男は暴行罪で有罪となって18週間服役していた。彼の服役中、それまでもくっついたり離れたりしていたガールフレンドが、別な男性とできてしまっていた。男は7月1日に出所してすぐにFacebookに「たった今出所したんだが、俺は何もかも失ってしまった。仕事も不動産も。その上、女まで別の男のところに逃げていやがる。これから何が起きるか、だな。(Just got out of jail, I've lost everything, my business, my property and to top it all off my lass has gone off with someone else. Watch and see what happens.)」と書き込み、ガールフレンドのところに行って2人を銃撃、彼女は負傷しその交際相手の男性は死亡した。その後、男は警官1人も銃撃し、そのままイングランド北部で逃げていた。(以上、BBC記事より)
警察は北アイルランドから装甲車両を借りるなど大掛かりな捜索を続けていたが、なかなか居場所を特定できずにいた(なので「予言タコのパウル君に犯人の居場所を聞けばいいのに」的な冗談が、まさに耳にタコができるくらいに頻出していた)。その後、潜伏場所がわかり、事態が大きく動いたのは現地金曜日の夜。Rothburyという村(検索すると、アウトドアでけっこう知られているっぽいことがわかる)の河畔で6時間にわたって警察と対峙した男は、土曜日早朝(午前1時から2時ごろ)、自分の銃で自分を撃って自殺した。激しい雨の中、投降を呼びかける警官の声と警察犬のほえる声が入った暗視カメラの映像が公開されている。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk/10583907.stm
Raoul Moatという名の37歳のこの男は筋骨隆々とした大男で、かつてはニューカッスルのナイトクラブでバウンサー(入り口の警備員)をしていた。彼が育ったのもニューカッスルで、警察の間では知られた存在だった。12回逮捕され、うち7回は起訴されているが、うち1度は攻撃用武器(具体的にはナックルダスター)の不法所持。(これについて本人は「使う目的ではなくアクセサリーとして持っていた」と述べているそうだ。)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/england/tyne/10513994.stm
というところで、まあ普通に事件報道として記事を読むだけ読んでいたのだが、ガーディアンの記事の末尾に「ちょっと待て」という一節がある。
http://www.guardian.co.uk/uk/2010/jul/10/raoul-moat-cornered-police-rothbury
In a surreal development, the former England and Newscastle footballer Paul Gascoigne turned up at the police cordon in an intoxicated state claiming to be a friend of Moat, and offering to give the fugitive assistance.
ええと、「警察の立ち入り禁止線のところに酔っ払った状態のポール・ガスコイン(元イングランド代表、ニューカッスル・ユナイテッド所属)が現れて」……は?
「自分はモートの友人だと述べ、逃亡犯に支援をと」……
( ゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
(;゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
_,、_
(;゚ Д゚) …?!
※このアスキーアートがこれほどふさわしい事例はほかにない。

ウィキペディア日本語版を参照・引用するが、ポール・ガスコインは1980年代から90年代にかけてのイングランドのフットボールのスター。1967年生まれ。88年に代表デビュー、90年のワールドカップ(イタリア大会……フーリガン問題でイングランドが島に隔離されたときの)では「中心選手として6試合に先発出場」し、「1966年以来となるベスト4進出に貢献した」。所属クラブはニューカッスルからスパーズ、イタリアのラツィオ、スコットランドのレンジャーズと変わったが、90年代後半までイングランド代表の中心的なプレイヤーだった。しかし98年ワールドカップ(フランス大会)で代表落ちしてからは「プレーに精彩を欠くようになり下降線を辿っていった」。その後2000年代前半に、中国のリーグに行ったりイングランドの下部リーグに行ったりして、現役を引退。「ガッザ Gazza」の愛称で全盛期には「ガッザマニア Gazzamania」を引き起こし歌まで歌ってた。
……と書くと、普通に「名選手」のようだが、この人の場合はピッチの外がひどかった。酒と暴力で。特に引退後、完全にピッチから離れたあとは……ウィキペディアから、「引退後」のところを引用する。
