んで、唐突なんですが「水商売」関連のお話。
「不老長寿」という古典的なキャッチフレーズをつけたような水に関連して「パトリック・フラナガン博士」という人がいて、名前からするとどうもアイリッシュっぽいというので少し調べてみたら……えっと、これを「本物の情報」と信用してこの商品にお金を払う人は、夢を買いたい人なのだろうなあ、としか。
その「博士」と「水」のお話を、売ってる人たちのサイトから。
パトリック・フラナガン博士(1944年アメリカ生)は、数多くの革新的な発明で知られる。体内における水素発生の研究に関する第一人者として、水素イオンと代謝の仕組み、細胞レベルの若返りについての講演。美と健康の元、『若さの泉』を探る。
「水素イオン」だのなんだののサイエンス分野のお話は私の手には余るので飛ばします。というか、そんな「専門的なこと」を検証しなくても、「これが信用できるのかどうか」についての判断はできると思うので。(そもそも「発明」が「細胞レベルの若返り」にどうつながるのか、まったく意味不明なんだけど。)
使うのはネットと検索エンジンと日本語と若干の英語です。
まず、「パトリック・フラナガン博士」の英語での綴りを確認します。検索エンジンに「パトリック・フラナガン」と打ち込んでみると、結果として表示されるページの抜粋の中に、Dr. Patrick Flanaganという綴りが発見できます。
ここで得られたPatrick Flanaganという綴りを、また検索エンジンに投げます。すると次のような結果が表示されます。英語が「読めない」場合も、この場合「読む」必要などありはしないので、安心して先に進んでください。
上2件はおそらくご本人のサイトだろうから、客観的検証性という点で外します。(本人の「自称」はあてになりません。例えば私が「あたくしはマリー・アントワネットの生まれ変わりで、前世のおこないを恥じ、悔い改めて、英国のある大学で学んでいたところ、某国の航空宇宙開発の研究所にいた教授に才能を見出され、以後すべての人類のために持続可能な美食アイテムを開発しています」と自称することは、法的に問題があるかもしれないとか、んなヨタは誰も信用しないとかいういうことは措いておいて、可能か不可能かでいえば可能です。)
検索結果の3件目が英語版ウィキペディアです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Patrick_Flanagan
ページの一番上にいきなりごっつい注意書きがなされているのですが、これは「内容が不十分である」といった場合のテンプレなので無視して大丈夫です。
その次の行(記事の1行目)に「Gillis Patrick Flanaganは米国の発明家である」と書かれています。
まずは生年月日や出生地の情報を用いて、日本で「若返りの水」云々で言及されている「パトリック・フラナガン博士」と、このウィキペディアの人物(米国の発明家)とが同一人物であるかどうかを確認します。
日本語での「若返りの水」云々のサイトでは、例えば、「1944年の秋、アメリカの南西部、オクラホマ州の州都オクラホマ市に一人の天才が誕生します」という記述があります。ウィキペディアでは "Gillis Patrick Flanagan (b. 11 October 1944 in Oklahoma City, Oklahoma) ..." とあります。「1944年、オクラホマシティ生まれ」ということで情報が一致しています。(なお、「ファーストネームと名字」でなく「ミドルネームと名字」を「通称」のように使うことはごくごく一般的に見られるので、この人がGillis Flanaganと名乗らずPatrick Flanaganと名乗っていることは別に変ではありません。)
しかし、日本語でのサイトでは「パトリック・フラナガン博士 Dr. Patrick Flanagan」というようについていた「博士 Dr.」のタイトル(称号)が、英語版ウィキペディアには見当たりません。
見出しなどでいちいちDr. などをつけないのは別に普通なのですが、博士号を取得している人物については、その略歴の記述の中で必ず「どの大学で何の学位を取得したか」が明示されているはずです。
例えば、今また話題の英国の兵器専門家である故デイヴィッド・ケリー博士の場合、Biographyのところに "He graduated from the University of Leeds with a BSc, and subsequently obtained an MSc at the University of Birmingham. In 1971, he received his doctorate in microbiology from Linacre College, Oxford." とあります。(リーズ大で学士号、バーミンガム大で修士号、オクスフォード大で博士号ということです。)
米国で学位を取得している故エドワード・サイードの場合、Early lifeのところに "Said earned a Bachelor of Arts (1957) from Princeton University, and a Master of Arts (1960) and a Ph.D. (1964) in English Literature from Harvard University." とあります。(プリンストン大で学士号、ハーヴァード大で修士号と博士号ということです。)
