「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2011年04月21日

「タハリール広場からのツイート」が本になったとのこと

ハッシュタグ: #egyjp #egypt #jan25

「タハリール広場からのツイート」の書籍化の作業が完了し、オンラインで注文できるようになったとの連絡が数日前にあった。



印刷された紙の本(ペーパーバック)で12 USD, PDFのeBookで10 USD, 両方セットで16 USDで、版元のOR Booksに直接注文できる。日本にも送ってくれる(送料は問い合わせを)。

版元のサイトの書籍紹介ページに、eBookの内容見本が16ページ分、掲載されている。ページの一番下、"PREVIEW THE E-BOOK (FULL COLOR)" のところで、左側の「+」マークをクリックすると展開されるようになっている。

@TravellerW, @monasosh, @3arabawy, @Gsquare86, @sandmonkey, @adamakary, @ManarMohsen, @Sarahngb, @norashalaby, @tarekshalaby, @Ghonim, @mosaaberizing, @ashrafkhalil... といった人たちが、140字以内の英文と写真で伝える「1月25日」。

私がTogetterで「まとめ」ていたもの:

エジプト、カイロ、アレクサンドリア、シナイなど各地で大規模反ムバラク政権デモ #jan25
http://togetter.com/li/93259


#jan25 #egypt エジプト、大規模反ムバラク政権デモ (2)
http://togetter.com/li/93278


#jan25 #egypt エジプト、大規模反ムバラク政権デモ (3) 〜26日の様子を中心に(英語・日本語)
http://togetter.com/li/93796


私はもちろん、「その場」にはいなかったのだけれど、「そこ」にいた。モニタの中で、Ustreamの画面で、行ったこともないカイロの町を歩く大勢の人々(その多くは、サッカーの代表戦を観戦に行く人々のような雰囲気だった)を、リアルタイムで目撃していた。

「革命は、テレビでは流されないが、Ustされる」。Revolution will not be televised, but Ustreamed.

2011年1月25日――自分のTwitterのログを読み返す。

日付が変わった直後はモスクワの空港の自爆攻撃事件。夕方から夜は、チュニジアの革命について、日本在住のチュニジア人、@Rafikさんを迎え、@FumiさんによるGlocomでの企画のUstream中継(充実したイベントだった)。フィリピンでも爆発があった(バスが狙われた)。私の中ではまだ「BBCのQ1」の件のカタがついていなかったようだ。

この日の夕方、英語圏の報道機関、中東専門のジャーナリストや、チュニジアの人たちから「エジプトでデモが行われる」という話が入り始めていた。「この人をフォローしておくといいよ」というツイートも何件か流れてきていたと思う。

そして日本時間夜9時ごろ。カイロの女性ジャーナリスト、ナディアさん(英語話者):
demo marches to television building #jan25

8:58 PM Jan 25th
http://twitter.com/NadiaE/status/29870759933386754

ガーディアンのブライアン・ウィテカー:
What we're seeing in Egypt is series of relatively small protests in lots of places. Good tactic: harder for the police to handle #jan25

9:04 PM Jan 25th via web
http://twitter.com/Brian_Whit/status/29872166212214784




デモ隊が進み、警官隊と対峙し(デモの人たちは警官を取り囲んで歌――たぶんエジプト国歌――を歌った)、放水車が何もせずに通り過ぎ、人々が10月6日橋を渡り、タハリール広場に到着し……でも、チュニジアで大きな役割を果たしたアルジャジーラは、エジプトのこのデモを無視していた。そのことを指摘する、米Foreign Policy誌の中東専門の2人のやり取りの一部を私はRTしている。
RT @abuaardvark: @blakehounshell I can't ever remember al-Jazeera punting on a major story like they are on Egypt protests - esp after Tunisia coverage

posted at 23:56:57
http://twitter.com/nofrills/status/29915634078851072


しかし実はアルジャジーラは最初からそこにいた。2月はじめ、アルジャジーラ英語版で放映された25分のドキュメンタリー、Egypt Burning(このデモが始まってから10日間くらいの動きをまとめたもの)に明らかなように。



