「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2010年06月14日

中東に関してアルスターのユニオニストを投入して「はい、中立です」ってのは、ない。

夕刻、こんなtweetが流れてきた(BBC Newsのフィード)。
Israel asks David Trimble to oversee an investigation into its commando raid on an aid flotilla to Gaza ...
http://twitter.com/bbcnireland/status/16126733095

※コピペしたときにタイポだけ修正した。

つまり、イスラエル軍による
公海上における民生品の輸送船(ガザ地区への支援船)に対する「軍事的な行動」についてのイスラエルによる内部調査に「『中立性』を与えるための外部からの目」として入る2人の外国人のうちの1人が、北アイルランドのUUPの党首だったデイヴィッド・トリンブルになる、という報道。

で、この件についての報道のほとんどすべてが「北アイルランド和平でノーベル平和賞をうけたトリンブル」というような調子なのだが、トリンブルは旧自治政府時代に北アイルランドの政治を独占し、「カトリック」に対し差別的な政策を策定・実施してきたUUP(アルスター・ユニオニスト・パーティ)の党首だった人であり、イスラエルに関しては本質的には中立でありえない。ただ、UUPの中でも強硬派(=「IRAに対する妥協はNO」という立場)だった彼が、北アイルランドのひどい状況をなんとかするためにはIRAという武装勢力との交渉をしなければならないということで交渉に応じたということが「ノーベル平和賞」という形で賞讃されていることは事実だ。

そもそもトリンブルのノーベル平和賞受賞は、単独ではない。トリンブルよりももっと積極的に北アイルランド和平を推進したSDLPという左翼のナショナリスト(カトリック側)政党のジョン・ヒュームとの共同受賞だ。

というか、IDFに襲撃を食らったあとに現地入りを試みたガザ支援船に、マレード・コリガン・マグワイアという「北アイルランドのノーベル平和賞受賞者」が乗っていたということから、カウンター攻撃的な意味でのトリンブルという人選なのだろうが、マレード・コリガンの心底の平和主義(彼女にとっては「人命の尊重」が第一で、NI和平の活動のあとは彼女はプロライフの活動家として自殺防止、中絶反対などにも取り組んでいる)とトリンブルの「和平」への「貢献」とはまったく別のものだ。

それと、北アイルランドのユニオニストとイスラエル(と南アの白人政権)の間には、武器流通ルートが存在していた。その事実からも、北アイルランドのユニオニストが「中立」ではありえないということは明らかだ。まあ、PLOと密な関係にあったIRAの政治部門であるシン・フェインとイスラエルが、UUPとイスラエルのような関係にあるというのなら話は違うかもしれないが、イスラエルはシン・フェインをまともな話し相手とは認めていない(2006年にジェリー・アダムズが中東訪問したときに、イスラエル政府は「ハマスと話をする奴とはわが国政府は話はしない」との理由で彼との面会を拒絶した)。

なお、北アイルランドとイスラエルについては:
Unionism and Israel: Holy Land is not a hotter version of Ulster
http://url.ie/6iaa
(Slugger O'Toole: コメント欄も。すごいことになってるけど)

The World; Ulster and Israel Look In a Mirror at Each Other
By WILLIAM A. ORME Jr.
Published: July 16, 2000
http://www.nytimes.com/2000/07/16/weekinreview/the-world-ulster-and-israel-look-in-a-mirror-at-each-other.html

余談だが、1996年で時間が止まってるようなユニオニスト強硬派のブログでは、今回の支援船団襲撃に際しても「私はイスラエルを断固支持する」みたいなことになっている。個人的にリンクするのも腹立たしいのでしないが、ATW Vanceで検索すれば見つかるだろう。

※この記事は

2010年06月14日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 22:47 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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