kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2010年02月26日

「30年ルール」が「20年ルール」になる。

英国では政府が機密指定した書類は、原則として、30年後に開示される(国立公文書館 the National Archiveに入る)。この「30年ルール」、もちろん例外もあるのだが、北アイルランド紛争のようなことについても「過去」になっている事項に関する文書は開示される。毎年クリスマス後の年末の時期に、開示資料についての報道が出ると、このブログでもちょっとメモったりしている。

2009年12月30日 年末恒例、30年ルール機密指定解除(今年は1979年分)
http://nofrills.seesaa.net/article/136947124.html

2008年12月30日 「30年ルール」で機密解除となった公式文書
http://nofrills.seesaa.net/article/111916205.html

2007年12月29日 30年前の機密資料開示(今年は1977年分)
http://nofrills.seesaa.net/article/75391141.html

昨年からいよいよ「サッチャー政権」の時期に突入し、これからは毎年、自分がリアルタイムでテレビや新聞で聞いていた「国際ニュース」についてのものがいろいろ出てくるんだなあ、きっとすごい量なんだろうなあ、と覚悟を決めていたのだが、それがさらに倍(感覚的に)になる可能性が高い。これまで「30年ルール」だったものが「20年ルール」になるのだ。

30-year rule on release of secret government papers cut to 20 years
Mark Tran
guardian.co.uk, Friday 26 February 2010
http://www.guardian.co.uk/uk/2010/feb/26/nationalarchives-past

つまり、今年2010年の年末は、「30年ルール」では1980年の分が開示されるはずなのだが、これが「20年ルール」となると1990年の分まで入ることになる。

上記ガーディアン記事によると、もちろんそんなに一気に開示するのではなく、10年間にわたって漸次的に開示作業を進めていく(2020年に完全に「20年ルール」になるようにする)のだそうだが、いずれにせよ、サッチャー政権の時期(「冷戦」の最後の10年間でもある)の文書は、たぶん矢継ぎ早に開示されることになる。

ガーディアン記事は、「15年で開示するのが望ましい」という勧告があったにもかかわらず最終的には「20年」で決着したことについての解説(さすがに「15年」はラディカルすぎるような気がする)、「手をつけられない聖域」には内閣の文書は入れられなかったが王室に関する文書は入れられているということについての、情報開示推進運動の団体のコメントなどで構成されている。

……ってことは、1981年ハンストとか、1983年ジブラルタルとかについての英国政府側の資料が、思ってたより前に開示される可能性があるのか。

っていうか、ハンストのはこないだ記事が……これか。

NIO told: explain secrecy over ‘deal on hunger strike’
By Adrian Rutherford
Tuesday, 16 February 2010
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/nio-told-explain-secrecy-over-lsquodeal-on-hunger-strikersquo-14683828.html

上記の件については、エイモン・マッカンの↓これを参照。

Will IRA ever admit truth over hunger strike?
Thursday, 27 March 2008
http://www.belfasttelegraph.co.uk/opinion/columnists/eamon-mccann/will-ira-ever-admit-truth-over-hunger-strike-13397183.html


※この記事は

2010年02月26日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼















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