「クロムウェル」はもちろんオリヴァー・クロムウェル。アイルランドにとっては「同胞をひどい目にあわせた隣の島からの侵略者」で、アイルランド史上最悪・最大の憎悪対象 (hate figure) といってもよい存在だ。
そのクロムウェルと、よりによってフィアンナ・フォイルという政党(英国から独立したアイルランドという国家を、いろんな意味で作った政党)の党首が直接比較されるということだけでも、いくら皮肉なお笑いがベースであっても、想像を絶する事態といってもよい。
カウエン首相は元々人気がなかった。少し前、ラジオのインタビューで非常にダラけた、やる気のない応答ぶりを示し(途中で大あくびしている)、「酔っ払ってる」、「真面目に首相やる気あんのか」と大ブーイングを浴びたところだ。
しかし今回、「クロムウェル以下」とまで言われているのには、もっと具体的なことが背景にある。広く報じられているように、アイルランドの経済がひどい状態になっている。建国以来(といっても、内戦終結の1923年から数えても歴史は短いし、1938年に共和国になってからはまだ72年だ)最悪の状況だ、と、先週からずっとアイルランドのメディアも、英国のメディアのいくつかも書きたてている。
1990年代半ばからつい数年前まで、「もう、ものっすごい好景気でウハウハwww」みたいなムードを振りまいていた「ケルトの虎」ことアイルランド共和国は、21日、正式に、EUとIMFに金融支援を要請した。ユーロ圏の外からも英国が70億ポンドほど、またスウェーデンもかなりの額をアイルランド支援にあてることになっているそうだ。アイルランド政府は、財政健全化の4カ年計画をまとめ、それはEUとIMFには受け入れられたようだ。
何がどうなってこうなったのかは、言論バトルのデスマッチ状態になっているアイルランド共和国のメディアよりも、英国のBBCの解説のほうがわかりやすいと思う。
日本語で、ある程度ボリュームがあって(=情報の量があって)なおかつ手際よくポイントを押さえた報道としては産経新聞の木村正人記者の記事がある。
「ケルトの虎」と呼ばれる高度経済成長を続けたアイルランドでは2008年に不動産バブルが崩壊。住宅価格が50〜60%も下がった。大手銀行の一部が国有化されたが、不良債権処理の見積もりが甘く、公的資金の投入が拡大。今年の財政赤字額は国内総生産(GDP)比で欧州最悪の32%まで悪化する見通しだ。
このため、15年までに3%以下に抑制する方針で、所得税増税のほか、年金や公務員の大幅削減を打ち出した。銀行の営業規模も大幅に縮小する。……
http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/101122/fnc1011222032012-n2.htm
とりあえず、アイリッシュ・タイムズのキャプチャ:
上記アイリッシュ・タイムズのキャプチャを取る12時間くらい前のBBCのキャプチャ:

BBC News - Home via kwout
しかしここに来るまでが本当にだらだらだらだらと長かった。はてなブックマークにつけているのを読み返すと、アングロ・アイリッシュ銀行の劣後債がデフォルト、という報道があったのが10月22日、その後しばらく静かだったが、みなが先行き不安な状態だった11月5日に朝のラジオで閣僚が「クリスマスには恵まれない家庭に無料でチーズを支給する」と発表し、それ自体は毎年のことだそうなのだが、今年はタイミングの悪さからマリー・アントワネットをパロった "Let them eat cheese" というフレーズで人々にお茶をふかせた。この時点ではまだ、アイルランドのメディアもダジャレを言ったり、いつものごとくやたらと言葉数の多いイヤミな記事を書いたりという余裕があったのだが、11月半ばにはもうそれどころじゃなくなっていた。
一方、私は英国のメディア、特にBBCとガーディアンを日々確認しているのだが、BBCで「アイルランド共和国が支援要請へ」という確定報道があったのが11月13日 (Last updated at 14:54 GMT) だった。
それからさらに10日近くずっと、だらだらだらだらだらだらと、間にEU財務省会合(17日)のような大きな場を挟みつつも、「支援要請した、していない」で同じ話の繰り返し。(しかも記事を見ればアイルランドのあの首相の、やる気のなさそうな顔。)
その時期のメモがこれ:
2010年11月16日 どうなる、アイルランド共和国
http://nofrills.seesaa.net/article/169534927.html
この週は、ガーディアンやインディペンデントは読めば読んだだけ暗い気分にしてくれる記事を連発し(80年代終わりから90年代初めにロンドンに行ったことのある人ならおなじみの光景である、「銀行のキャッシュマシーンの脇で寝袋を身体にぐるぐる巻きにした状態で座り込んで "Spare some change please" と呼びかけるお兄さん」のような写真……ただし「歴史的資料」ではなく「最近のダブリンの繁華街で撮影された写真」がついているような記事)、アイルランドからは「父祖が血を流して勝ち取った主権sovereigntyを諦めてはならない」みたいな、非リアリスティックなナショナリズムが垂れ流される(主権が何ちゃらって、ユーロ圏の国が言うことか←英国脳の恐怖)。
