kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2010年10月19日

ぶれる――「単発では」?「デモではなくデモ行進としては」?「警察発表」?「現場から」?「プレス関係者」?

【2秒で読める要点】
16日から17日にかけては「単発デモだから、(5800人で)戦後最大級になるんですよ」っていう主張/説明だった→18日になったら「デモ行進だから、(5800人で)戦後最大級になるんですよ」という主張/説明……らしい。ただし読解しそこなっている可能性もある。詳細は本文でどうぞ!



例の「戦後最大」の件なんだけどね。。。基本的に「5800人で戦後最大?ねーよ」で3秒で済む話なんだけど、そこに「なのにマスコミが報じない。ゴミだ、ムキー」っていう人たちがたかって「戦後最大のデモをマスコミは無視している、ムキー」という結論で吹き上がっているので、3秒ではすまなくなった。

私の最初の反応:
http://twitter.com/#!/nofrills/status/27529008594

Twitter / nofrills : 5800人のデモが「戦後最大規模」?... via kwout

さらに現在、この「5800人で戦後最大」をめぐって、最初の発言主がぶれている。

B000KIX658ゆれる [DVD]
西川美和
バンダイビジュアル 2007-02-23

by G-Tools


でも、……節子、それ「ぶれる」やない。「ゆれる」や。

ぶれてるのは、「単発では」?「デモではなくデモ行進としては」?「警察発表」?「現場から」?「プレス関係者」?あたりだ。

まず、16日の「警察発表5800人 戦後最大のデモ」のくだり。この最初の渡邉氏のTweetがあって1時間少ししたころに私が確認したバズッターの画面では、この最初のtweetが、複数のユーザーの感想めいたものをつけたしつつ、いわゆる「多段RT」を繰り返した感じで、幾重にも、いくつものルートでRTされていた。「@a 7時のニュースなう RT @b: 賛同 RT @c: NHKに凸してくる RT @d: でもどうせ報道はないんだろ RT @e: マジか RT @daitojimari: 尖閣デモ 警察発表5800人 戦後最大のデモ」みたいな感じで(例示した文の内容は今思いついたものです)。このほかに、「5800人 戦後最大」のフレーズを含んだTweetがあふれていたが、それはそのフレーズを含んだTogetterの「まとめ」がRTで広められていたことが大きい。



ここでの渡邉氏の情報をまとめると「警察発表5800人で、これは単発としては戦後最大級であるということを、プレス関係者が言っていた」。

細かくばらすと以下の要素になる:
1) 警察発表5800人
2) 戦後最大(級)
3) 単発としては ←「単発」の定義を知っている人が誰もおらず、イミフメイのままペンディング段階。推測ばかり飛び交っている。
4) プレス関係者

18時台にこういうことだったのが、日付変わって翌日1時台にはこうなっている。



ここでの渡邉氏の情報をまとめると「警察の正式発表は2800人のこと」。その情報源は示されていないが、このときは既にNHKなどでの報道があったので(報道あったんですよ)それを元にしていると考えるのが妥当だろう。18時台の情報をもたらした「プレス関係者」と再度接触したのかもしれないが、広く一般に対する報道がなされているのだからそっちを取るほうが検証可能性の点でもよかろう。

つまり、この時点での要素は:
1) 警察発表5800人2800人
2) 戦後最大(級) 
3) 単発としては ←いまだ説明なし。 
4) プレス関係者 ←この時点ではどっかに消えている。

2) については、まさか「2800人」で「最大」とはいわないだろうが、渡邉氏はこのあとに「現場ではもっと多かった」的なことを書いている。

端的に言おう、「だから、何」だと。

デモの規模を主催者発表の数値と警察発表の数値で確定させることは、確立した習慣である。両者に乖離が見られることは当たり前だ。実際、16日のデモも、警察が「2800人」と言い、主催者団体のリーダーである田母神氏は「三千人あまり」と言い、主催者発表は「3200人」と出ている。下記は田母神氏のツイート。2件でデモの人数に言及しているがいずれも「3000以上」だ。「5800」とは言っていない。現場でそういう数字が語られたとの報もあるが、ならどうして大ボスが「3000以上」と言っているのか、よくわからない。まさか「5800は3000以上だ」って言わないよね (^^;)



