2010年1月、英国とアイルランドは大雪に見舞われ、あちこちで空港が閉鎖されるなど悪影響が相次いでいた。
イングランドで会計士見習いとして仕事をしているポールさんは、Twitterで北アイルランドに住んでいる「クレイジーカラーズ」さんと知り合い、会いに行く計画を立てた。しかし利用する予定の空港が雪で閉鎖されている。そこでこんなことをツイートした。
Crap! Robin Hood airport is closed. You've got a week and a bit to get your shit together otherwise I'm blowing the airport sky high!!「くそ! ロビン・フッド空港(注:ノッティンガムの空港の名称)は閉鎖されてますって。あと1週間かそこらで何とかしてくれないと、空港を空高く吹き飛ばしちゃうぞ」というような内容だ。
乾いた笑いで対応するしかないジョークである。というか、「ジョーク」として扱うのは気が引ける「軽口」だが、ともあれ、本気で空港を爆破するつもりの文ではないということは常識で考えればわかる。(そもそも、そのキャパシティがない人物がotherwiseとか言ってる時点で、真剣に解釈すべきものではないと判断できると私は思うんだが。)2日もすれば、本人もこんなことを書いたことは忘れてしまうだろう、というような、よくある軽口だ。
しかしこれが原因でポールさんは逮捕されてしまった。
まあ、逮捕までは一応の手続としてあるかもしれない。しかし彼は起訴された。そして一審で有罪となった。彼は控訴した。その二審の判決が11月11日に言い渡されたのだが、これがまさかの「有罪」(罰金刑)。既に逮捕の時点でポールさんは解雇されていて(→本人のブログ。高校を出てからずっと仕事をしてきてようやくひとり立ちできそうだったのに、とのこと)、その後、「クレイジーカラーズ」さんと一緒に暮らすために転居したベルファストでの役場の仕事も二審のときに失ってしまった(出廷のためイングランドに行くので裁判のことを告げたら、休暇届に判をくれたのではなく、解雇通知を渡されたらしい)。
……つまりは、「ほんの冗談」が通じず、それが「犯罪」として扱われてしまったために、ひとりの人が仕事も失い、巨額の罰金と訴訟費用の負担を背負うことになった。ということでTwitterが賑やかになっている。
以下、詳細。
まず、二審の判決のときのTwitterから。法廷からの即時tweet(ジャーナリストと弁護士による)と、事件に注目していた専門家筋の反応、およびTwitter上で見守っていた人々や判決を聞いてかけつけた野次馬のtweetなど、#twitterjoketrial (twitter joke trial) のハッシュタグのものからまとめてある。
ものすごく長いけど下記に。最初の方はこの件を取材している新聞記者による導入(説明)で、示されているURLはちょっと読むのが大変だけど、「言論の自由」とそれに対する法的制限について考えている人は目を通しておくとよいのではないかと思う。導入のあとは裁判所からの中継で、判決申し渡しの時刻が遅れる様など、緊張感が伝わってきて息苦しい。
『ジョーク』が通じず訴えられて有罪に、二審も有罪〜英国なのに!
