジャーナリストが亡くなったのは、ヘザリントンさんとホンドロスさんで4人になる。

ほか、カダフィ政権側に拘束されていると思われるジャーナリストは、現時点で16人にも及ぶという。

正直、Moの死だって私はまだ飲み込めていない。そのあとGが無事解放され、NYTの4人が解放されて、「当局に拘束されて拷問死」のような(バーレーンなどで発生している事態は)そんなに心配しなくてもよいのかもしれないと、自分を安心させるためもあって、思うようにしているけれど、「これは戦争である」と前提して「その中で起きたことだ」と例のスポークスマンが語るのを聞いていると、ああ、いやな感じ、と思う。

合掌……してみても、やはり飲み込めない。



最新:
Photographers' bodies ferried from Misrata to Benghazi
22 April 2011 Last updated at 01:31 GMT
http://www.bbc.co.uk/news/uk-13166869

HRWなど支援組織が手配して運航している、負傷者の搬送のための船で、2人のご遺体はミスラタからベンガジに向かった、とのこと。そこからそれぞれ故郷に戻ることになる。

……と書いて、少し感覚が戻ってきたというか、定形表現のパワーだ。

クリス・ホンドロスさんの最後の一連の写真が、Huff Poにアップされている。反カダフィ陣営の武装勢力にエンベッドしている、という説明でよいと思う。しかしものすごい状態。
http://www.huffingtonpost.com/2011/04/20/chris-hondros-pictures-photos-libya_n_851797.html

このほか、記事のクリッピングは:
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/20110421
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/20110422

21日はTwitterも――私は英米のジャーナリストを大勢フォローしているので――ティム・ヘザリントンとクリス・ホンドロスへの追悼のムードだった。

ヘザリントンはごくたまーにTwitterを使っていたようで、2月末のオスカー授賞式のときのツイートの次に、4月19日、ミスラタからツイートしている。



ガーディアンの関連記事リンク集:


BBCの追悼写真集:
ヘザリントン http://www.bbc.co.uk/news/in-pictures-13155267
ホンドロス http://www.bbc.co.uk/news/world-13154053

上にリンクしたヘザリントンのSleeping Soldiersは、訃報のあと再生回数が3桁増している。


※この記事は

2011年04月22日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 18:00 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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