「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2011年02月27日

アイルランド共和国総選挙、FFメルトダウン

総選挙での政権与党のメルトダウンというと、日本で前回の総選挙で見たものがかなりすごかったが、アイルランド共和国ではそれを軽く超えるものすごいメルトダウンっぷりが展開されている。

まだ開票作業中で全議席確定しているわけではないが、FFは首都ダブリンではかろうじて1議席(ブライアン・レニハン、それも5巡目のカウントで、得票数がクオータ以下)ということになりそうだ。

RTE(国営)の速報ページ:
http://www.rte.ie/news/election2011/results/index.html

記事リンク集としてIrish Timesのキャプチャ。(画像内見出しクリックで記事に飛びます。)


で、アイルランドの選挙は英国の総選挙の前近代的な選出方法(小選挙区制)とは異なり、英国では政党の党首選挙とか、行政機関で最近導入された選挙(ロンドン市長選挙など)と同じ選出方法で、複数の候補者について有権者が「最も選びたい人、二番目に選びたい人…」と順番をつけ、何度も集計を繰り返す、というもので、開票結果が出揃うまでに時間がかかる。

また、このシステムで最初に (1st roundで) 議席が確定するのはほんとに「大物」だ。例えば、首相になることが決まったも同然のFGの党首、エンダ・ケニーや、メルトダウンのFFの党首、ミホール・マーティンといった政治家たち。

そしてうちらマニアの最大の関心対象であるLouthでは……
http://www.irishtimes.com/indepth/election2011/constituencies/louth_count.html

ひげめがねがトップ当選。

1972年12月にベルファストの自宅から連れ去られ、殺されたジーン・マコンヴィルという女性のご遺体が、2003年に偶然発見された場所は、この選挙区にある。

マコンヴィルさんの失踪と殺害はIRAによるものだが(2006年にP O'Neill署名声明が出ている)、彼女の失踪当時、IRAで最高司令官的なポジションにいたのが、ほかでもない、ひげめがねであるということは、当時の盟友(というか先輩なのだが)で今は故人となったブレンダン・ヒューズが語り残していったのだが、ひげめがね本人は「あれは嘘ですよ」の一点張りである。(「嘘なら名誉毀損で訴えなければならないのでは」と言われると「そんな裁判ができるのはお金持ちだけで、私はろーどーしゃかいきゅーだから」云々的にかわす。)

ていうか、ウィキペディアのひげめがねの項、この点についての記述、短けぇ。。。



しかも、今回、マコンヴィルさんの子供たち(彼女は夫を亡くして1人で10人の子供を育てていて、失踪時一番下の子は6歳だった)らが「アダムズに事件の責任を求める」といった運動を選挙戦末期にぶつけるように展開し、同時に、リビアで「大佐」がものすごい血の海を展開(国連ですら「1000人死んでる」と言ってる状況)――「大佐」とIRAの関係については下記参照。

The 38-year connection between Irish republicans and Gaddafi
23 February 2011 Last updated at 07:08 GMT
http://www.bbc.co.uk/news/uk-northern-ireland-12539372

なお、「大佐」の現在進行形の血の海については、シン・フェインは声明を出して非難している。これをもって完全に絶縁という形になるらしい(単に事実として、それ以前も、1998年和平合意以降はつながりはなかっただろうが)。

Sinn Fein in Gaddafi U-turn: Despot who backed IRA denounced by republicans
By Liam Clarke
Wednesday, 23 February 2011
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/politics/sinn-fein-in-gaddafi-uturn-despot-who-backed-ira-denounced-by-republicans-15093326.html

なお、この人とこの党についてはこんな評もある。
the Dundalk Democrat ... described him as "political marmite", voters either loved him or hated him. This may be true for Sinn Fein generally ...

http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/republic-of-ireland/all-eyes-on-sinn-feinrsquos-showing-15096795.html


いずれにせよ、これでアダムズはロンドンのウエストミンスター(英国会)、ベルファストのストーモント(北アイルランド自治政府)、ダブリンのレンスターハウス(アイルランド共和国国会)の3つの議席を獲得という経歴を手に入れたのだが、そんな人は他にいないんじゃないかという指摘もTwitterで見かけた。

というか2つの別々の国の国会の議席、というだけでも……アイルランド/北アイルランドに慣れてるとさほど変な感じはしないのだが。

※この記事は

2011年02月27日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 07:00 | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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