「博士」というより「医師」の場合も見てみます。医師であり、今年の総選挙までは国会議員だった(しかしかなりトンデモ寄りの保守党候補に敗れた)英LibDemsの政治家、エヴァン・ハリスの場合、Early life and careerのところに "He completed his education at the Oxford Medical School where he received a Bachelors of Medicine and Surgery and qualified as a doctor in 1991." とあります。医師免許の制度は国によりいろいろありますが、「医師」については「医師としての資格を得た」背景についてこの程度の記載があるのが普通です。
しかし、「若返りの水」の「パトリック・フラナガン博士」については、ウィキペディアのどこにもそういった情報がありません。
ウィキペディアは信頼に足るものとはいいきれないし、第一この「博士」についてのページでは冒頭に「内容が不十分」との警告がありますので、「博士」ご自身のサイトのプロフィールのページも参照してみます。
http://www.phisciences.com/about_dr_flanagan.html
※サイト名がアレだとかいうのは今はスルーで。
このページに書かれているのは、「神童と呼ばれた彼が超すげー発明をして特許申請し、雑誌LIFEは特集組んじゃうし、ペンタゴンからも声かかったんだよ」というようなことだけで、「博士」の裏づけになるアカデミックなバックグラウンドについての情報は見当たりません。つまり、どの大学で何について博士号を取得したのかがわかりません。
ここまでくると、客観的に判断して、この人のいう「博士」は「博士と名乗るアカデミックな資格があって名乗っている」ものではなく、「芸名」と考えるのが妥当と言える域です。
なお、このページ(ぴらみっど・ぱわ〜〜〜関連)には "Patrick Flanagan, M.D., Ph.D." とか書いてあるけど、「Medical Doctorじゃねぇだろ」とか、「なんでPhilosophiae Doctorなんだよ」とかいうツッコミ力を試す目的でのスフィンクスの謎かけに違いありません。
【おまけ】「芸名」がドクターのみなさん:
![]() | ファイヴ・オリジナル・アルバムズ ドクター・ジョン ワーナーミュージック・ジャパン 2010-08-04 by G-Tools |
![]() | 不正療法 ドクター・フィールグッド EMIミュージック・ジャパン 1998-12-16 by G-Tools |
![]() | ザ・クロニカル~ドクター・ドレー・ベスト・ワークス ドクター・ドレー スヌープ・ドギー・ドッグ ザ・レディ・オブ・レイジ D.O.C. アイス・キューブ 2パック RBX ロジャー・トラウトマン ドッグ・パウンド ビクターエンタテインメント 2001-12-19 by G-Tools |
あと、Doctor and the Medicsも。
読む必要性を感じないので読んでないけど、こんなんありました。
Flanagan's hydride ion shenanigans - junk science debunked
http://www.chem1.com/CQ/FlanBunk.html
ところで、なんか、日本で行われた講演会の記録とか見ると、「ローフーズ raw foods」の人でもあるらしいですね。最近流行ってるんだよなあ、「ローフーズ」。2003年ごろだっけか、アメリカの「エコな人」方面で流行ってるとかって話題になったときにはその理屈(単なるヒッピー趣味のスピリチュアルなもの)を聞いて「アホじゃねえのか」とヴェジタリアン同士でネタにしたけど(「生で食って美味いもんなら生で食えばいいんじゃね?」という程度でやめとけ、という。あと「何でもお砂糖使ってきたけど、実はお砂糖を使わなくても美味しいのね」的な発見が新鮮なら、楽しめる範囲でやってればいいと思う)、最近は「科学」風味をつけてきたのかしら。
普通のヴェジタリアニズム(肉・魚を食べない、乳製品・卵は人による)では、八百屋か農家でもない限りはほぼ確実に儲からないし、ヴィーガン(完全に植物しか食べない。というか動物が関わっているものは一切食べないので、ハチミツも食べない)ではますます儲からないので、ここらへんの「健康志向」でお金儲けしようという人は、なんらかの付加価値をつけてくるものだけど(日本で盛んなものの例としては、エスノセントリックな香り漂う「マクロビ」がある)、そういう方向で「ローフード」のうそ臭い「科学」風味(やたらと分子がどうとか言いたがる)が作用するのかもしれないですね。マクロビ関連でローフードに非常に近いものもあるって感じだし。
ちなみに、「私は生まれも育ちも日本ですが、生魚食いません、何がうまいのかわかりません」と言ったときに、欧州の人から「やっぱ無理に美味しいと思わなくってもいいんだよね」と感謝された私が次に考えているのは、持続可能な生魚拒否主義です。うそです。
See also:
2010年03月11日 「ドクター中松」について、英語記事と英語版ウィキペディアを見たら、「カラオケを発明した」ことになってるのでびっくりした。
http://nofrills.seesaa.net/article/143398440.html
※この記事は
2010年08月21日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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