kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2010年02月03日

ベルファスト、警察署に攻撃(付:GSVでそのエリアを見てみる)

UPDATE:
2010年02月04日 ベルファストの警察施設攻撃、Real IRAが犯行声明。
http://nofrills.seesaa.net/article/140265498.html


追記:
私がエントリ書き終わってからのBBCの更新。「パイプボム」という警察発表があったみたいです。



以下、投稿時のまま。


北ベルファストの警察署で「小さな爆発 small explosion」があった、という記事タイトルのニュースがさっき出ていた。今は同じURLで情報がアップデートされ、タイトルも変更になっているが、下記の記事。

Homes cleared after Belfast police station blast
Page last updated at 12:34 GMT, Wednesday, 3 February 2010
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/8495068.stm



いわく、 水曜日の早朝にOld Park police stationの裏手で爆発があり、警察署の外側をぐるりと囲んでいる塀(北アイルランドの警察署の敷地の塀は、高さとかがすごいです)のフェンス部分が損壊、負傷者なし。一帯は封鎖、周辺地域の40世帯が自宅から退避させられ、軍の爆発物専門の人たちが現場を調べている。地域の政治家は、おそらく非主流派リパブリカンによるものと考えられるこの犯行を非難している。

……というくらいのニュースなら、記事のブクマはしても、いちいちエントリにはしない。「小さな爆発 small explosion」という表現からは、「せいぜい、パイプボムか何か」という雰囲気が漂っているし、「この程度のものをいちいちエントリにしていたらきりがない」というように自分で設定している基準に引っかかるくらいのニュースに見えるから。

RTEでもこんなに小さな記事にしかなっていない(第一報があってから数時間待ったが、記事の文字量は増えていない)。BBC, RTEだけではなく、UKとIrelandのメディアの取り上げ方は、揃ってこの程度である。(この「どこでも同じ書き方」というのは、それはそれで何かを示すものではあるが、標的が警察で場所が北ベルファストなら、注目すべき材料があればもう少し大きな扱いになるはず……。)



しかし、偶然、UKとアイルランド以外での報道を見て、「一応ブログにメモ」という気になった。

AP通信(いろいろな媒体に掲載されている):



BBCなどが "small explosion" と書いているのは、実際には "grenade attack" だったということだ。ただし、"grenade" が実際にどのようなものかは不明。RPGかもしれないし、何らかの種類のhand grenadeかもしれない。

で、AP通信の記事に書かれているが、ここ数日でまた、Real IRAがアーマー州で警察署を銃撃するという事件が起きている。(警察署への銃撃・発砲は、12月から1月の間に2件くらいあったと思う。)

Real IRA 'fired shots at Bessbrook police station'
Page last updated at 22:39 GMT, Monday, 1 February 2010
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/8490551.stm

そういった「点」と「点」を並べれば、今回のベルファストの警察署での「小さな爆発」が、例えばヒマぶっこいてるティーンエイジャーのしわざといったものではなく……というふうに見えてくるだろう。

なお、爆発があった警察署だが、PSNIの「北ベルファスト」のページを見ても住所などがわからない。ほんで、報道記事にあったoldpark (or oldpark) という地名を手がかりに、ウェブ検索すればすぐに住所くらいはわかるだろうと思ったのだが、これが見あたりゃしない(検索結果の大半が今日の「小さな爆発」のニュース記事。検索エンジン各社は「ニュースサイト」と「ブログ」の結果を完全に除外するというサービスを開発するといいと思う)。んで、なんかごちゃごちゃ検索した挙句、ようやく検索に上がってきたのがUKのBusiness Directryのページ。
http://www.cylex-uk.co.uk/belfast/police.html

攻撃された警察署は下記の住所だ(ただし表記法が変だけど)。
NIR, BT14 6HZ BELFAST, 12, TORRENS AVENUE, OLDPARK

普通の表記法では、"12 Torrens Avenue, Oldpark, Belfast BT14 6HZ" となる。

このTorrens Avenueだが、Google Street Viewでは完全には見られない。(ロンドンのニュー・スコットランド・ヤードもそういうふうになっている。)

GSVで見られる範囲の端の部分。(下記を出発点にして、周囲の一部を見ることはできます。)


大きな地図で見る

この通り、住宅街のど真ん中にごっつい塀で囲まれた警察署がある。なお、この付近は「プロテスタント系住民」(<あえて日本のマスコミ用語を使う)の地域と「カトリック系住民」の地域の接点で、下記のようなごっつい「ピースウォール」(カトリックのコミュニティがUVFやUDAに襲撃されないようにし、プロテスタントのコミュニティがIRAに襲撃されないようにするための分離壁)がある。
http://www.mspacenyc.com/belfast.peacelines09.html

で、GSVに行ったついでに、Oldpark Roadを見てみるとおもしろいかもしれない。この通りの南の端から少し北上すると、左の画像のような建物があるが、これは現在は利用されていない図書館 (Belfast Public Libraryとある) で、19世紀末に建てられたもの。ベルファストは19世紀後半の工業化で開発が進められた都市で(リネン産業、造船業が主体)、ヴィクトリアン建築がかなりたくさん見つかる。それも非常にもったいない状態で放置されているものが多い。

道路を少し進むと、この建物の脇に立っているポールにスコットランド旗(セント・アンドルーのクロス)があるので、この地域は「プロテスタント系住民」の地域だということがわかる。そして、もう少し北に進むとIrish Newsを売ってる店がある。もう少し進むとアイルランド語がある。ということは、図書館からここまでのどこかに「境界線」があるはずなのだけれども、それは大通りをGSVで進んできた限りではわからない。

そのままもう少し進むと、1981年ハンストのミュラルがある。


大きな地図で見る

で、ここが、今回攻撃された警察署のある通り (Torrens Avenue) への三叉路。その先に進んでいくと外壁をきれいに塗ったばかりで、花なども飾ってかわいくしてある家並みがあり……このあとはしばらく何もない住宅街だが、この通りの北端に近づくと家も立派になり、メソジストの教会があり、さらに商店街の中にJesus Centreという看板があったりして、「プロテスタントのエリア」であることが明らかにわかる。

※この記事は

2010年02月03日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