kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2010年04月03日

「エイプリル・フールかと思ったのですが」@北アイルランド

北アイルランド(というかアイルランド島の東半分)は低気圧が居座っているらしく、ここしばらくずうっと荒天で、雪のせいで電線が切れてしまって数万世帯が停電しているとかいう気の毒な状態が続いていた1日の夕方5時ごろ、シン・フェインの本拠がありジェリー・アダムズにとっては地元である西ベルファストで、「不審物」が何件も見つかり、軍の爆発物処理班が呼ばれ、住民らが避難するという事態が発生した。最終的にはすべてが爆発などの危険性のないものであることが確認されたのだが、何しろ規模・範囲が大きい。BBC NIの記事を見ると、「不審物」が発見された場所は8地点もある。爆発物処理班がその「不審物」が何であるかを確認し、処理、または除去し、なおかつ警察が現場一帯に他に同様な「不審物」がないかどうかを調べる間、その地域は立ち入りが禁止され、自動車が多く往来する幹線道路でも通行が完全に遮断される。個人的には遠い目にならざるをえない、典型的な「IRAのテロ」だ(爆弾なしで経済に打撃を与え、自分たちの存在を誇示するためのhoax)。

http://www.belfasttelegraph.co.uk/モニタの中に表示されるこの報道を見ながら、非主流派リパブリカンが妙なプレッシャーをかけているのだなと思いつつ、悪天候のなかよくやるよなとそのページを閉じ、ベルファスト・テレグラフを見てみたら右のようになっている(via kwout)。

悪天候、学校での「いじめ」と言える限度を完全に超えてしまっているものすごく陰惨で陰湿な「子供の暴力性」という問題(北アイルランドではなくウェールズでの出来事だけれども、ベルテレのサイトで目立つ位置に表示されている)に挟まれて、「四月馬鹿」系の見出しがあるのだが、これがもう、もう乾いた笑いしか出てこない。


'We thought bomb alerts were April Fool prank'
Friday, 2 April 2010
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/lsquowe-thought-bomb-alerts-were-april-fool-prankrsquo-14752900.html

Residents from Moyard Park said they initially thought their neighbours were playing April Fools jokes.
Moyard Parkの人たちは、当初、近所の人たちがエイプリル・フールのジョークを仕掛けているのだと思った、と語る。

"I'm just really shocked. I don't want to go back to all this ― bombs or whatever. It's the disruption they have caused us more than anything that has angered me. I initially thought, or hoped, it was an April Fool. Now I just hope no-one is hurt," one mother told the Belfast Telegraph.
ある女性はベルファスト・テレグラフに対し、「そりゃもう、ショックです。またこんなの、本当にごめんです――爆弾とかそういうのね。普通の行動ができなくなって、もう本当に頭に来ますね。最初は、まあ希望的観測だったのかもしれませんけど、エイプリル・フールでしょうって思ったんですよ。今はけが人が出なければいいのだけれどと思うばかりです」と語った。

Another woman said she was upset because her poorly mother and disabled sister couldn't be evacuated from their home ― three doors away from the suspicious object.
別の女性は、不審物からわずか3軒しか離れていない家に、病気の母親と身体が不自由な姉が避難できずに残されているということで平静な気分ではいられないと語る。

"My mother and my sister are at the back of the house. My mother couldn't be moved because she is only out of hospital after having major surgery. My sister has epilepsy and is disabled. If she saw all the police activity she might have a fit. I'm angry, really angry that they did this all over our estate," she said.
「母と姉は家の裏手のほうにいます。母は大きな手術を終えて退院したばかりなので動かせません。姉にはてんかんがあって身体が不自由で、警察の活動を見たら発作を起こしてしまうかもしれない(注:パトカーのランプとかのことだと思う)。まったく腹立たしい。頭にきます、この住宅街でこんなことをするなんて」


なお、エイプリル・フールのジョークは、4月1日の午前中に行なわなければならない。午前中の時間帯に「スイスでは今年もスパゲッティ収穫の最盛期を迎えています」とかやったメディアも、午後になると「今年のエイプリル・フールまとめ」の記事(→参照)を出し、「さて、みなさんは見破れましたか?」的なことを言うなどする。それで行事としては終了だ。だから午後5時になってもなお「爆弾です、避難してくださいなんて、またまたぁ」と一瞬でも反応してしまうというのは、私が中学のときに学校で非常ベルが鳴っても「うっせーな」と言うばかりで誰も席を立たなかったのとは違う性質のことだ。