現役引退後、サッカー選手としてではなく、アルコール関係の騒動でマスコミの注目を集めるようになった。
2005年10月から下部リーグの古豪・ケタリング・タウンFCの監督に就任し、指導者としての再起を図るも同年12月、飲酒によるトラブルにより解任された。
2006年11月、ナイトスポットで騒ぎを起こし傷害容疑で逮捕された。
2008年2月、ホテルの従業員から通報を受け警察は、深刻な精神障害に犯された者を強制的に精神病院に収容できるという心の健康に関する法律に基づき、イングランド北東部のゲートヘッドのホテルでガスコインを拘束(警察発表では負傷者及びホテルへの被害は無し)、“メンタルヘルス法”に基づき精神病院へ強制収容された。2008年9月18日、パブの窓を激しく叩いたとして器物損壊容疑で逮捕された。
……
2010年2月、飲酒運転で逮捕された。また、自活不能な状況にあり、イングランド・プロサッカー選手協会に寝る場所を確保してくれるよう依頼があったとの報道がなされた。
もっと詳しいことは英語版で。(英語版では「しょーもないが、愛嬌があって憎めない奴」的なフィルターは日本語版ほどにはかかっていない。)
http://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Gascoigne
つい2週間ほど前にひどい交通事故で病院に担ぎ込まれているが、このときは運転は別の人だった(ガッザのような人には運転免許証はもちろん無理)。
で、そんなポール・ガスコイン大先生が、3人を銃撃して1人を殺して銃を持ったまま、河畔で野営生活を送りつつ警察と対峙している「友人のモーティ」に、「俺が力になるぜ」と……。
( ゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
(;゚д゚)
(つд⊂)ゴシゴシ
_,、_
(;゚ Д゚) …?!
……という具合になりつつ、Twitterからたどったのだが、The Sun (with Sky news) が最も詳しい。
Gazza brings Moat chicken (ガッザ、モートのところにチキンを届ける)
By ALASTAIR TAYLOR in ROTHBURY
http://www.thesun.co.uk/sol/homepage/news/3048989/Gazza-brings-Moat-chicken.html
記事にSky Newsのプレイヤーがエンベッドされているので、それを参照。地元のラジオがガッザに電話で話を聞いているのだが、電話である上にジョーディーで酔っ払いで聞き取りづらいから書き起こすのは無理だけど、聞き取れた範囲では内容は「彼のことは昔っから知ってる、ニューカッスルでバウンサーしてた奴でね、ジェントルマンだよ。んでもなあ、何かあったんだろうなあ」。これが「彼の口から出た最も一貫性のある言葉 the most coherent」だそうで……。
地図を見ると、現場のRothburyはニューカッスルからかなり離れているのだが(50kmくらいか)、ガッザは上述のような感じで車の運転はできず、タクシーでやってきたらしい。
大きな地図で見る
そして警察の立ち入り禁止線のところに来て、モートのことを「モーティ Moaty」と愛称形で呼んだ上で、「俺に奴と話をさせてくれ」と申し出たと。それも部屋着のガウンと、釣竿と……………………( ゚д゚) → (つд⊂)ゴシゴシ → (;゚д゚) ………………えー、釣竿と、缶ビールとチキンと携帯電話を持って、ガウンは「寒いだろうから何か暖かい服を」ということで持ってきたらしい。携帯電話は、モートが見つかる前に「彼の携帯電話が発見された」ということが大きく報じられていたので、差し入れで持っていったのだろう。ビールとチキンは、おなかすいただろうからっていうことなのだろう。しかし、釣竿……。
モートがいた河畔はキャンプなんかもできるところで、きっとガッザは「旧友の俺が行って、川に釣り糸でも垂れながら話をすればきっと、奴はおとなしく投降する、警察の人も村の人も誰も撃つことなく、投降する」と考えたのだろう。
と思いつつ、The Sunの記事に掲載されている電話での発言を読む。
He told Tyneside's Metro Radio: "He is willing to give in now. I just want to give him some therapy and say. 'Come on Moaty, it's Gazza'."
Gascoigne, who appeared to be drunk, claimed to know Moat from his days as a nightclub bouncer.
He added: "He is all right - simple as that and I am willing to help him. I have come all the way from Newcastle to Rothbury to find him.
