http://www.imdb.com/title/tt0117690/
Some Mother's Sonとは、北アイルランド出身で武装組織INLAに所属していたこともある映画監督のテリー・ジョージ(『ホテル・ルワンダ』など)が1996年に制作した映画のタイトルである。フィクションだが、題材は1981年のハンスト。「主義主張 the cause」のために戦い、そのために拘束され、刑務所での「政治犯」待遇を求めて食を絶つこと、死という結果を受け入れることを決意した息子(たち)と母親(たち)のドラマ。
そういう「主義主張」の時代が終わり、「政治」とは(交渉も妥協も対立も駆け引きも含めてすべて)主に議会で行なわれるものだということがようやく定着し、この3月にはグッドフライデー合意後初めて、ストーモントの自治議会が任期を満了して解散し、5月の選挙(と、その後の閣僚ポストの配分)に向けて政党間の駆け引きが始まったとき(→ NI 'facing first everyday vote', 29 March 2011)、1人の警官の通勤用の車の下に取り付けられた爆発物が爆発し、警官を殺した。
「彼はただ『警官』として語られるべきではない。名前のある、ひとりの人間だ」という趣旨の発言をTwitterで見かけて私は心を打たれた。
一方で、ひとりの25歳の青年の生命を奪ったのは「政治的暴力」であるはずなのに、それから24時間以上が経過してもなお、いわゆる「犯行声明」は出ていない。主義主張で殺したのならば、せめて犯行声明くらい出すべきだ、速やかに。それもできない愚かで卑怯な時代錯誤のバカども。爆発から36時間が経過しようという段になってもまだ、「母親が情報を求めている」が最新ニュースってのは、どういうことだ。現地日曜で基本的に休みだから(北アイルランドはいろいろと厳格な部分がある)ということでは済まされまい。
そんなことに苛立ちながら、3日のエントリ(下記)の続報。
2011年04月03日 北アイルランド、オマー、ブービー・トラップ、警官死亡
http://nofrills.seesaa.net/article/193970998.html
殺害された警官はローナン・カー (Ronan Kerr) さん。25歳。BBCやSky Newsなどの報道によると:
http://www.bbc.co.uk/news/uk-northern-ireland-12952579
http://is.gd/Xe5MOJ (Sky News)
ローナン・カーさんはオマーの「地元の子」で、学歴はオマーのクリスチャン・ブラザーズのグラマースクール卒業。昨年12月に警察学校を修了したばかりの新人で、「一人前の警官」となってからはまだわずか数週間。4月2日午後4時ごろ、車の下に仕掛けられていた爆発物が爆発したときに向かおうとしていた勤務先はエニスキレン。(固有名詞が、アイルランド島のニュースを追っている人には響くものばかりだろう。それも「ベルファスト」とか「デリー」じゃなくて……)
お父さんを病気で亡くし、きょうだいと一緒に親元(お母さんのところ)で暮らしていたが、つい最近、実家近くでひとり暮らしを始めたところだった。爆発物を仕掛けられた車は住まいの近くに停めてあったようだ。
4月3日は英国では「母の日」で、オーストラリアに移住している兄弟の1人、カヒール・カーさんは母の日とイースター休暇を過ごすため、オマーに戻ってきたところだった。カヒールさんは以前からのTwitterユーザーで、事件後、次のような投稿をしている。
北アイルランドのベテラン・ジャーナリスト、エイモン・マリーによると、カヒールさんがローナンさん殺害を知らされたのは、オーストラリアからアイルランドに戻る途中、乗り継ぎのアブダビ空港でのことだったという。Man U(サッカー)のスコアをチェックしようと電話をチェックしたときにわかったのだそうだ。
ひどすぎる。
すべての殺人は「ひどすぎる」のだが、これは度を越して、ひどすぎる。
しかもターゲットにされたのは「オマーの子」だ。
オマーは1998年8月15日、29人を殺したボムの現場である。
1998年のボムは、Real IRAが犯行を認めている。しかしいろいろあって(本当に、いろいろあって!)、真相が闇に葬られることは確定的である。事件直後から粘り強く真相究明を求めてきた被害者遺族の組織の代表、マイケル・ギャラハーさんは、ローナン・カーさんを殺した仕掛け爆弾について、「オマーへの二重の侮辱だ」と語っている。
New Omagh attack 'a double insult'
Saturday, 2 April 2011
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/northern-ireland/new-omagh-attack-a-double-insult-15135247.html
"This is a double insult," he said. "Omagh will be a very sad place.
"They have changed an entire family and family circle forever. That is the reality of what has happened here.
"I feel a lot of anger that another young life has been stolen, and that this has happened again in our town."
Mr Gallagher said the latest loss of life in Omagh only served to underline the need for stronger action to tackle dissident republican violence.
He said of the latest murder: "I heard the news shortly after it happened. I felt anger, because we have campaigned for people responsible for these kind of attacks to be brought to justice.
"There is just anger that I know these groups have gone on to murder someone else. Anger that they murdered 31 people in Omagh, including two unborn twins.
"There is anger that the authorities on both sides of the border seem incapable of reeling them in."
1998年の爆弾のとき、ローナン・カーさんはまだ中学生(←日本で言う)だった。年齢に関わらず、彼が「オマーの住民の1人」としてあれを経験したことにかわりはない。「プロテスタント系住民とカトリック系住民」に分かれて対立し、「中立の引き離し勢力」だったはずの英軍が「プロテスタント側」についたことで対立が泥沼化していた北アイルランドにおいて、オマーはコミュニティとしてはセクタリアンな対立の色は薄く、住民の割合も両派半々くらいだた。その街を、Real IRAは爆弾で狙った。
それはinsultと呼んでよいことだし、というかそう呼ぶべきだろう。
そして、2007年のシン・フェインによる警察の承認で「警察とカトリック系住民との関係」が大きく転換し、1998年の爆弾のときに中学生だったカトリック系住民のひとりは警官となった。
どの武装勢力か知らないが(まだ犯行声明が出ていないので)、ともかくそういう「正常化した現在」が気に食わない勢力は、その警官をこのように個別に特定して標的とし、殺した。
※とりあえずここまで。また項を改めて続けます。
※この記事は
2011年04月04日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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