「いやいや3000人どころではない、現場にはもっといた、主催者の数値が低すぎるのではないか」という指摘は田母神氏の団体にすべきであり、その議論をよそでやっても無意味である。よそでやっても田母神氏の団体の正式な数値(主催者発表)は変わらない。

なお、警察発表が人数を少なめに出すなんていうことは世界的に「デモ」にまつわる常識だ。そのことに怒るのはマドンナのデビュー曲みたいにかわいこぶってるんじゃなきゃ、ただの(自粛)

いずれにせよ、16日のデモが1万人に満たない規模であることに疑いの余地はほぼない。2800人だろうが10000人だろうが、たかがその程度の人数で「戦後最大のデモ」を標榜するのはちゃんちゃらおかしい。「戦後最大のデモ」といえば、具体的に数字は浮かばなくても「数十万」の規模ということは日本国民なら誰でも知っていて当然だし、そういうのを知らない人でも近いところで2003年のイラク戦争反対のデモが数万人の規模だったことは記憶に新しい。(と、コメント欄イラク戦争反対デモについて私以外のユーザーさんが引き合いに出したことについて、コメント欄の人が粘着開始で「ブサヨハケーン」とばかりにおおはしゃぎだ。香ばしい。)

というわけで、2800人だろうが10000人だろうが、たかがその程度の人数(デモそのものが成功した失敗したというのではなくすばらしいとかだめだとかいうのでもなく、単に「最大」を名乗る数字としてショボすぎる。身長170センチの20歳の男性を、「とても背が高いでしょう」と自慢されているような感じだ。確かに低くはないね、という程度だ)で「戦後最大」を標榜するのはちゃんちゃらおかしいのだが、渡邉氏は「単発では」という条件付けをしているので妥当である、というのがどうやら彼の理解者たちの主張であるようだ。渡邉氏がはなっからその条件付けを怠ったのは、うっかり忘れたのであろう(錯誤)と解釈しているらしい。

お優しいことだ。

そして「単発では」の定義がはっきりしないのだから、「5800人(ママ)は戦後最大」は偽(「偽 ギ」なんていう一般に馴染みのない論理学用語を使っても「ニセ」と読まれて通じないだろうと思って「ウソ」と書いたら、コメント欄でねちねちねちねち絡まれてひどい目にあったので、私はバートランド・ラッセル先生にならって数式で会話することを決意しました。うそです)とは言い切れないと言い張り、「5800人で戦後最大というのはfalseである」というごくまっとうな指摘を無化しようと粘着してくる読解力の不自由な人たちが数名、Togetterのコメント欄に棲息している。

われわれさよくはこういうこうげきにはつよいのだ。はっはっは。
なにしろ、えたいのしれないわるものだからな!

……冗談です。

私は組織的左翼運動には関わったことはない。組織的左翼運動が企画した講演会などにいって、中指をおったてては「ってかこっちはてめーらのごたく聞きたくて来てんじゃねーよ、講演者の言葉遮ってまでてめーらがしゃべってんじゃねーよ」とか、「てめーら自分たちの運動の存続のために他人の不幸をダシにしてんだろ、そんなお前らこそ滅びろ、XU!」的な態度を取って、清濁併せ呑む度量の深い友人をおろおろさせ、知人をドン引きさせたことはある。帰り道、講演者が真横にいるのを知っていて、大声で何故私は退席したかを友人に語ったこともある。「誰かに感情を煽られたことで人が動くなど、全体主義の悪夢である。検証可能な事実に基づいた理性的思考が……」云々。