"I'm risking my own life to make sure he is all right."
... Gascoigne also told Real Radio North East: "I heard he was by the river, and I brought my fishing rod too so we can fish together and have a chat. I want to talk to him because I think I'm the only man to help him.
"All he wants to do is surrender. I knew he's a good lad.
"The police wouldn't let me through because they were frightened he might shoot me, but I know he won't.
"I have just been in a car crash, hit a wall at 90mph. I survived that, so I can survive a bullet - knowing my luck he will probably miss.
"All I want to shout is 'Moaty, it's Gazza' and I guarantee me and him could sit and chat. I would say, 'Why don't you just put the gun away, throw it in the river? The police are not going to kill you'."
He added: "He was like a gentleman - someone must have wound him up. Obviously he's killed someone and shot two, which is not nice really.
"He's a lovely bloke, I think he is frightened. All he wants to do is surrender. I know he's a good lad."
発言要旨:
「奴はもう投降したがってるよ、俺はちょっとセラピーをやってやりたいだけなんだ、『モーティ、大丈夫だ、俺だ、ガッザだよ』って言ってやりたいだけ。奴は大丈夫だ、何もややこしいことはない。俺は奴を助けたいんだ、わざわざニューカッスルからロスベリーまで来たんだぜ、奴を探して。俺だって命賭けてんだ、モーティの無事を確かめるために」
「河畔にいるって話だから、釣竿も持ってきた。釣りしながら話できるでしょ。奴を助けられるのは俺しかいないっしょ、だから奴と話がしたい。奴はもうね、投降したいんだって、それだけだよ。人間としてはいい奴なんだ、俺にはわかってる。警察は、奴が俺を撃つんじゃないかって心配して通してくれないんだが、大丈夫、奴はんなことしないって、なあ。俺、こないだ車で事故ったばかりなんだけど、時速90マイルで壁に激突してさ、それで死ななかったんだ、だから銃弾くらいどうってことねぇって、な。俺の運のよさを知ってりゃ撃ったって外すって」
「ただ奴に『モーティ、俺だ、ガッザだよ』って声かけてやりたいだけなんだ。俺となら奴はおちついて話をするって、絶対。したら俺、言ってやっからさ、『銃なんか持ってるなよ、な? 川に捨てちゃえよ』って。『警察もお前を殺したりしないよ』って」
「奴はね、ジェントルマンっすよ。何かがあってキレちゃったんだろうなあ。何でも、1人殺して2人撃ったって、それはあんまりよくないよねえ。ほんといい奴なんだって。怖がってるんじゃないかなと俺は思うね。奴は投降したいだけ。人間としてはいい奴ですって」
Twitterからたどってこの電話インタビューの音声(ラジオのオンエア)を聞いたんだけど(ジョーディで酔っ払いで電話なのでほとんど聞き取れないのだが、ものすごい偉人が全文書き起こしをしてくれている!)……ここまで来ちゃってるのか、ガッザ! あの暴力性、マッチョイズム、ミソジニー、レイシズム・セクタリアニズムなどなどは決して好きにはなれなかったし、この先も絶対に好きになることはないのだけども、こんな姿(声)が報道されるのは残念だ!
ガッザのエージェントのケニー・シェパードさんの反応:
"He's doing what? I am sitting having an evening meal in Majorca. I'm speechless."
「は? ガッザが何? 私はマジョルカで夕食を食べているところですが。はい、言葉になりません」
なお、釣りが趣味のガッザは何度もこの村に釣りに来ているとのこと。ロスベリーの村は非常に歴史のあるところで、普段はのんびりとした田舎町、誰もこんなところで銃撃犯の捕り物劇が展開されるとは思ってもいないという感じだそうだ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Rothbury
ガッザのこのニュースで出回っているコラ画像:

※全体を見るにはクリックしてください。
TTの画面のスクリーンショット(ボットのスパムが多い):

お茶ふいた:
まとめ:
銃撃犯とポール・ガスコインとフライドチキンとビールと釣竿
http://togetter.com/li/34611
※この記事は
2010年07月10日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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