kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2010年03月10日

やっと終わった「北アイルランド紛争」 (It's official.)

9日にストーモントの北アイルランド自治議会でヒルズバラ合意が支持されたことで、合意での約束どおりに4月12日に警察・司法の権限がロンドンからベルファストに移されることになった。

これは、constitutional problemsをめぐる政治的対立から生じた北アイルランド紛争の幕引きという文脈において、政治的には「最大の問題」であった(でも有権者の大半にとってはロンドンでもベルファストでも「どっちでもいい」という感じだったことが、今年1月から2月にかけての「エクストリーム交渉」の時期に複数ソースで報じられていた)。1998年の和平合意(グッドフライデー合意)から12年、最後まで積み残しになっていたこの「最大の問題」がようやく片付いたことで、わかりやすい影響(例えば「企業が安心してNIに投資できるようになる」みたいなの)があるかというとたぶんないのだが、でもこれは「大きな節目」以上の区切り、ひとつの「章」の終わりである。だからこそ英国首相が大きな言葉を使っているのだが。(政治的プロセスとしては、残すところは、後処理が終わったという儀式、つまり4月12日の権限移譲の手続だけだと思う。むろんこの和平プロセスに反対する勢力の活動は続くだろうし、そうじゃなくても「議論」は今後も果てしなく続くはずだ。例えば「北アイルランドという場所ではイングランドなどとは違った履歴を有するMI5が、自治議会・政府からまったく離れて、フリーハンドで動けるというのはいかがなものか」など。)

「紛争」の後処理がようやく全部終わった日のベルファスト・テレグラフのトップページ(ちょっと大きめにキャプチャ)(ベントナーのハットトリックをキャプチャしたかったわけではありません。そうじゃないって言ってるでしょ!):



ベルテレ/インディペンデントの一番大きな記事はDavid McKittrickによるもので、かなり明晰である。

Last piece of devolution to Northern Ireland in place as Brown hails 'end to decades of strife'
By David McKittrick
Wednesday, 10 March 2010
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/last-p.html-of-devolution-to-northern-ireland-in-place-as-brown-hails-end-to-decades-of-strife-14713060.html

ちょっと抜粋:
The UUP, in uncharacteristically assertive mood, complained that a meeting with Deputy First Minister Martin McGuinness had ended abruptly after less than five minutes when he "showed us the door".

The (Ulster Unionist) party had hoped to win concessions which included changes in education policy and an enhanced role for itself, saying it was not in principle opposed to policing devolution.

……うへ、かっこわる。基本的には権限移譲については反対していないと言いつつ、教育政策の変更やUUPの役割の増加などを勝ち取るつもりで交渉に出て、マクギネスに追い返された、と。

UUPの賛成がなければ話が流れるという場合ならマクギネスも「ドアを示す」ことはしなかっただろうけれども、今回はUUPの賛成が必要だったのは「全員一致」の形式を整えるためだけだった(数としては、UUPが反対のままでも議会を通った)。つまり「弱小政党」となったUUPの賛成は必ずしも必要がないという局面で、えらそうに、「わが党の立場」をタテに交渉に出たって無駄だよね。

しかも、マッキトリックの記事が言うに、「反対」の方針を堅持した(それが「交渉」のためだったにせよ)ことで、UUPは、英国政府からも、英国の総選挙での盟友となる保守党からも、また大西洋の向こうからも――それもヒラリー・クリントン(オバマ政権)からもジョージ・ブッシュからも――、考え直すようにとの圧力をかけられるという事態となった。

また、ちょうど1年前にクレイガヴォンで凶弾に倒れた警官、スティーヴン・キャロルさんの妻がBBC(の番組)との電話で「いずれにせよ進展するのだとわかりきっていることについて争うのはやめてください、お願いです。すっと進めさせてください。こんなふうに、校庭で子供が喧嘩するみたいなことをして……自分たちの考えは自分たちで表明したいし、自分たちの政治は自分たちでやりたい。それだけのことです。争いなどしていないで、次に進むべきです」といったことを訴えた。

……このUUPのあまりのぐだぐだっぷりは、自己保身の目的での策が完全に裏目に出ているということだろう。既に保守党と連合したことで「アルスターの独自性」を主張するガチのユニオニスト保守派が離反し(この理由でUUP所属のたった一人の英国下院議員であるシルヴィア・ハーモンが離れた)、次の選挙で「シン・フェインが第一党となる」という状況を回避すべく「ユニオニスト」でまとまろう、DUPと選挙協力しようみたいなことを言い出したことで、「宗派と政治とは関係なく、自身はカトリックだが保守主義」という人たちがUUPから手を引いて、UUPという政党はもう完全に終わったという感じだ。

しかも問題はそこにとどまらず、「UUPなどというしょーもない政党と連合することを選んだキャメロン党首の保守党は頭が悪いのではないか」(<意訳)みたいな言葉も見られるようになっている。

March 10, 2010
Cameron sidelined as policing deal for Northern Ireland is agreed
David Sharrock, Ireland Correspondent, and Roland Watson, Political Editor
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/politics/article7056009.ece
David Cameron's authority was questioned last night after his Unionist allies voted against the final stages of devolution in Northern Ireland.