http://togetter.com/li/68179
【主要登場人物(登場順)】
@mswainwright:
ガーディアンの北部(北イングランド)部門エディター。判決公判のその場からTwitterでレポート。
@pauljchambers:
問題の「軽口」の主、この件での被告人。27歳。
@davidallengreen:
被告人の弁護士。その場からTwitterでレポート。
@crazycolours:
被告人が「軽口」を送った相手で、北アイルランド在住の女性。現在は同居。
@TwJokeTrialFund:
ポールさんの訴訟費用などのカンパ呼びかけ&受付。
【影響力の大きな人々(登場順)】※著名人だったりフォロワーが万単位だったりRTをたくさんされていたり……
@bengoldacre: サイエンス分野のライター。フォロワー数7万人台。ニセ科学分野でいろいろあったのでネット上の発言での訴訟にはかなり詳しい。
@adambanksdotcom: 雑誌などの編集者。IT分野に強く、法律に詳しい。理詰めで明解。
@DrEvanHarris: 医師、科学者、ニセ科学に対抗する言論で有名。人権分野でも活動。この5月の総選挙で保守党のサラ・ペイリンじみた女性候補に破れるまでは国会議員(LibDems)。フォロワー数1万5千人台。
@serafinowicz: Shaun of the Deadなどで知られる俳優。フォロワー数44万人台。
@stephenfry: 超大物のコメディ作家・俳優。フォロワー数200万人に迫る勢い。
@BarnabyEdwards: Doctor Whoの仕事をしている俳優、監督、脚本家。
@Glinne: Father Tedなどの仕事があるコメディ作家・俳優。フォロワー数7万人台。
@RealDMitchell: ケンブリッジの例のクラブ出身のコメディアン。Peep Showなどで知られる。フォロワー数27万人台。
@StephenMangan: 「アラン・パートリッジ」やsitcomなどで知られる俳優。フォロワー数1万4千人台。
@daraobriain: スタンダップ・コメディアン。フォロワー数20万人超。
……というわけで、上記Togetterでの最初の方は@mswainwrightと@davidallengreenによる現場からの逐次報告(裁判所の中で開廷を待っているところから)、12日01:05(日本時間)に "Guilty" という判決の報告(弁護士さんによる)があったあとは、Twitter上で判決が出るのを見守っていた人々が一斉にため息をつき落胆の声をあげ(まさに「不当判決」って書いた紙を持ったスーツの男性が駆け出してくるイメージ)、あとはそれぞれが思ったことを口にする、という状況。
この段階ではさすがに「冗談」が出てくる人は少なくて(プロはいきなり冗談をかましているが)、率直な落胆の言葉のほかは、「かつてわが国民の自由を守るために命を捨てた人々を追悼する日(11月11日は戦没者追悼の日)に、司法が自由を否定するとは」とか、「ヘタなジョークを書いた人間を逮捕してないで、野放しになってる本物の犯罪者/テロリスト/ペドフィリアを逮捕しろよ」とか(特に、この日はamazonでペドフィリアの本が売られているというのがニュースになったので、その関連での反応がけっこう多かった)いった言葉が並んだ。
で、判決が出たことがtweetされてから30分もしないうちに、「笑い」でメシを食ってる大スターのスティーヴン・フライがポールさんに宛てて「前に申し出た通り、罰金はいくら科されようが私が出します」とオトコマエなことを言い(ポールさんは罰金のほか、今回の訴訟費用も負担しなければならないし、上告するにもまた費用がかかるのでTwJokeTriaFundでのカンパ募集は随時)、それが非常に多くの人にRTされ、また一般の人からポールさんとクレイジーカラーズさんに宛てた「数千人があなたがたについています」というツイートもRTされ、こういう風にコンテクストを踏まえずに言葉の解釈だけで「有罪判決」というものが導き出されたことについて「テロリストがなしうることより恐ろしいこと」(=人間の基本的自由に対する制限が堂々と加えられる)、「このような目にあうのは誰でもありうる、誰だって深く考えもせずに軽口を飛ばすことはある」ということが人それぞれの言葉で語られ――「flippancy(軽薄さ、言動の軽さ)」、「hyperbole(大袈裟な表現)」、という単語を使って――、「BBCの番組で取り上げられるよう意見をよせよう」という呼びかけがなされ、判決から45分ほどでTwJokeTriaFundに寄せられたカンパは£1,600を突破した。
一方でポールさんの彼女のクレイジーカラーズさんは、いくつか率直な心境をツイートしたあと、「そろそろ充電切れそうです。とにかく非常にショックです。罰金が問題なのではなく、これでポールが仕事に就けなくなるということ、これで彼の人生の計画が狂ってしまったことが問題」と投稿し、この日はこれでオフラインになっている。ポールさんは判決後は出てきていない。
まあ、大方の人は、逮捕の報道があったときは「逮捕されても起訴はされないだろう」だったのだろうし、起訴の報道があったときは「起訴されても有罪になどなるはずがない」だったのだろうし、有罪になったときは「一審の判事は世間知らずだなあ、二審に持ち込めば無罪を勝ち取れるだろう」だったのだろうし、本人たちもそうだったに違いない、と思う。