そういう「組織左翼」に誠実さを見出すのはとても難しいことだが、今回のこの個人とその取り巻きには誠実さのカケラも見出せない。そんなものより、ヘイスタックの中の針のほうが簡単に見つかる。

(※一部大袈裟にお送りしております)

閑話休題。

「日本では参加者5800人のデモは戦後最大である」は真か偽かで言えば偽。これは、何らかの条件をつけた文(例えば「日本ではきのこ・たけのこ紛争関連では、参加者5800人のデモは戦後最大である」)が真であるか偽であるかに関わらず、偽である。(これが通じてない人が2人以上いると絶望するよね……。しかも社会人、仕事に差し支えるだろうに)

条件をつけた文(「きのこ・たけのこ紛争関連では、参加者5800人のデモは戦後最大」)を言うつもりで、条件をつけずに言うことは、意図的にやれば「ウソつき」、意図していない場合は、怠慢で怠惰でいい加減で不誠実で愚かなことである。

例がダラダラと長いので、別の例を引こう。「ホッキョクグマは最大の哺乳類です」といわれたら、多くの人は「何か条件が抜けているだろう」と思うはずだ。「北極圏では」とか、「この動物園の中では」とか、「今回観察された生き物たちの中では」とか。そして話者に確認するだろう。「先生、それはこの動物園の中では、という意味ですよね」など。

しかし中には「哺乳類」や「ホッキョクグマ」について何もイメージができない人がいるかもしれない。そういう人は「ホッキョクグマは最大の哺乳類」をそのまま信じてしまう。そしてその人がそれを信じてしまうことは、「哺乳類やホッキョクグマについて何も知らなかった」その人の責任というより、その人がそれを知らないということを知っていてなお、知らせることを怠リ、その人にそれを信じさせてしまう側の責任である。

それは少なくとも非常に深刻な不誠実であり、学問の態度としては最大限に批判され非難されるべきだ。

話を元に戻す。

渡邉さんは「警察の正式発表は2800人のこと ここに訂正してお詫び申し上げます」と書いている (10-17 01:55)。そして渡邉さんは著述業もしておられる方で、書籍・ムックの監修などのお仕事も多い。ということは、文字情報での「訂正」の基本的なルールはご存知なはずだ。

故意であれ過失であれ、何かが誤っていて情報を修正した場合、修正する前の情報は消去する。それが「訂正」だ。

消去には取り消し線を補うなどの方法もあるし、データを正しいものに差し替える(前のデータは消す)という方法もある。新聞などのように既に出してしまったものは物理的に修正も回収もできない場合は、「訂正」として告知記事をだす。それも誰かに害(被害、損害)を及ぼすかもしれないものは大きく、確実に目に留まるように出す。

Twitterでは取り消し線を補うことはできないし、差し替える(書き換える)こともできない。物理的に回収することもできない(削除ボタンを押しても、厳密な意味での削除、つまりデータ消去は行なわれない)。ここが困ったところだが、私が見ている範囲では日本語のTwitterでは「デマの元になるような情報を書いてしまった場合は、その元のTweetを消す」ということが慣習として行なわれているようだ(どんずばりのものが探せないのだが、このまとめがその関連で派生した検証だったはずだ)。私もそうしている。むろん、それが唯一のやり方ではなく、他にもやり方はあるだろう。確か口蹄疫について「嘘の/偽(ぎ)の情報」だったと記憶しているが、特に反響の大きかった場合(100+のRT数になっていた場合)は、「何度かにわたって訂正記事を流す」ということをしているユーザーさんもおられた。

そういったことは、今回の最初の「警察発表5800人 戦後最大のデモ」のTweetについては確認ができていない。

誤った情報が記載された元投稿は現時点で未削除だ。Tue, 19 Oct 2010 11:42:54の時点でのキャプチャだが(画像の下のvia Kwoutの文字列をクリックするとタイムスタンプの時刻を確認できます):


