「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年03月01日

今から30年前、1981年3月1日……

GMTでも日付が変わった。

30年前の今日、1981年3月1日、北アイルランド、メイズ刑務所(ロングケッシュ)で、ボビー・サンズのハンガーストライキが開始された。

2008年10月22日 その狂気――映画 "Hunger"
http://nofrills.seesaa.net/article/108447691.html

この映画が作られ、カンヌで高く評価された後、というか、つい最近明らかになった「事実」というのが、あまりに陰惨だ。
http://www.longkesh.info/

Did Hunger Strikers Believe Danny's Spin?
Republicans always insisted that the 1980 hunger strike ended because of British trickery. Now Danny Morrison has changed his story, says Liam Clarke
Belfast Telegraph
10 January 2011

http://www.longkesh.info/2011/01/10/did-hunger-strikers-believe-dannys-spin/


そしてその陰惨さのど真ん中にいた人物は先日故郷ベルファストを脱し、今や「アイルランド共和国の国会議員」だ。



ハンストを開始してからしばらく、サンズがこっそりとつけていた日記の初日、3月1日のエントリから。
I am a political prisoner. I am a political prisoner because I am a casualty of a perennial war that is being fought between the oppressed Irish people and an alien, oppressive, unwanted regime that refuses to withdraw from our land.

I believe and stand by the God-given right of the Irish nation to sovereign independence, and the right of any Irishman or woman to assert this right in armed revolution. That is why I am incarcerated, naked and tortured.


今は、これについて考えた文章を書こうとしてもうまくいかない。

リビアのベンガジでは、地下に作られた窓のない空間に人々が入れられていた(政治囚だという)。地上にある建物の刑務所(内務省の秘密警察の施設)でも、窓といえばずっと上の方にある小さなものしかないような空間。

……以下、どうしてもうまくいかないので書いて消した。書き直せたらアップする。



映画Hungerについて自分が書いたものを見直していたらこんな記述があった。
http://nofrills.seesaa.net/article/108447691.html
汚物が塗りたくられた房内に清掃の人が来る。衛生状態が劣悪なので、毒物処理みたいな完全防備の服装だが、頭にかぶっているものを一瞬外したときに現れる顔は、ラテン・アメリカか北アフリカの人の顔だ。

※この記事は

2011年03月01日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 09:40 | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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