あるいは「悪いのは銀行家なのに、外国の投資家を安心させるためのツケを払うのは庶民」という、戦闘的左翼のいつもの「何が何でも階級闘争前提」の、コピペのような言説が垂れ流される。普段はそんなドグマティックな言説でさえおもしろおかしくなるのがアイルランドの言語芸だが、今回は発信者にも受け手の私にも笑いの余裕がなく、どこにも行き着かない「困ったものだ」的な愚痴ばかり。誰かを責めるばかりで、自分たちでは一切の責任を引き受けようとしない。ロイ・キーンが怒っていた「アイルランドの気質」(悪いことは何でも他人のせい)はこういうことだ……っていうのはどっかで読んだ文章の受け売り(どこの文章かは忘れた)。「ケルトの虎」の好景気で浮かれてパブリックセクターの人員削減凍結(あるいは新規雇用拡大)だとか、賃上げだとかで、労組の多くはかなりいい条件を勝ち取ってきているはずだが、「得をするのは資本家ばかり」と言い続けるんだろうか。ユーロという通貨の安定は第一義的に「外国の投資家」のためなのだ、といわんばかりの連中は、ユーロとECBという制度から何ら恩恵を受けていないとでもいうのだろうか。
そこらへんの、もうほんとにウンザリするような毎日を日記ふうにまとめたのが下記のオブザーヴァー(ガーディアン日曜)の記事。
From defiance to capitulation: six days that humbled Ireland
Henry McDonald, Elena Moya and Andrew Clark
The Observer, Sunday 21 November 2010
http://www.guardian.co.uk/business/2010/nov/21/six-days-that-humbled-ireland
欧州、特にドイツ(ギリシア支援でかなり無理をすることになったが、政権はそれについて国民を納得させることができず、支持率急降下の状態)からのプレッシャーと、アイルランドと同じく財政面が危険といういわゆるPIIGSの一つ、ポルトガルからのプレッシャー(財務大臣が「このままではわが国がユーロを離脱することすら現実になりかねない」と発言)と、英国政府の仕掛けた情報戦(これがあんまりあからさまで、引き笑いしながら見てたんだけど)で……一番すごかったのが日本時間で17日、それが一気にトーンダウンしたのが18日で、18日にトーンダウンした記事をBBCで見て、「ああ、やっぱり、英国が言ってるほど深刻に危機的な状況ではないのだな」と思ったのだが、それはつまりこういうことだったらしい。というところで、上のほうでもリンクした産経の記事。
ユーロ再び試練 アイルランド支援、連鎖阻止・独の強硬姿勢が焦点
2010.11.22 20:31
http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/101122/fnc1011222032012-n1.htm
カウエン首相は当初、来年半ばまで国債の償還がないことから、自主再建を目指した。しかし、銀行の不良債権処理額が予想以上に膨らみ、金融市場で信用不安が高まり、支援要請を余儀なくされた。英紙によると、同国の対外債務は国内総生産(GDP)の約10倍にのぼっている。
この点について、11月15日付の第一生命経済研究所のレポートには次のようにある。
http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/hata/pdf/h_1011v.pdf (PDF注意)
アイルランドが近日中に支援要請をするとの見方が高まっている。来年央までの手元資金を確保している同国は、政府の資金繰りという観点からは、すぐさま支援要請が必要な状況にはない。だが、市場の混乱に歯止めが掛からない場合、他の財政不安国への危機の連鎖や銀行危機の再燃を封じ込める観点から、同国政府に対して早期の支援要請を促すプレッシャーが高まることになろう。
……
アイルランドが支援要請をした場合、それが財政不安の沈静化につながるのか、他国への連鎖につながるかは予断を許さない。次の標的となるポルトガルは、年内最後となる先週の国債入札を消化し、来年度予算も議会を通過し、当座の不安材料を乗り越えた。今後は、追加赤字削減策の効果が来年度以降の赤字削減につながるかが見極められることになろう。一方、スペインやイタリアに対する市場の懸念は行き過ぎの面もあるが、債務再編を巡る議論の本格化に伴い、債務焦げ付きによる銀行資本への懸念が再燃し、銀行システムが脆弱なスペインが狙い打ちされる恐れがある。
という感じで、当座をしのぐくらいは問題なく、支援なしでも再建可能だと当人が主張していたのに、あんたはそれでいいかもしれないがほかに迷惑がかかる(ユーロ安)という理由で「親切の押し売り」がされたという状態ではあるようだ。そして押し売りされた側は、「ナショナル・プライド」を傷つけられた、と。
こうなると暴発が怖いのは「イズム」である。アイルランドのナショナリズムは、FFやFGのような主流政党でもかなり濃くて、それは歴史を考えれば当然のことなのだが、マージナルな、非常に過激なナショナリズム、「純粋なアイルランド人」による国家を、という主義主張の勢力はもっと濃い。濃い上に歪んでいる。
この点について、"Dr Doom" とあだ名されるモーガン・ケリーが次のように書いている。
http://www.irishtimes.com/newspaper/opinion/2010/1108/1224282865400.html
*via http://thelede.blogs.nytimes.com/2010/11/18/worse-to-come-says-irelands-dr-doom/
