さて、大手マスコミはニューズバリューがないと判断したのか日本語での報道はないけれども、日本の外務省がスポット情報を出している(時間が経過するとURLが上書きされるので魚拓)。「英国:北アイルランドにおける爆弾テロ事件に関する注意喚起(2010/10/05)」と題するこの文書は、10月5日のボムの爆発を受けて出されたもので、6月以降の主な「爆弾テロ事件や同未遂事件」が11件、列挙されている。これら11件について、外務省は「リパブリカン分派によるとみられる」と書いているが、実際にはそれに該当しないものも含まれている(「カトリック」の標的にパイプボムなどを投げているのは、ロイヤリスト分派というか、UDAの中央組織の指令系統にないフリンジ集団らしい)。
で、外務省は「つきましては、北アイルランドに渡航・滞在を予定されている方は、テロ事件や不測の事態に巻き込まれることのないよう、最新の関連情報の入手に努め」云々と言っているので紹介しておくが、北アイルランドの情報はTwitterでも効率よく集められる。まずフォローしておくべきは現地テレビ局のUTV。更新が少し遅いが二大都市の新聞(Belfast TelegraphとDerry Journal)と、PSNI(警察)もフォローするのがよいだろう。あとはBBC Northern Irelandで最新情報はチェックできるはず。いずれも下記の「リスト」からすぐにチェックできるようになっている。よければリストをサブスクライブするなどしてご利用下さい。
http://twitter.com/#!/nofrills/ni/members
※私は報道機関以外に、政治分析系を多くフォローしているので、「全部は読みきれない」という方はとにかくUTVだけでも。
こういう「テロの脅威」ってのはどかんと爆発したときにどうするとかいうことではなく、「爆発物の疑い」でボムスケアの状態になったときに、正しく行動できるかどうかが問題になる。「ガイドブックで紹介されていた移動経路が使えない」とか「いつものルートが封鎖されている」といったときに代替策を見つけられるかどうかといったこととか、厄介の種を増やさない(荷物を置きっぱなしにしたりしない)こととか。そのことは拙著にも少し書いたと思うんで、立ち読みでも図書館でもチェックしてみてください。
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さて、この10月5日のデリーのDa Vinci's retail complexでのカーボムに関しては、かなりの情報戦が行なわれている感じがする。警察が「連中に "oxygen of publicity" を与えてはならない」と考えていることが伝わってくる。2009年の英軍基地襲撃(RIRA)と警官射殺(CIRA)以降、RIRA, CIRA, ONHなどリパブリカン分派が標的にしてきたのは、今は一に警察、二に警察、三、四がなくて五に警察、六に英軍、という感じだった。今回、銀行がやられたことで、「経済的標的」が加わったと見るべきだろう(ただし警察はその見方を断固拒否しているらしい。詳細後述)。
まず、当日は「負傷者ゼロ no injuries were reported」が真っ先に伝えられたが、爆発があって24時間以内に警察から「警官2名が負傷」との発表があり、BBCがこれを大きく報じた。「負傷」といっても生命に関わるなどする深刻な事態ではないようだ。1人は耳がやられ、もう1人は首をいためたとのこと。
確かに最初から「負傷者2名」と大きく書くほどの負傷ではないのだろうが、それでも「負傷者ゼロ」は「(真実とは矛盾する)嘘」である。これは、初期報道で負傷者が出たことを報じれば、爆弾を仕掛けた側の卑劣さよりもむしろ、爆発物の威力を印象付けることになるからではないかと思う。7月のベルファスト北部での暴動のとき、警察と暴れ隊の対峙の中で警官が1人頭にコンクリート片の直撃を受けて昏倒したが(その後数時間で回復、後遺症なし)、このときは即座に「警官負傷」が報じられ、「暴徒の卑劣な行動」が印象付けられた。
さて、「警官負傷」を報じるBBCの記事だが、これがほかのことも含めて内容たっぷりだ。
Officers injured in Londonderry bombing
5 October 2010 Last updated at 17:39 GMT
http://www.bbc.co.uk/news/uk-northern-ireland-11479594
記事冒頭にエンベッドされているニュースクリップのところで、爆発で被害にあったアルスター・バンクの壁面が示されている。下記のGSVで日が当たっている面だ。この写真は大通り(カルモア・ロード)のほうからズームで引っ張って撮影されているようだが、窓が全部吹き飛ばされて、壁の右肩にあるUlster Bankの表示が取れてしまっている。
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映像レポートでは冒頭、「ホテル2軒と病院1軒に、合計3件の予告電話があった」と述べている。予告電話から爆発までには1時間あり、その間に近隣の家屋数十軒と、ダヴィンチ・ホテルの客室・バー・レストランから人々が退避させられた(夜の11時に!)。(この「予告があるかどうか」という点はアイリッシュ・リパブリカンの爆弾テロと、イスラミストの爆弾テロとの大きな違い。しかし、アイリッシュ・リパブリカンの予告電話も曖昧な場所しか言わなかったり、あるいは電話そのものがかけられなかったりといったこともあるので、100パーセントではない。)
で、3件も予告電話があって、警察や消防の誘導で人々が正しく(1998年オマー爆弾のように爆弾の設置場所が伝えられず、人々が爆弾から逃げるのではなく爆弾の方に向かって退避させられたのではなく、ちゃんと爆弾から逃げる方向で)退避させられたということは、犯人が――Real IRAが犯行声明を出しているのでRIRAだろうが――、例えば「追いかけられて適当な場所に乗り捨てた」など偶発的なことではなく、爆発現場を確実に狙った、ということになるだろう。常識的に考えれば。
しかし警察はこんなことを言っている。
The details were revealed by the police commander for the area, Chief Superintendent Stephen Martin, at a news conference on Tuesday.
