毎年のことだが1月30日である。
今からちょうど35年前の1月30日、北アイルランドのデリー(ロンドンデリー)では、非武装のデモ隊が英軍(1st Battalion of the Parachute Regiment)の発砲を受け、13人が死亡という事件が発生した(後にさらに1人が、おそらくこのときの負傷が原因で死亡)。Bloody Sunday(血の日曜日)事件である。
http://en.wikipedia.org/wiki/Bloody_Sunday_%281972%29
http://cain.ulst.ac.uk/events/bsunday/bs.htm
――以上、ちょうど3年前に書いたものの丸写しだ。
http://nofrills.seesaa.net/article/32437581.html
今年で、事件から38年になる。
……という書き出し自体が、2008年1月30日に私が書いたことのほとんど丸写しである。(毎年1月30日、31日にはこのことを書いているので、読みたい方は左のサイドバーの「過去ログ」のところからたどってください。)
「38年」は大きな節目というにはキリがよくないし、今年は、北アイルランドの政治がいろいろと激しく厳しい局面で、マスコミでも「過去を振り返る」記事は、あったとしても大きな扱いではない。私は毎日BBC NIを見ているし、NIのほかのメディアもよくチェックしているが、今年の「その日」を前に、ブラッディ・サンデー事件についての記事を見た記憶はない。時差があるにせよ、日本時間で29日の夜になれば現地のメディアに記事の1点や2点は出ていたのだが。
昨年(2009年)は、1月はイスラエル軍によるガザ攻撃に抗議するデモ行進などがナショナリスト側では何度か企画・実行されていて、デリーではFree DerryのゲーブルがFree Gazaに書き換えられたりして、それが話題になっていた。それから、1972年1月30日にボグサイドで撃たれて殺された少年の血を吸い込んだハンカチが、フリー・デリー博物館に寄贈された、というニュースもあった。
http://nofrills.seesaa.net/article/113444195.html
そして、昨年、Free Gazaに書き換えられたゲーブルの写真を見て、ハンカチの写真を見ながら、「来年の1月30日は真相究明のためのサヴィル・インクワイアリの報告書が出てしばらく経っているはずだ」と思っていたのだが、それは実現されていない。(そのことについては、そういうニュースがあったときにエントリにしていると思う。)
で、ブラディ・サンデー事件についてのサヴィル・レポートではなく、イラク戦争についてのチルコット・インクワイアリでのトニー・ブレアの証言を聞きながら、私は東京で、2010年の1月30日を迎えたわけだ。Andy Weatherall + David Holmesを聞きながら。
ともあれ、資料的なことは2007年1月30日のエントリにまとめてあるので、それをご参照いただきたい。
2007年01月30日 ちょうど35年―― 1972年1月30日、デリー。
http://nofrills.seesaa.net/article/32437581.html
※この記事は
2010年01月30日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
【todays news from uk/northern irelandの最新記事】
- 【訃報】ボビー・ストーリー
- 【訃報】シェイマス・マロン
- 北アイルランド自治議会・政府(ストーモント)、3年ぶりに再起動
- 北アイルランド紛争の死者が1人、増えた。(デリーの暴動でジャーナリスト死亡)
- 今週(2019年3月3〜9日)の北アイルランドからのニュース (2): ブラディ..
- 今週(2019年3月3〜9日)の北アイルランドからのニュース (1): ディシデ..
- 「国家テロ」の真相に光は当てられるのか――パット・フィヌケン殺害事件に関し、英最..
- 北アイルランド、デリーで自動車爆弾が爆発した。The New IRAと見られる。..
- 「そしてわたしは何も言わなかった。この人にどう反応したらよいのかわからなかったか..
- 「新しくなったアイルランドへようこそ」(教皇のアイルランド訪問)