この時点で私はこの渡邉さんという人の「誠実さ」を深く疑う。「誠実さ」については、Results for http://togetter.com/li/60012/で見た@T_akagi さんも《元の書き込みが意図的であろうと無かろうと、デマの「【拡散】」は拡散者の不誠実が引き起こす》と述べておられるが、このケースでは不誠実なのは拡散者(確認もせずほいほいとRTして「マスゴミは、ムキー」と言いたがる人たち)だけではない。というか、確認もせずほいほいRTした人たち(がいたとして)は、元が渡邉さんだからと信用したのだろう(私はまったく存じ上げないのだが、2ちゃん、にこ動での活動で有名な経済評論家だそうだ)。少し疑問に思って「5800人戦後最大のデモ」の文字列を探しに行ってみたとして、それが信頼する渡邉さんのTwitterのページにあれば、ほいほいRTするだろう。渡邉さんが「単発では」などを後から補っていたとしても、最初のTweetが残っていてそれをRTできる状態になっている限りは、訂正・補足の情報が出されていると人が気づく保証はない。

このことは「メモ帳」がわりにほいほいTwitterを使っている私にも大きな教訓である。単純な誤変換や脱字程度なら「読めばわかる」のなら「こまけーこたぁいいんだよ」で流せるけれど、重要な情報が間違っていたら、訂正情報を出すだけではなく、元のTweetを消さないとならない。そのことははっきり肝に銘じておきたい。

……と、ここで終わるはずだったのだ。しかしその後、思いもよらぬ展開が!続きはCMの後!



続き。

18日の11:08に、渡邉さんが次のような投稿をされた。



これは@false800さんの
この「プレス関係者」と言う方との会話の詳細をご説明して頂けせんでしょうか?「単発デモ」の定義などを彼らは気にしているようです。ご提示いただければ、双方それなりに納得できるのではないかと思います。宜しくお願い致します。
http://twitter.com/#!/false800/status/27792880327

との質問への返信である。

質問点は:
・「プレス関係者」との会話の詳細(発言者が「プレスの存在を証明するのが筋であり、発言者としての責任ではないでしょうか」というpjtlichtenthalさんのコメントを受けてのものだろうが、「会話の詳細」など求める流れになっていたとは私は知らんかった)
・「単発デモ」の定義

これに対する返信が:
数は現地からの話ですね。デモの定義の問題で、デモ行進では最大級になると思いますが


……ママン、もう無理。

「プレス関係者」はもういいよ。どっかいっちゃったんだね。それより、「単発デモって何ですか」と質問しているのに「デモの定義の問題で、デモ行進では最大級」と答えが返ってきている状態、何の不条理漫才ですか。

で、経緯をまとめると、16日から17日にかけては「単発デモだから、(5800人で)戦後最大級になるんですよ」っていう主張/説明だったのが、18日になったら「デモ行進だから、(5800人で)戦後最大級になるんですよ」という主張/説明、ということですか。

これで「なるほど、そうですか、よくわかりました」と応じられるのは "信者"。

「は?」となるのが "一般人"。

「はぐらかしてんじゃねー、ふざけんな」と応じるのは "PUNK"。

ほかにもいろいろ反応はあるだろうけど、くだらないので略。

ちなみに16日の言い分はこれ。
プレス関係者が警察発表数字の「単発デモ」としては、戦後最大級といっていました

あとは "信者" がこれの辻褄あわせにいそしむんでしょうね。そして「単発デモ」=「デモ行進」派と、「単発デモ」でなおかつ「デモ行進」である派でパイプボムを投げ合うなど壮絶な内紛。。。ああいかん、これは北アイルランド脳の恐怖。

で、結局、「単発デモ」って、一体何なんでしょうか。誰もそれを説明できないんですが。

「一日で終わるデモ」とか(むしろ一日で終わらないデモがあるのかと)、「主催団体が一つしかないデモ」とか(主催団体なんてすぐに作れるんだからそれで分類する意味ないのでは)、「毎年5月1日にやる、みたいなのじゃないデモ」(いや、毎年決まってやるデモのほうが少ない)など推測はいろいろ出ているのに、それを当たり前のものとして使っている人からは「ああ、それはこういうことですよ」っていう説明がな……はっ。

ああ……そういうことだったのか。……

Hilarious Monty Python sendup of the Freemasons, their ridiculous secrecy and less than savory business and career preferment practices.