He said that police believe the Ulster Bank and the local hotel were not the intended targets and that the bomb may have been left because of a police presence in the area.
つまり、夜が明けて火曜日に行なわれた記者会見で、当該地域の警察のコマンダーが、「アルスター・バンクやダヴィンチ・ホテルは意図された標的ではなかったと警察は考えている。爆弾が置かれたのは、一帯に警察がいたからではないか」と述べた。
「一帯に警察がいた」の内容は記事からはわからないのだが、パトロール中だったということだろうか。で、パトロール中だったとして、それから隠れるために適当に乗り捨てようぜっていって、銀行などという重要なターゲットの脇に200ポンドもの爆発物を積んだ車を停車させることができた、と。
楽しい情報戦だな、まったく。
一方で、RIRAは9月に公表された英ガーディアンでのインタビューで「銀行と銀行家を狙います」宣言をしている(現実的に可能かどうかは別の話だが)。彼らの政治部門のサイト(32CSMのデリーのサイト)では、下記のように、「RBS傘下の銀行をボムった」と宣言している。

※画像クリックでもっと大きなキャプチャ画像を表示します。URLはハイパーリンクははらないけどキャプチャ画像の中に入れてあります。あと、32CSMが "The IRA" と呼んでいる(名乗っている)ものは、一般人やメディアなどがいうIRA (the Provisional IRA) ではなく "the Real IRA" なのでお間違いなく。
この「声明文」というか、RIRAの声明を32CSMが伝言する形の文章で、彼らは次のように述べている。これが「後付での理屈」なのか「最初からそのつもりだった」のかはわからないけれども。
The bomb attack comes weeks after the Real IRA warned it would attack what it described as "economic targets," including banks and other financial institutions.
※この文中で "the Real IRA" が出てくるのはコピペしたままか推敲不足か何かだろう。
このほか、上記BBC記事に含まれている情報としては:
- 予告電話があったとき、ホテルには200人ほどがいた(宿泊客、バーやレストランの利用客)。警察の話では、宿泊客には米国人、日本人など世界各国の人たちがいた。(日本人がいたのに日本のマスコミが報じないのはちょっと珍しいのだが、「日本人」が警察の勘違いなのかもしれない。)
- 警察の人は、先週、何かの折に久しぶりにデリーに立ち寄ったビル・クリントン米元大統領(北アイルランド和平の立役者の1人)は「文化都市に選ばれたデリー、内需拡大で新たな投資、新たな雇用創出」などを語ったが、ディシデンツときたらこのありさまだ――ということも述べている。(これがまたディシデンツの連中には「財界の代弁者」と扱われる。)
- 負傷した警官は人々を退避させたあと警戒線のところに立っていて、爆発の衝撃で転倒した。
- 大通り(カルモア・ロード)には建物の外壁の破片やガラスの破片が散乱している。一帯の封鎖は続いている。
- 爆発物が積まれていたのはVauxhall Corsaで、この車について警察は情報を求めている。
- 火曜日の朝、Real IRAは新聞社(この記事には明示されていないが、デリー・ジャーナル。カトリック・コミュニティ向けの地域新聞)に連絡を取って犯行を認めた。RIRAはカルモア・ロードのアルスター・バンクを以前も標的にしたことがある(この支点で働いている警官の親戚に、銃弾を送りつけた)。……うーん、これでも警察は公式見解として「いやあ、銀行を標的にしていたんじゃないでしょうね、警官がいたから適当な場所で乗り捨てたんじゃないですか」とか言ってるのか。
以下、ここしばらくの間に相次いでいるディシデンツの攻撃事例について。8月のストランド・ロード警察署のカーボム(ボムは爆発し、向かいのファストフード店などが壊滅。車はハイジャックされたタクシーで、タクシーの運転手が現場まで持っていくことを余儀なくされた。昔の「プロクシボム」の手法)など。
そして、政界の反応(英国政府の北アイルランド担当大臣の「このまま活動し続けさせはしない」的なコメント、シン・フェインの政治家として初めて保守党党大会でスピーチを行なうためバーミンガム入りしているマーティン・マクギネスの「連中は紛争ジャンキー」、「ネアンデルタール」という激しいdis、デリーのプロテスタント側の大物であるDUPのグレゴリー・キャンベル下院議員のコメント)に続き、現場にいたデリー市長のコメント(市長のコルム・イーストウッド(SDLP)はまだ20代で、アイルランド全域で最も若い市長)と、ホテルのオーナーのコメント。
BBCのニュースクリップではこの地域を地盤とするSDLPのマーク・ダーカンのインタビューが最後についている。「デリーは前進している。いずれ彼らは、その時代錯誤の主義主張をひっこめざるをえなくなる」という主旨。
一方ベルファスト・テレグラフ:

Belfast, Northern Ireland, UK, World, News, Business, Entertainment | BelfastTelegraph.co.uk via kwout
真ん中のノーマン・ウィズダム(俳優)死去のニュースは本件とは関係ないのだが、その上のと下のは関係がある。
Escalation fears after bomb attack
Tuesday, 5 October 2010
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/uk/escalation-fears-after-bomb-attack-14966847.html
今回の爆発で、ディシデント・リパブリカン(非主流派リパブリカン)のテロ攻撃が激化しているのではないかとますます思われるようになっている、というのが大筋。既に今年60人近くが非主流派リパブリカンの活動で起訴されているが、テロ攻撃の内容がそれに応じて低くなっているわけではない、と記事はいう。
この「60人近くが起訴されている」の中身がこの記事では具体的ではないし、確認もしていないのだが、それが暴動(7月のアードインの)関連での拘束者だったら今の問題(ボム)の解決には無意味だ。
もう1件、下にあるのが:
Orange Order chief brands dissident terrorists as 'Roman Catholic IRA'
By David Gordon
Tuesday, 5 October 2010
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/northern-ireland/orange-order-chief-brands-dissident-terrorists-as-lsquoroman-catholic-irarsquo-14967350.html
つまり、オレンジ・オーダーのトップ(グランドマスター)がまた、セクタリアニズムを全開にしているという話。
「古臭いセクタリアニズム」なのだが、議席を失い党勢を弱める一方のUUPの新しい党首(数週間前の党大会で選ばれた人)が、こういうスタンスに近い「がちがちのオレンジマン」だったりして、単に「古臭い」とは言っていられないのが実情だ。といってもこういう人たちがメインストリームになる気配はない。周縁部に行って、ますます過激化するだろう。
そして、これまで「過激」だったDUPが相対的に、また「最大政党」となったことでの政治の現実により、「中道」の位置に近づく(DUPが思想的に「中道」になることはないだろうけれども)。で、その結果が今年2月の「エクストリーム交渉」。でも、そこで決まったはずの「パレード・コミッション」の件でまたもめてみたり、あるいはその「交渉」で持ち出された無理筋のカード(破綻したプロテスタントの共済組合みたいなのの会員の救済を国に求めるというカード)を切ってみたり。今日の保守党党大会でのOwen Patersonのスピーチでは、その共済の話も出ていたとのことで、ブリテンの微妙な政治情勢で北アイルランドで議席を得ている議員の票がほしい政権与党は結局、無理筋カードだろうが何だろうが、要求はある程度は飲むだろう。
そんなことより、このオレンジ・オーダーのグランドマスターの発言ですごいのはこれだ。
He further said: "we all know what PPS stands for − Protestant Prosecution Service − they are never behind the door in handing out prosecutions to the Protestant people."
「"PPS" とは何の略か。Protestant Prosecution Serviceである。彼らはドアの向こうに隠れることもなく堂々と、プロテスタントの人々を訴えている。」
「陰謀論」と呼ぶこともできない、くだらない言葉遊びの言いがかりである。PPSはPublic Prosecution Serviceで、簡単に言うと、かつての「プロテスタントがすべてを独占していた」時代の司法システムが2000年代になって本格的に改善された結果できた政府機関である。
http://en.wikipedia.org/wiki/Public_Prosecution_Service
つまり、オレンジ・オーダーのトップは「昔のように、アルスターはプロテスタントが支配すべき」と言っているだけで、こんなものを相手にする必要はない。
しかし一方で、ここまで過激でない人たちでもオレンジ側は、毎年夏の「カトリックに勝ったプロテスタントすげぇ」の祭り(パレード)を「歴史と伝統の祭典」とよび、全世界にアピールする北アイルランドの観光資源にしようとしている。
じゃあっつって緑側が聖パトリックの日を持ち出している、というのがかつての構図だが、現在は聖パトリックの日はアイルランド島全体で宗派関係なく「アイリッシュネス」を祝うための「自分たちの祭り」として行なわれている(ただし上述したような過激なプロテスタントはどうだか知らない)。
※この記事は
2010年10月06日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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