しかし実際には、判事は「そういう解釈ってありかよ」という解釈をして、「有罪」という結論を導き出した。
で、ちょっと私がわかんなくなってるんだけど、ポールさんが逮捕されたときに適用されたのはテロ法だったんだよね。そのときのSlugger O'Tooleの記事を、私はブクマしているのだけど、ブクマした理由は「テロ法での逮捕」だったからだ。具体的にはthe Terrorism Act (2006) での逮捕。
Sluggerのこの記事はインディペンデントの記事を参照していて(Sluggerの記事の筆者がインディの記事の筆者の1人でもあるのだが)、インディの記事には、「米国では例があるが、英国ではTwitterの投稿のために逮捕される例は初めて。そもそもの始まりは、1月15日にはアイルランドに向かう便に乗る予定だった彼が、1月6日に悪天候のためロビン・フッド空港は閉鎖と聞いて、軽口をたたいたことだった。1月13日、警察はポールさんの勤め先を訪れた。『最初は家族が事故にでもあったのかと思ったのですが、警察はテロリズム法であなたを逮捕しますと言い、紙を見せました。それは僕のTwitterのプリントアウトで、ようやくああそういうことかとわかったんですが』。……『Twitterなんぞ聞いたこともないというので、僕が一から説明しました』」などなど、生々しい様子が書かれている。(今どきTwitterを知らないとは、常岡さんを捕まえていたアフガニスタンの武装勢力の人じゃあるまいし。)このとき捜査担当官は「どうしてこんなことになったかわかるか? 今はこういう時代なんだ It is the world we live in」と言っていたという。
(不条理コメディの台本みたい。ドリフの「もしも」シリーズの締めの「ダメだこりゃ」と同じように機能するよね。ドタバタ展開した挙句、最後に "It is the world we live in!" って。)
また、このインディの記事を参照しているSluggerの記事のコメント欄には、ラジオ番組の内容を書いている人がいて、それによると「逮捕に来た警官は6人、ポールさんは最初は何かのいたずらだろうと思ったが、すぐにそうではないとわかった。問題となったTwitterの投稿は特定の誰かに宛てたものではなかった。6人の警官はTwitterがどういうものかも知らなかった」。その上で、このコメントの投稿者は「何ら脅威ではないのに大騒ぎして、警察のリソースの無駄だ」、「ここまでやるんなら政府は使用禁止用語リストを出すべき」と述べている。
一方で、別のコメント投稿者は「難しい事例だが、実際に爆破してやると脅しているわけで、常にジョークが通じると思ってると失敗するというのが教訓だろう」と言い(この時点では「逮捕」だけだったので呑気だ。しかも過剰適用されることではおなじみの「テロ法」だし。そのわりに北アイルランドの本物のテロリストは野放しで……)、さらにまた別のコメント投稿者は「逮捕されて当然だ。実際に過激派が航空機を標的としている以上、このようなことはもはやジョークのネタにはならない」と主張している(過剰反応の追認もいいところだが……これじゃあ、「気づいたら街が武装勢力に乗っ取られてました」っていうことも簡単に起きるよね、としか思えない。恐ろしい。「自由」を享受している者こそ抵抗せねば)。
さらに下の方では、「3週間前に酔っ払い3人が機内で飛行機を爆破してやると騒いで逮捕された」との事例が引かれているが、それは1月9日に報道されていて(←ブクマ)、つまり昨年のクリスマスの日のパンツ爆弾男の事件の余波の中でのことだ。そういえばこの事件はどうなったのかと気になったので少し調べてみた。検索して見つかったページによると、酔っ払い3人のうち2人は即日起訴されているようだ。いずれも「テロ法」での起訴ではなく、一般的な刑法での起訴である。
[Fowles'] charges in detail are making a bomb hoax/communicate false information contrary to the Criminal Law Act 1977 and being drunk on an aircraft contrary to the Civil Aviation Act 1982.
... [McGinn] is also charged with being drunk on an aircraft contrary to the Civil Aviation Act 1982.
A third passenger ... was released without charge, police said.
閑話休題。ポールさんの件。
彼が起訴されたのは、逮捕から約1ヵ月後の2月18日のことだ。起訴を報じるインディペンデントの記事によると:
A 26-year-old man who was arrested after an alleged airport bomb threat was posted on Twitter has been charged with sending a menacing message, police said today.
