「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年03月08日

【Ust予告】ソーシャル・メディア/キュレーション・メディアについて【from UK】

今日(火曜日)、英国のシェフィールド大学からのUstreamのご案内をTwitterでいただいた。09:00 GMT (日本時間18:00) からと、12:00 GMT (21:00 JST) からの二部構成。



@fieldproducerことNeal Mannさんは英国のフリーランス・ジャーナリスト。今はSky Newsで仕事をしているが、2009年からTwitterを使ってニュースの速報をしてきた。

Twitterを使って英語でニュースをチェックしている人は、彼はフォローしておくといいと思う。

月曜日の朝、その彼と、米国のNPRのシニア・ストラテジストである@acarvinことAndy Carvinさんとの議論が始まった。@acarvinさんについてはつい先日、「シロクマ日報」さんで「キュレーション時代のジャーナリズム」として取り上げられていたのをお読みになった方も多いかと思う。彼は仕事の空き時間などを使って、「現場」からのtweetを単にRTしたり、「確定情報ですか?」、「ソースは?」など一言付け加えてRTしたりして、情報の流れを作り、またtweet(という一次情報)の見方をうちら一般人に示してくれている。

彼らの議論の発端は、「中東の動乱を追ってきた人たちにお聞きしたいのですが、@acarvinのRTってどうでしょう。確定していない噂が多いとか、チェックしていないという指摘もできるんですが」という内容の@fieldproducerのtweetだった。

自分のTweetDeckの画面の中で、「あの人」と「この人」が会話している!というのが展開されるのは何度か見ているが(gooニュースの加藤さんとスティーヴン・フライとか、エジプトの民主活動家S氏とTorプロジェクトのA氏とか)、@fieldproducerと@acarvinのはインパクト強くて、内容もおもしろくて、作業しながら横目で見ていて、議論が収束してすぐ、Chirpstory (英語版Togetter) で「まとめ」を作成した。

On Journalism and Twitter by @fieldproducer, @acarvin et al
http://chirpstory.com/li/875

※そしたらなんか、棚ボタでBBCデビューしちゃった(笑)。



そんなことは措いといて……

「キュレーション」というのは、数年前の「web 2.0」と同じような感じで最近バズっている語だ。英語で書くとcuration, 美術館などの「キュレーター curator」からの逆成語であるcurateを名詞化した語だ。(ややこしい。)
http://dictionary.reference.com/browse/curator

というか、curate自体が元々教会での役職を言う語(「助祭」のこと)なのだが、英語ネタで楽しく遊んでいるヒマがないので (;_;) 下記をご参照のほど。
http://dictionary.reference.com/browse/curate

最近バズっている「キュレーション」は、「大量にある情報の中から取捨選択し、その話題に詳しくない人にも読みやすく理解しやすいよう並べる」というような意味で、以前から馴染んでいる日本での用語ではおそらく「編集」で表せるものだと思う。ただ新しい概念を紹介するには「編集」という言葉はあまりに汚れてしまっているのか(「自分に都合の良いように」などのコノテーションがある、それもかなり色濃く!)、「キュレーション」というカタカナ語が用いられている。

「キュレーション」の概念が最初に話題になったのは2008年、Twitterが極めて広い範囲で普通に使われるようになったころだと思う。例えば下記の文は2008年12月に書かれている。(なお、2008年11月26日から発生したムンバイの銃乱射テロ攻撃事件では、BBCなど大手メディアが現場で何が起きているのかを知るために、Twitterが活用された……というか、よくありがちな「事件現場の近くの人のインタビュー」の代わりにTwitterの投稿が活用された。)

'Curation,' and journalists as curators
http://mindymcadams.com/tojou/2008/curation-and-journalists-as-curators/
But when Jeff Jarvis talks about "curation" − which he has been doing for quite a while now − he means the activities of sorting, choosing, and display, which museum curators perform based on their extensive knowledge of the subject area of an exhibit.


※ジェフ・ジャーヴィスさんもTwitterにいるので、こういう話題に興味のある人は探してフォローするといいと思う。この人のツイートもおもしろいです。

それからかなり時間が経過して、「Twitterというツール」がこなれてきた現在、英語圏では新聞など大手メディアがTwitterの投稿を一次情報として扱うことも当たり前になっているのだけれども、同時に例えば1月末から2月頭のエジプトとか、今(ここ4、5日)のリビアのように、インターネットが遮断されてしまってツイートが発信されないということも生じていて、そういう場合は昔ながらの「電話」(携帯電話ではなく固定電話)という手段が使われて、リビアでは戦闘が始まったとき、アルジャジーラは現地に入れないので(トリポリが彼らを敵視している)現地の人に電話で様子を聞く、ということを頻繁にやっていた。(そして、当局はそれを標的に情報戦を仕掛け、結果、誤誘導されてパニックに陥った現地の市民の悪意のない誤情報が、アルジャジーラへの「生電話」を通じて世界中にばらまかれ、数日後に政権側がドヤ顔で「メディアの嘘」を語る、ということになった。)

そういう中で、@acarvinさんと@fieldproducerさんという英米のいわば「大物」同士が、「ジャーナリズムとツイッター」について、「キュレーション」という情報伝達の手法について、140字という制限の中で、当人以外のギャラリーからの声も聞きながら、「喧嘩」ではなく、「議論」している。

そしてそれを、私のようなまったくの部外者「まとめ」る。それが可能なのは、TogetterとかChirpstoryのようなサービスを誰かが提供してくれているからで、何というか、「インターネット」というものを最初に使うようになったときのわくわく感のようなものがある。

あんまり落ち着いて書いていられないので、よくわからない感じになってしまったけど、そういうことに興味のある人は、このエントリ冒頭のシェフィールド大のUstは要チェックだと思う。詳細は、follow @Uyashinoで!



Sky News: http://news.sky.com/
NPR: http://www.npr.org/

Togetter: http://togetter.com/
Chirpstory: http://chirpstory.com/
* Thanks: @yositosi and @chirpinator.

※この記事は

2011年03月08日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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