※最後は「冗談」を意図しています。



「デモ行進」がなんちゃらというナンセンスさはこれとか参照。

集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例
http://www.ron.gr.jp/law/jourei/tk_demo.htm

これは東京都の条例だが、どの自治体も同じだ。東京都の届出の用紙はここでPDFでDL、閲覧できるが、「集団示威行動」とあるだけで、「集団行進」(デモ行進)であるか「集会」(ラリー)であるかの別はない。別な様式の届出用紙もあるのかもしれんが、現に使われているもののひとつでその区別がないということは「デモ行進」か「ラリー」であるかの区別はされていないと考えるのが論理的な帰結であろう。

届出用紙でその区別がない場合、どこで区別をするのだろう。「出発地点」と「解散地点」が異なるものは「集団行進」と見なす、などだろうか。ちょっと警察行って聞いてくるのが早そうだな。でもそこまでの時間割くようなモチベーションないよ、私には。警察署けっこう遠いし。



ついでなので本編以外のこと。テクスト解析方面の資料にはなるでしょう。
http://togetter.com/li/60012 のコメント欄から。

ただ直近のコメントで嘘だデマだと談じているのも、やや感情的になりすぎ、自ら同じくあやふやなデモの数字を出すなど、これでは同じ穴のムジナではないかと感じましたのでご指摘させていただいた次第です。あなたのそのコメントも断片的にRTされ私の元に届いておりましたゆえ。
10-19 03:35:22


これに対し、私はまず「断片的にRTされ」たという私の「直近のコメント」とはどれであるかを質問しているが、スルーされている(先方は質問に答えず、別なコメントをつけている)。

また私が「直近のコメントで嘘だデマだと談(ママ)じている」というのは、「何のことを」という目的語がないのでイマイチ不明確だが(法廷なら明確化を求められるレベル)、根拠のない誹謗である。コメント欄における「デマ」の出現事例を調べてきた。

コメント欄における「デマ」の出現事例1:
引用:"…問題になっているのは「戦後最大なのに!5800人なのに!マスコミで報道されない!」という、全てがデマの情報が…" 10-17 11:33:46
※発言者は私ではない。

コメント欄における「デマ」の出現事例2:
引用:"まだ「5800」が「デマ確定してるわけではない」です…" 10-17 12:34:56
およびそれへの返信、引:"デマと断定するだけの明確な根拠もないね。デマは言いすぎだったか。" 12:39:37
※いずれも発言者は私ではない。

コメント欄における「デマ」の出現事例3:
引用:"…最近デマ情報に対する動きがtwitterではやや活発に行われていたために…" 10-17 12:58:40
※発言者は私ではない。また話者が「デマ」と述べているのはこのページで扱っている事象についてではない。

コメント欄における「デマ」の出現事例4:
引用:"既に「卵100個で世界最大」っていう“デマ”は拡散済みで、デマを拡散したことが…" 10-19 00:32:36
※発言者は私である。ただし例え話の中でこのページで扱っている事象について述べたものではない。しかも引用符を用いている。

コメント欄における「デマ」の出現事例5:
引用:"…これはこれでデマの流布と言える…" 10-19 02:17:15
※発言者は私ではない。false800である。言及しているのはこのページで扱っている事象ではない。

コメント欄における「デマ」の出現事例6:
引用:"…それまで「デマだ、誤りだ」と断定するのも保留ということでよろしいですね?" 10-19 03:08:44
※発言者は私ではない。上記で私に対する誹謗を行なっている人物である。