As ordinary people start to realize that this thing is not only happening, it is happening to them, we can see anxiety giving way to the first upwellings of an inchoate rage and despair that will transform Irish politics along the lines of the Tea Party in America. Within five years, both [major] parties are likely to have been brushed aside by a hard right, anti-Europe, anti-Traveller party that, inconceivable as it now seems, will leave us nostalgic for the, usually, harmless buffoonery.
なお、モーガン・ケリーはこの財政危機について、最もストレートな物言いをしている。上記の一節が含まれる11月8日のアイリッシュ・タイムズ(アイルランドの中で最も保守色の薄い主要新聞)は、頭がくらくらするような記事だ。
If you thought the bank bailout was bad, wait until the mortgage defaults hit home
http://www.irishtimes.com/newspaper/opinion/2010/1108/1224282865400.html
一方で、アイルランドのメディアは「主権」がどうのこうのという閣僚の発言を、半ば無理やり踏まえて記事を出したりしているのだが(まさかストロングボウまででてくるとは……):
http://www.independent.ie/national-news/the-day-we-lost-our-sovereignty-2427303.html
※19世紀半ばに描かれた「ストロングボウとイーファの結婚」の絵の修復費用を、バンカメ・メリルリンチが出す、という記事。
こういうポイントレスなナショナリスティックな言説は、こんなところにも。
http://blogs.telegraph.co.uk/news/danielhannan/100064319/ireland-prepares-to-accept-the-cromwell-package/
Irish officials in Brussels are reportedly calling it the “Oliver Cromwell Package“. That silly phrase partly reflects the atavism of a certain kind of Irish Europhile: anything that Britain does to Ireland – even offering it money – is part of a wicked plot. But it also reflects a justified concern about the loss of national independence. As the normally understated Irish Times put it in an editorial, “Having obtained our political independence from Britain to be the masters of our own affairs, we have now surrendered our sovereignty to the European Commission, the European Central Bank, and the International Monetary Fund.”
……後はもうほんと疲れたんで、はてブからお願いします。
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/20101122
あ、それとBBC Newsのトップページの様子。シン・フェインが旗持ってデモやってます。この高まったナショナリズムを利用して「次の選挙」で議席を増やしたいんでしょう。(でも正直言って、ユーロのことは何も把握してないと思う。)

BBC News - Home via kwout
※この記事は
2010年11月22日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
【todays news from ukの最新記事】
- 英国での新型コロナワクチン認可と接種開始、そして誤情報・偽情報について。おまけに..
- 英ボリス・ジョンソン首相、集中治療室へ #新型コロナウイルス
- "Come together as a nation by staying ap..
- 欧州議会の議場で歌われたのは「別れの歌」ではない。「友情の歌」である―−Auld..
- 【訃報】テリー・ジョーンズ
- 英国の「二大政党制」の終わりは、「第三極の台頭」ではなく「一党優位政党制」を意味..
- ロンドン・ブリッジでまたテロ攻撃――テロリストとして有罪になっている人物が、なぜ..
- 「ハロルド・ウィルソンは欧州について中立だった」という言説
- 欧州大陸から来たコンテナと、39人の中国人とされた人々と、アイルランドのトラック..
- 英国で学位を取得した人の残留許可期間が2年になる(テリーザ・メイ内相の「改革」で..
