乾いた笑いで反応するしかない。



3月21日、ベルファストとデリーとニューリーで「同時多発ボムスケア」が発生して(→記事のクリップははてなブックマークにあります)、あとバリミナでもボムスケアがあって(ただしバリミナは活動している集団が非主流派リパブリカンではないかもしれないので「同時多発」の一環ではないかもしれない。報道を見てもよくわからない)、あっちも通行止め、こっちも通行止めということになり、大変な混乱状態になった。

ニューリーはデリーやベルファストより深刻で、「爆弾を仕掛けた」と連絡を入れて現場に来た警官に対する発砲があったという(負傷者なし)。ベルファストではバスに爆弾を仕掛けたという予告電話があり、それはまさに「あの時代」にあったことのコピーだ。いずれにせよ、交通が麻痺した大都市では商業は大打撃(誰も買い物に出られない状態だから)、観光業界にとっては不安がさらに倍(観光客など誰も来ない時代に戻るのではないかという不安)。確かデリーでは学校が半ドンになったとかいう報道もあった。爆弾騒ぎとは関係なく出動を要請される救急車や消防車がまともに機能できなくなったりもする。で、彼らは何を達成しようというのだろう。「ユナイテッド・アイルランド」? 「ブリッツ・アウト」?

このとき、Slugger O'Tooleが参照している記事に次のようなフレーズがあった。
the "traffic jams for Irish unity" campaign


はははははは、と、ひとしきり乾いた笑いで反応した。

しかし、昨年9月から北アイルランド警察のトップをつとめているマット・バゴットという警官は、「非主流派リパブリカンは、ブリクストンのギャングと同じ」という認識を示しているような体たらくで(ほかの発言でも、この人は北アイルランドについて何も理解していないのではないかと思わせる)――確かにモロトフ・カクテル・パーティっぽい課外活動に熱を入れているティーンエイジャーもディシデンツにはいるようだが、本筋はそこではない――、大丈夫なのかなあと思っていたら、ガチで神様系の人だっていうから、もうね。。。何のギャグですかという。orz

昨年夏、PSNIトップに選ばれたときのベルテレの記事:
In an interview yesterday, Matt Baggott also claimed he had been called by God to take charge of Northern Ireland's police force.

Read more: http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/psni-chief-likens-dissidents-to-lsquo80s-london-street-gangsrsquo-14721105.html#ixzz0jzGEfb49


そして昨日(今年のグッドフライデー)の記事:

I pray for dissidents - Baggott
Page last updated at 14:44 GMT, Friday, 2 April 2010 15:44 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/8601020.stm

いくら信仰の人でも、いくらグッドフライデーでも、警察トップとしてこれはありえないと私などは思うのだが。

昨年9月まで、7年以上にわたってPSNIのトップを務めていたヒュー・オードという人は、バゴットと同じくロンドン警察の出身なのだけれども、普段の仕事をこなす上で、またメディアのインタビューなどで信仰・宗教を持ち出すことはなかった。そしてそれは、人がどのような人であるか以前に「プロテスタント」なのか「カトリック」なのかが意味を持っているかのような北アイルランドの社会では、とても大きなことだった。サー・ヒューはスティーヴンス・インクワイアリー(警察とロイヤリスト武装組織との結託についての調査)のチームの一員だったので、PSNIトップになる前に北アイルランドについていろいろなことを既に理解していたのだろう。しかしバゴットは……うーむ。

Profile: Matt Baggott
Page last updated at 20:40 GMT, Tuesday, 11 August 2009 21:40 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/8196354.stm

これはPSNIトップに選ばれたときの記事。
He was picked for the post after a 90-minute interview by members of the Northern Ireland Policing Board, an independent body which holds the PSNI to account.

The panel was unanimous in its choice of Mr Baggott, with Policing Board chairman Barry Gilligan singling out his record of managing a police force on a tight budget.


うーむ。なんかこの人選が四月馬鹿なのではという気が。(^^;)

※この記事は

2010年04月03日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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