コメント欄における「デマ」の出現事例7:
引用:"何日も前に既に広まっているデマについての話をしているとは思えない" 10-19 03:23:39
※発言者は私である。「何日も前に既に広まっているデマ」というのは2つ前のコメントにある、それだけがRTされて一人歩きしている《「5800人が戦後最大」という戸締り役の人の最初のtweet》を指す。先行のコメントで記述を「単純化」したのにまだ絡んでこられたので、さらに1段階単純化して述べた。人間の言語活動としてごく当たり前のことだ。

コメント欄における「デマ」の出現事例7:
引用:"直近のコメントで嘘だデマだと談じているのも…"
10-19 03:35:22(既出)
※発言者は私ではない。上記で私に対する誹謗を行なっている人物である。

おそらくこの人物は、「ブサヨ」である私から「デマ」という文言を引き出して満足しているのだろう。小学生か、そうでなければ書いた通りの自白を取ることがお仕事の警察の方か、何かだろう。

まったくの余談だが、以前このようなことになったときも、何とかスキをつこうとあれこれ食ってかかって絡んでこられたものだ……。【以下、フィクションの割合が高い実話】そのときの相手は私に対して「あなたは差別を煽る差別主義者である」と言いたかったらしい。あるプロジェクトを手伝ってほしいと言われて気乗りしないながらレクチャーに行くと、そのプロジェクトとは別に、密かに構想をあたためているのだといって「情報サイト」の立ち上げの話をされた。まるで自己啓発セミナーの手口。で、その人は「すべての人間に差別意識がある」と思い――それは「そして私にも無自覚ながら差別意識がある」という結論に行くのがふつうなのだが――会話の言葉尻をとらえては「あなたは差別している」と食ってかかってきた。比喩だが、「肉食べないんですよ」→「肉を食べる人を差別しているんですね」、「英語でニュース読むと」→「英語ができない人を差別しているんですね」というような展開だ。はては、比喩だが、ウガンダの女性についての記事を話題にしているときに、在日フィリピン人女性の苦境に言及しないからといって「差別主義者だ」と言われた。私は精神の根本から疲労困憊し、いまだにそのときのバカ女に似た芸能人がテレビに出てくると、テレビを消す。あのバカ女は一体何がしたかったのだろう、と思うと、いまだに反射的に吐き気がする。何年も前の話である。

って書くと、「バカ女」っていう言い方はどうかと思いますよ、的にパトロナイジングなことを言ってねちねちと絡んでくるのがいつものやり方である。「別に私はいいんですよ、でもほかに読んでる人が不快になるし、あなたの信用が落ちますよ?」という、"呼びかけ" の「よ」になぜか疑問符をつける文体で。お上品でおよろしいことね。



追記:

私は聞いたこともなかったのだが、この「戸締役」の渡邉氏、かつて大きな「デマ」の元になっているのだそうだ。2008年12月から09年1月にかけて、ネットだけで「報じ」られた件だ。

噂の作られかた: 韓国・海上封鎖?(追記あり)@kikulog via 「抗議」が「海上封鎖」にまで発酵する過程 (via parallel-world, kanose)

2008年12月から09年1月にかけて、私は毎日ネットにくぎづけであったが(イスラエルによるガザ攻撃)、いかなる形でも「韓国が海上封鎖されている」のような情報には接していない。その後もそんな話、聞いたこともない。今はじめて知って、鼻からちょうちん(村八分)への衝動抑え難く……なんじゃこりゃ。

菊池先生はこう書いておられる。
これが興味深いのは「ネットだけで流布している、重大な国際ニュース」ということです。常識で考えれば、そんなものはデマの可能性が高いのですが、それを「日本のマスコミがどこかの圧力によって情報を隠している」という陰謀論で補強してしまい、事実であるかのように信じてしまうわけです。「陰謀論」と書きましたが、まさに今、陰謀論の発生現場に立ち会っているように思います。もっとも、これはすぐに消えるでしょうが。

