kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2009年10月18日

「民主主義(笑)」

October 17, 2009
Britain criticised for opting out of UN vote condemning Israel
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/article6878669.ece

Britain was roundly criticised last night after opting out of a controversial United Nations vote that condemned Israel for war crimes.

Peter Gooderham, the British Ambassador to the UN in Geneva, blamed wrecking tactics by other countries for his failure even to abstain. Britain had been involved in efforts to wrest last-ditch concessions from Israel amid warnings that the resolution before the UN Human Rights Council would do irrevocable harm to the Middle East peace process.

Those efforts failed, and the Palestinian resolution, which endorsed the controversial Goldstone report into alleged war crimes in Gaza, passed overwhelmingly.


;-)

The intense lobbying surrounding the vote showed the depth of concern over the report’s unintended consequences for the future of Middle East peace.


o_O

つまり、ガザ地区を物理的に孤立させてきておいて、1月にあんだけの破壊を行なったあとも封鎖を解除せず、人々はイスラエル軍によって破壊された都市インフラを再建することもできないという状況が続いている中、12月から1月にかけてイスラエル軍とパレスチナ武装勢力がおかした国際法違反について問うことは、「将来的に禍根となる」と。だからそれはスルーしろと。


彼らは自分たちがあの場所に建国する権利を旧約聖書に求めながら、自身を「宗教と政治が分離された西洋型のデモクラシー」だと定義している。臆面もなくそう定義してみせることができるくらいのこじつけ力。

「国際社会」は、イスラエルという一国より、国連という仕組みの方を信頼している、ということを、イスラエルはわかってない(それには理由があるにせよ)。ブッシュ政権もわかってなかったけど、イスラエルはもっとわかっていない。わかっていないというより、国連よりイスラエルという一国を信頼してくれる仲間だけを集めて「国際社会」を作りたがっているのだろう。本音でいえば。

※この記事は

2009年10月18日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 00:00 | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