...
Today, South Yorkshire Police said: "A 26-year-old Doncaster man has been charged with sending by a public communications network a message that was grossly offensive or of an indecent, obscene or menacing character contrary to Section 127 of the Communications Act 2003." ...
このときに適用される法律が変わってた。つまり、逮捕時は「テロ法(2006年)」だったのだが、起訴時は「通信法(2003年)127条」(その前に再逮捕などの手続があったはずだがそこまで確認していない)。
ポールさんの弁護士は、判決後に「表現の自由に関するイングランドの法律は、よい状態にはない」と述べ、#section127というハッシュタグをつけているが、この「セクション127」がポールさんの起訴・判決の根拠となった法律だ。より細かくいうと、Section 127(1) of the Communications Act 2003(→ソース……法律の専門サイトのわかりやすい解説)。
法律そのものを見てみよう。
http://www.legislation.gov.uk/ukpga/2003/21/section/127
127 Improper use of public electronic communications network
(1) A person is guilty of an offence if he -
(a) sends by means of a public electronic communications network a message or other matter that is grossly offensive or of an indecent, obscene or menacing character; or
(b) causes any such message or matter to be so sent.
【内容】
127 公共の電子通信網の不適切な利用
(1) 次の場合、違法行為で有罪となる:
(a) 公共の電子通信網を用いて、他者の気分を著しく害するような、あるいは破廉恥・猥褻または脅迫的性質のメッセージ等を送信した場合
(b) そのようなメッセージ等が送られるようにした場合
こんなざっくりした条文が、「2003年」ということにも驚くが、この127条は「2003年」の改定には関係のない部分だったようだ。10月4日のガーディアン記事に詳しく説明されているが、元々は1935年の法律で、しかも当時のシステムに不可欠だった電話交換手(多くは若い女性)への(多くの場合性的な内容の)いやがらせを取り締まることが目的だったそうだ。しかし国会での討議において、クレメント・アトリーが「交換手だけでなくすべての電話の利用者を守るよう、法案を修正すべき」とし、これが通った。当時はそれで合理的だったかもしれないが、そのまま手をつけられず、現代の高度な通信にはまるでそぐわないざっくりした条文はそのまま残ってしまった。
同じガーディアンの記事から、この「取り残された条文」が現代においてどう適用されうるか(ポールさんの件はその一例だが)について、簡潔な説明がある。
The terms of the offence are vague and could in theory cover a wide range of online messages. People make flippant remarks in conversation, which could be interpreted as obscene or menacing, but which are quickly forgotten and cause no concern. When using services such as Twitter or Facebook, people speak as they do in conversation. However, the statements are made on a communications network that records those words and allows others to monitor what has been said (and potentially fall within the ambit of section 127). As a result, a much broader range of expression can now come to the attention of police and prosecutors. A blogpost, tweet or a YouTube video may be posted without a moment's thought, but find itself subject to criminal prosecution. This is true not just of section 127 of the Communications Act, but of many other offences that have either been poorly drafted or deliberately cast in wide terms.
ポールさんの弁護士や、@DrEvanHarrisはこの条文を何とかしようという運動を始めている。英国では、この件とは関係ないが、昨年10月の「ガーディアン+ウィキリークス」という最強タッグで暴かれたTrafigura社の産廃不法投棄事件をめぐるinjunction, super injunctionの問題や、libel tourismの問題もあって、全体的に「司法への信頼」――というか、「何のための司法か」ということ――が揺らいでいる。
さて、ポールさんへの判決において、判事は、彼の「爆破してやる」という文言は menacing である、と認定している。いくら考えてもその根拠がわからない。というのは、普通の感覚では、menacingであるためにはそれがある程度現実的でなければならないからだ。私が同じような体格の人に向かって「今度会ったらボコボコにしたる」と言えばmenacingかもしれないが、相手がプロレスラーのような人ならmenacingになるはずがない。私がそんな体格の人をボコボコにできるわけはない。しかし、法廷ではそういう「普通の感覚」は通用しないし、別の基準で物事が進む。
※書きかけ。Togetterのまとめを読んで少々お待ち下さい。
※この記事は
2010年11月13日
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1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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