「すぐに消えるでしょう」というのはあまりに楽観的でしたね。「日本のマスコミがどこかの圧力によって情報を隠している」という陰謀論は2010年の今、ますます強まって広がっています。

というか、2009年1月のこの「海上封鎖」デマで「日本のマスコミには中国・韓国による情報統制がかかっている」という陰謀論を煽った渡邉氏が、2010年10月の「戦後最大のデモ」デマで「日本のマスコミには中国・韓国による情報統制がかかっている」という陰謀論を煽ったんですね。明らかに大陰謀です。

きくち先生のブログのコメント欄は、何か見たことのあるような文体と絡み方をする連中が多い(きくち先生のところの常連さんのことではなく)。自分たちの「常識」はネット上なら一般に通じる、通じないのはサヨク、という頭の悪さには本当にげんなりします。「俺ら基準」で「サヨク」認定(「在日」なり「シナ人」なり、いろいろ代入されうる)しまくる様子は、まるで文明を感じさせません。うちらの世代から下にこんな連中がわいていることがご先祖様に申し訳ないです。
訪問者:まったくのデマといいきってしまうほどでもないと思いますが

きくち先生:……興味深いのは「すでに封鎖されている」かのような噂が飛んでいることで、そこからさらに、「なぜ日本のマスコミは伝えない」という話につながっていることです。

訪問者:「なぜ日本のマスコミは伝えない」というのは、日本のマスコミは韓国に都合の悪い事は隠すというコンセンサスがあらかじめあったからでしょう。

きくち先生:しかし、いつから「日本のマスコミは韓国に都合の悪いことは伝えない」ということになっちゃったんでしょう。それもネットの一部だけでの常識でしょうか

訪問者:あと、日本のマスコミが韓国関連のある種のニュースをめったに流さないというのは2002W杯以降何度も指摘されてる事実に過ぎません、今回の事件は普通に考えれば現時点で深刻なニュースなのでそれが突っ込んで触れられない疑って見るのは自然な反応なんですよ。
まあその辺りの事情に理解の浅い方でも”噂”だとしか認識してない現状で陰謀論だのと騒ぐほどでは無いと思いますね。純朴な馬鹿の振りをして被害者ぶることで話を大げさにしてるのはどっちなんだか。

「指摘した」程度で「騒ぐ」などの大袈裟な用語法、80年代左翼にそっくりである。
訪問者:
こういったデマの広がりは過去にもあったようですね。
こちらはチベット問題での善光寺関連ですが。
http://redfox2667.blog111.fc2.com/?no=159Link でその検証がなされています。

一方、同じテーマを扱っていた
http://blog.goo.ne.jp/kurokuragawa/e/b75f9bf343d4235c2115a7f71010f75eLink では、コメント欄で「ネタで、最初から信じてる奴はいない」という、この記事と似たような反応が見られますね。
お決まりのパターンの1つなのかもしれません。

訪問者:
日本のメディアが韓国(韓国人)にとってネガティブな報道を控えるというのは、韓国ウォッチャーやネットウヨクにとっては自明の理なのです。(事実かどうかは、ともかく)
彼らの中には、日本のメディアを調べるよりも何倍もの時間と労力を韓国メディアの調査に費やしている人もいたりします。
ですので、それらしき報道に接すると、条件反射的にマスコミ批判が始まってしまうのです。
また、報道については、数値化することが難しいので、受け手側の感覚によるものが大きいことも理由の一つだと思います。

訪問者B(上へのレス):
それは日本のメディアの韓国に対する問題と言うよりは、テレビ等マスメディアの持つシステムそのものの問題だと思います。報道すべきニュースの取捨選択の点だけ見ても広範囲にわたって歪みが生じており、韓国がどうこうというのはその歪みの中の一部分でしょう。韓国にだけ注目していると思考を誤るかもしれません。

※この記事は

2010年10月19日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 17:00 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