...

The Ulster Unionists has come under the spotlight because of Mr Cameron's decision to go into an electoral pact with the once dominant voice of Unionism.

The parties, whose historic alliance was broken in the 1970s, will share Northern Ireland candidates at the general election. The successful ones will take the Tory whip at Westminster ― Commons votes that could be crucial in allowing Mr Cameron to govern. He has come under pressure from the US, including from George W. Bush, the former President, to bring his influence to bear on Sir Reg Empey, the Ulster Unionist leader. ...


で、この記事の末尾に、クレイガヴォンでCIRAに射殺された警官のことが出てくる。
Ulster Unionist sources told The Times that an intervention by Shaun Woodward, the Northern Ireland Secretary, hardened their resolve. He made an emotive appeal linking the murder of a policeman a year ago to the vote. "We had planned to abstain until his attack on us," said a source.


つまりUUPは、ショーン・ウッドウォード大臣がクレイガヴォン事件のことを持ち出してくるまでは「棄権しようと考えていた」のだと。

それが?

UUPが「賛成」すれば「全会一致」になったのだから、それは求められていたかもしれないけど。

ここまで他人のせいにするのはあまりにみっともない。カーソンもクレイグも墓の中でぐるぐるしているに違いない。

そうそう、その昔、UDAの政治部門が政党として一定の勢力を持っていた時代があった(UUPが独占的に政治を行なっていた時代だが)。それが90年代の和平の流れで議席を失い、その政党はUPRG (Ulster Political Research Group) と改称した。その後は、武装組織UDAの活動監視や武器の放棄のような問題のときに交渉の表に立つということでもない限りは表に出てこなくなった(地域の顔役、的な活動は変わらないみたいだけど)。

UUPもそういうふうになっていくんだろう。それでも「エドワード・カーソンの精神が」とかいうつぶやき声をかすかに響かせながら。



ところで、UUPと保守党の連合に絡んでわが道を行きすぎてすっごい斜め上に展開しているフェビアン協会労働党の機関紙ヨイショ新聞、ガーディアンは、トップページで:



もうね、何がやりたいのか全然わからない。(笑)誰をけなしたいの?(なお、記事書いてるのはNicholas Watt記者(政治部)であって、アイルランド担当のヘンリー・マクドナルドではない。)

記事は:

David Cameron praised by US for support for Northern Irish devolution
http://www.guardian.co.uk/politics/2010/mar/10/david-cameron-praised-us-northern-irish-devolution

Philip Crowley, a spokesman for the US state department, said last night: "Obviously, for a milestone like this, a number of players have played significant roles. We, the United States, including Secretary [of State Hillary] Clinton, have been actively engaged in helping Northern Ireland reach this point, as have a number of officials in the British government, including not only the Brown government but also the strong support that David Cameron and the Conservative party have given to the Hillsborough agreement."


あのさ、USの「国務省のスポークスマンが記者会見で述べた」ことなんか、北アイルランド政治には関係ないし(よその国の政治のことについてという前提で当たり障りのない発言をするだけだ)、気にする必要もない。さらに、国務省のボスは、大統領候補選びのときに「あたくしがいなかったら北アイルランド和平はなかったんざんす」と主張して、アイリッシュ・アメリカン(テッド・ケネディが筆頭)のハートをわしづかみにしようとして秒殺された(誇大広告として)ヒラリー・クリントンだ。

米国が北アイルランド和平に果たした役割は確かに大きい。しかしそれは1990年代の話である。ビル・クリントンがジェリー・アダムズにヴィザを出すという判断を下したことで一気に雪解けが進んだということは確かな事実だが、「ヒルズバラ合意」には米国は何らかかわっていない。

で、そんな部外者の発言をいちいち取り上げて「保守党のキャメロンがどうのこうの」ってネタで書き上げて(書けてないと思うけど)、何が楽しいんだろうと思うし、頭大丈夫なのかと思う(でも1997年以降のフェビアン協会って、フェビアン協会っていうより、1990年ごろのロンドンの音楽雑誌の編集部のノリだから、こんなもんかもね)。

※この記事は

2010年03月10日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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