「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2009年10月06日

10月5日――あれから10年、あれから41年、あれから35年

ロンドンでのあの列車事故から10年、北アイルランド紛争の「始まり」から41年、『父の祈りを』のあの事件から35年――2009年10月5日はそういう日だった。
http://news.bbc.co.uk/onthisday/hi/dates/stories/october/5/default.stm

1999年10月5日、朝の8時少し過ぎという時間帯に、ロンドン西部のLadbroke Grove(ノッティングヒルの隣)で、列車の衝突事故が発生した。31人が死亡し500人以上が負傷したこの事故の10年目の追悼の式典が行なわれた、という短い記事が、5日のBBCのサイトに出ていた。

Paddington remembered 10 years on
Page last updated at 08:28 GMT, Monday, 5 October 2009 09:28 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/england/london/8290166.stm

調査の結果判明した事故の原因は、運転手の研修が不十分だったことによる信号無視だったと記憶している。90年代半ばに民営化された旧国鉄の線路や設備の管理・運営を一括して行なっていたレイルトラック社がかなりぐだぐだだったことがその背景にあった。レイルトラック社は、線路の点検もろくにできていなかった。

この事故の2年前、1997年9月には、やはりロンドン西部で、やはり信号無視で7人が死亡する列車事故が起きており、ラドブローク・グローヴの事故が起きたことで、英国では民営化された旧国鉄は信頼できないもの、という評価が固まった(つまり、不謹慎なジョークのねたにもなっていた)。2000年の春にロンドンに滞在していたとき、テレビのニュースで毎日、鉄道(の安全性)の話題と、ピーター・マンデルソンが背後にいたミレニアムドーム(現在のO2アリーナ)が「無駄なハコモノ」だという話題と、北アイルランドでじりじりともめていたIRAの武装解除の問題のことを見たものだった。

鉄道事故はここで止まらなかった。2000年10月には、ロンドンの北に隣接するハートフォードシャーのハットフィールドという場所での脱線事故で4人が死亡、70人以上が負傷した。2002年にはポッターズ・バーの事故があった。

これらのような、死者を出す重大な事故が立て続けに発生し、死者の出ない事故はもっとしょっちゅう発生し(一覧を参照。ほんとにすごいから)、それもこれも設備の老朽化や、設備のメンテがダメなことが原因で(「落ち葉が積もっていたままになっていたのでポイントが故障して回送車両が脱線し、ダイヤが大幅に乱れた」とかいうこともあった)、結局レイルトラック社はその後、2002年に経営破綻した。破綻後どうなったのかなどはウィキペディア日本語版に説明がある。


英国高速鉄道ハットフィールド脱線事故の真相―レールの金属疲労は何故起こったか

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さて、ラドブローク・グローブの事故について、その後報道が一段落するまでの特集ページを、今も当時のままの形で、BBC Newsのサイトで見ることができる。何と言うか、ページのレイアウトも含めて時が止まっていて、見ていると不思議な気分だ。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/special_report/1999/10/99/london_train_crash/465503.stm

この特集ページのトップから何となく、「31人の犠牲者の身元」についての記事を見てみた。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/470365.stm

車両が燃えて現場がいかにひどかったのかがうかがえる箇条書き。歯形で身元が特定されたコンサルタントがいる。背中のタトゥーで身元が特定されたニュージーランド人技師がいる。服とアクセサリーで特定されたアメリカ人のビジネスウーマンがいる。パキスタン生まれの科学者がいる。タミル人っぽい名前の人がいる。

そして、北アイルランド和平に関わった官僚も。
Anthony Beeton, 47, married with two children, a civil servant with the Northern Ireland Office who had helped draft the Good Friday Agreement. He created the new human rights and equality commission in the province.


この記事のページのサイドバーにある Top UK stories now は2003年のものだ(2003年にこのレイアウトから新たなレイアウトに変更になったときに、更新が止まったらしい)。「ブレア、開戦は急がない」(イラク戦争)、「オマー爆弾事件捜査班、新たに逮捕」(この逮捕者は不起訴になってるはず)、「ベッカム、ファーガソンを許す」(あったなぁ。ロッカールームでファーギーがキレてスパイク投げて、ベカムが目の上を縫ったとか縫わなかったとか)、などなど。

それから、BBCのOn This Dayのページで、当時の報道を見てみたりする。そしてサイドバーで、同じ10月5日にあったこととして、これらが。

Stories From 5 Oct
1968: Londonderry march ends in violence
1974: Four dead in Guildford bomb blasts


1968年10月5日のデリーは、「北アイルランド紛争」の始まりの日と位置付けられている日のひとつだ(1969年8月14日、英軍の派遣の日を始まりとすることもあり、私は個人的にはそちらを「始まり」ととらえている)。昨年2008年がデリーの騒乱/弾圧から40周年だったのだが、昨年の10月5日、6日あたりは「ショーン・コネリーがごにょごにょのサポーターだった」という嘘が流布されているとの件でエントリを立てていて、「北アイルランド紛争40周年」の話はこのブログにはない。下書きは書いた記憶があるが、ショーン・コネリーがどうたらこうたらとか、「アイルランドの名物ハギス」とかいうあまりに粗雑なうろ覚えを書き飛ばして報酬を得ている人がいるというショッキングな事実を前に、どこかに紛れさせてしまった。

1974年のギルフォードについては、下記参照。
http://nofrills-nifaq.seesaa.net/article/110201675.html

ギルフォードについて、BBCのOn This Dayの「その後の展開」のところから:
On 18 October 1989 the convictions of the so-called "Guildford Four" were declared a gross miscarriage of justice and quashed by the Court of Appeal. They had spent 14 years in jail.

ジェリー・コンロンさんたちが無実を勝ち取ってから、あと2週間弱で丸20年になるのだ。

ジェリー・コンロンさんは、しばらく前に、ガーディアンの「冤罪 miscarriage of justice」特集で文章を書いていた。
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2009/may/05/gerry-conlon-miscarriage-of-justice

10年前のラドブローク・グローブの事故で亡くなったNIOの役人さんが関わったという北アイルランドの「人権」の問題には、コンロンさんのような事例も含まれる。



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※この記事は

2009年10月06日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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