YouTubeでは2月5日の日付(広場にラクダや馬が乱入して大勢が殺されてからまだ数日)になっているこのドキュメンタリー、Twitterでは確か@AlanFisherが番組告知などをしていたのだけど、制作時には「外国のジャーナリスト」、特にアルジャジーラはムバラク側から「追いかけられる」という扱いを受けていて、番組に出てくるアルジャジーラの記者たちは声だけで、顔も名前もない。

……などということを思い出すわけだが、これがわずか2ヶ月ちょっと前のことだなんて信じられない。

エジプトのあと、バーレーンがあった。イエメンがあった。いずれも現在進行形で、いずれもエジプトを上回る規模の「武力弾圧」が続けられている。

ヨルダン、モロッコ、アルジェリア、スーダン(南北が分かれた直後)、レバノンなども少し動きがあったが、より大きかったのはイラク、そして今ものすごいことになっているのがシリア。

リビアは全然別のコンテクストの話になってしまった。

日本で日付が変わって1月26日のログ……、午前0時、カイロで大規模な行動が始まって何時間も経過してからようやくアルジャジーラが報道を始めたとForeign Policyのマーク・リンチ。エジプトの現地からは「国内大手ISPがネットをブロックし始めた」との報告が相次ぎ(このあと、エジプトは前代未聞の「国全体をネットから遮断」という暴挙に出るのだが)、Twitterが使えなくなったり復活したり……日本ではアジアカップ(サッカー)の日韓戦でTwitterが重かった(試合やってるのは知ってたけど見てなかった。エジプトがすごすぎて)。

結局私はそのまま、タハリール広場のライヴカメラをONにして朝まで過ごした。「革命の音」を聞きながら。

2011年01月26日 世界の「(たぶん)革命なう」、今日はエジプトからお届けします #jan25
http://nofrills.seesaa.net/article/182489956.html

ライヴ映像2件。音声が同じなので同じ場所を別のアングルから撮影していると判断される。(中継が切れている可能性が高い。)
http://www.ustream.tv/channel/egypt-15jan
http://www.ustream.tv/channel/cairodowntown

以下は、こういったライヴ映像の音を手元で録音したもの。

昼間のから。音声が途切れ途切れの状態のとき、とりあえず10秒だけ。

Listen!

これも昼間。こちらは1分42秒。人々がきれいに唱和しつつ整然と歩いている様子がうかがえると思います。女性の声もする。

Listen!

そしてこれが夜。Tahrir広場で座りこみをしている人々。このクリップには入っていないと思うが、時々「ぱん」という乾いた音がしていた(警告の空砲か、ゴム弾か、催涙弾か、サウンドボムか……とりあえずそれについては負傷者情報は出てなかったと思う。また実弾使用との情報もなかった)。

Listen!

カイロのタハリール広場は人々が占拠し、そのまま夜明かしをする、とのことで、周囲のメシ屋は無料で食事を提供するなど座り込みへの協力体制が整っている、との情報が流れてきて、それからしばらくして、警察が散らしに入ったとの情報も。


そういえば『現代思想』の「アラブ革命」特集、買うだけ買ってまだろくに読んでない。主に140字の英文と、Ustされたりアルジャジーラで常時流されたりしていた映像&音声を通じて、東京にいながら「そこ」にいたという感覚を強く有しているその「体験」について、買った時はまだ、この本では共鳴する感じがなくて……でもそろそろ自分の中でこなれてきているかもしれない。

4791712242現代思想2011年4月臨時増刊号 総特集=アラブ革命 チュニジア・エジプトから世界へ
スラヴォイ・ジジェク ノーム・チョムスキー トニ・ネグリ
青土社 2011-03-14

by G-Tools


なお、ジジェクはここにある文章より、アルジャジーラでのタリク・ラマダンとの対談のほうがなんぼかおもしろい。25分あるけど……。


※この記事は

2011年04月21日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 20:00 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。