「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2009年11月30日

政治家マーティン・マクギネスが二冠達成。



マーティン・マクギネス。1950年デリー生まれ。20歳でデリーIRAに入るとめきめきと頭角を現し、デリーIRAの指導部入りし、英国政府との交渉にもあたる。その後爆発物所持と違法組織メンバーシップでアイルランド共和国で起訴され有罪、服役後シン・フェインの政治家として活動。1980年代のハンストの時期には英国政府と直接接触する役をつとめた。その後いろいろあったが、1998年の和平合意(グッドフライデー合意)以後の和平路線を引っ張ってきた中心的な人物であることは疑いない。2007年の北アイルランド自治政府再起動以降は、自治政府副ファーストミニスター(「副」とついてはいるが、実態としては自治政府の2トップのひとり)。
http://en.wikipedia.org/wiki/Martin_McGuinness

と書くと長々しいが、要するに「元テロリスト (man of violence)、現政治家」だ。

デリーIRAという強力な武装組織の指導者のひとりだった彼は、対立するコミュニティ(ユニオニスト側)からの憎悪の対象としてもトップクラスだったし、和平路線に転じた後は「われわれは絶対に負けない」主義の武装闘争至上主義のいわゆる「非主流派リパブリカン」からも憎悪されている。

そんなマクギネスが今年、「政治家として北アイルランドで一番」と評価された。それも二冠達成だ。ひとつは北アイルランド政治系市民ジャーナリズム&対話のグループブログ、Slugger O'Tooleの「今年の最優秀政治家」、もうひとつはベルファスト・テレグラフの読者投票だ。

Monday, November 30, 2009
What Slugger readers got right about our politician of the year ...
http://sluggerotoole.com/index.php/weblog/comments/what-slugger-readers-got-right-about-our-politician-of-the-year/

Poll: Sinn Fein's Martin McGuinness is Northern Ireland's top minister
By Noel McAdam and Rebeca Black
Monday, 30 November 2009
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/politics/poll-sinn-feins-martin-mcguinness-is-northern-irelands--top-minister-14580892.html
the Belfast Telegraph/Inform Communications survey put DUP leader Robinson on just 7% - Mr McGuinness scored 27% - with a zero rating among Catholics.


Wednesday, November 25, 2009
Slugger Awards: Those late results ...
http://sluggerotoole.com/index.php/weblog/comments/slugger-awards-those-late-results/

Sluggerによると、今年3月の英軍基地襲撃と警官銃撃の2件の事件(いずれも非主流派リパブリカンの犯行声明が出ている)の後に、北アイルランド警察のトップとDUP(ユニオニスト政党)のトップと並んで立ち、「このようなことをする者たちに告げる。おまえらの居場所は北アイルランドにはない」とはっきりと述べたことが、Sluggerの読者パネルと審査パネルを強く印象付けたのだという。(あれは私もぐっときた。ただ、アダムズが口を開けばおかしなことを言っている――最もすごかったのが「コケコッコ」事件だが――ということの作用はあったはずだ。)

でもSluggerがマクギネスを「今年の政治家」に選んだことで、Sluggerのコメント欄に張り付いているユニオニストの人たちが「マクギネスはテロリストだ」的ないつものあれをコメント欄に投稿するということになった。彼らは「シン・フェイン相手に妥協した」DUPを離党し、「伝統的なユニオニスト」を名乗る政党を立ち上げ、欧州議会議員選挙でDUP相手に善戦したジム・アリスターこそ「今年の政治家」にふさわしいと考えていたらしい。(実際にはユニオニスト陣営でそういうコップの中の嵐でどたばたしているスキに、シン・フェインがごっつぁんゴールで歴史作っちゃったのだが。)実際に、「ジム・アリスターは僅差で2位だった」、「企画趣旨は大文字のPoliticsだ」とSluggerのミック・フィルティはコメント欄で説明している。

一方でベルテレさんのほうではまさに「大文字のPolitics」なのだが:
Even unionists responding to the survey had praise for McGuinness's performance as Deputy First Minister - contributing to a lead of 20 percentage points over First Minister Peter Robinson.

ユニオニスト側からもマクギネスは支持された。記事の少し後の部分にあるが、驚くべきことに、シン・フェインのマーティン・マクギネスはUUPのサー・レジー・エンピーと同じ率の支持を獲得していたそうだ。これについてベルテレさんの編集長は、「北アイルランドでも政治家がその過去だけではなく、現在何をしているかによって判断されるようになった」と述べている。

確実に一歩動いたのだと思う。


※この記事は

2009年11月30日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