「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2009年09月26日

Guinness -- マーケティングとしての「250周年」

おそらくDiageo社がAFPに書かせた提灯記事の要旨をまとめた日本語記事@AFP BB:


いきなり、「世界で成功を収めたアイルランドの『非公式国民飲料』」だもん、お茶ふかずにはいられない。ギネス社のプレスシートかって。

(Guinnessのスタウトがそういうステータスを得たのは、Guinness社が北米のアイリッシュ・ディアスポラへの売り込みに成功したからであって、元々アイルランド島で広く飲まれていたわけではない。アイルランドはこういう細かい修正主義、それも大西洋を挟んだ修正主義がいろいろあって、その中にはIRAがプロパガンダに利用したものもあったりして、非常にめんどくさい。そもそもギネス家はプロテスタントだ。プロテスタントがアイリッシュ・ナショナリズムの担い手だったとしても別に驚くことではないのだが、ギネス家はユニオニズムのほうだ。ちなみにギネス一族、元々はダウン州だそうです。)

まあ、それでも、1759年にセント・ジェームズ・ゲート醸造所であの黒いビールが造られるようになって250年というのはおめでたいお話で、おめでたいお話だから酒が飲める飲めるぞ、酒が飲めるぞ、って言ってればいいのかもね、と思って、ぷしゅー→とくとくとく……→泡落ち着け、泡落ち着け、とやっている間にAFP BB記事を読み進めると、こんなのが出てくるので、「(泡が落ち着いた後にグラスを口元に運んでいたら)モニタにギネスふくところだった、あぶねぇあぶねぇ」となる次第。

……カウエン首相が「アイルランドの誇り」としてギネスビールを称賛するスピーチを行い、午後5時59分に歌手トム・ジョーンズ(Tom Jones)の歌でメイン・パーティーへと突入した。このほか、歌手ローナン・キーティング(Ronan Keating)もパフォーマンスを披露した。


首相のスピーチは、普通です。地元の財界的な意味で。

普通じゃないのはトム・「メキメキ」・ジョーンズアイルランドと関係ない。(この人の場合は「ジョーンズ」という姓から判断してもかまわないのだけど、ウェールズ人。)

さらに普通じゃないのは、この記述では、アイリッシュ(ダブリンの子)のローナン・キーティングがウェールズ人のトム・ジョーンズの添え物みたいになってて、記事全体の、(北米向けの過剰さのある)「アイルランド、アイルランド」のトーンの中にはまってないこと。

いずれにせよ、この「250周年」がマーケティングでしかないということは、アイルランド国営RTEの異様にあっさりした記事でも明らかなのだけど、それをストレートに指摘しているのが、Slugger O'TooleのPete Bakerさん。

http://sluggerotoole.com/index.php/weblog/comments/to-martha/
We neglected to join in yesterday's "worldwide celebration" of 250 years of Guinness Diageo's promotional campaign.  But today's Irish Times ...

当ブログでは、昨日のギネスの250年に際しての「全世界規模の祝賀」ディアジオ社の 販促キャンペーンは、あえてスルーしました。しかし今日のアイリッシュ・タイムズに……


うひゃひゃひゃひゃ。

コメント欄には、北米のアイリッシュの「行ったこともない故郷が懐かしい」という気持ちを徹底的に利用し、マーケティングを行なったギネス社のあざとさを浮き彫りにする事実の指摘が。

One interesting fact - ignored by the marketeers, in 1798/99 dear old Arthur renamed the black stuff - protestant porter to show his disgust at the rebellion of 1798!
興味深い事実をひとつ。ギネスを売り込む側は無視しているが、1798年、99年に、アーサー・ギネス氏は、この黒い液体の名称を「プロテスタント・ポーター」に変更した。1798年の(ユナイテッド・アイリッシュメンの)反乱への反発を示すためだ。


But to counter that story - stout was popular 'across these islands' prior to the first world war. Stout uses more energy to brew than other ales so was banned from production across the UK during that war. However the ban was never applied in Ireland because of the whiff of rebellion which allowed Guiness complete market domination.
第一次大戦前にブリティッシュ諸島全域でスタウトが人気だったという説があるが、スタウトの醸造はほかのエイルの醸造より多くのエネルギーを要するため、第一次大戦中はUK全域(当時はアイルランドもUK)でスタウトの生産は禁止された。しかしながら、アイルランドでは禁止令は発動されることはなかった。というのは、反乱(たぶん1916年のイースター蜂起のこと)の残り火があったから。それのおかげでギネスは市場の支配を完成することができた。


ほんで、アイルランド共和国のメディアは「ギネス250年」で浮かれていたようだけど、そのお祭りムードに冷や水をぶっかけるような「マスコミが報じない真実」を書いた記事が、アイリッシュ・タイムズに出ている。(上に引いたSluggerのエントリにもリンクされている。)

Real story of 250-year quest for the perfect pint
http://www.irishtimes.com/newspaper/opinion/2009/0925/1224255204200.html

大学で経済史を教える先生が書いた記事だ。いわく:

【要旨】
ギネスというブランドの所有者は、(ギネスというビールの)伝統と「アイリッシュネス」を利用することにかけては巧みであった。そのマーケティング・キャンペーンは常に秀でていて、時には非常に傑出していて、考えられないほどすばらしいということすらもあった。最もすさまじいのは、現在進行形の米国でのキャンペーンだ――ギネス/ディアジオ社は、聖パトリックの日を正式な祝日にしようとしている。

しかしながら、歴史の実像は、宣伝担当者が語って聞かせてくれるものよりもずっと複雑である。

今放映されているCMで「真に傑出した男」と呼ばれているあの人物が、あれを醸造し始めたとき――それは1759年ではなく、その数十年後なのだが――、男が作っていた飲み物は、アイルランドでは比較的新しいものだった(伝統の飲料などではなかった)。あの黒い飲み物は、リフィ川の岸辺ではなくロンドンで発明されたのだ。

そして、そもそも、その男(アーサー・ギネス)はエクストラ・スタウトの醸造業者だったわけではない。彼はエイルの醸造をしていた。それも品質的には全然ぱっとしないエイルを。ロンドンのビールとの競争を余儀なくされて、新製品を試すほかなかった、というのが実際のところだ。

「アーサーの日」はマーケティング(物語)と歴史(事実)を混ぜてしまう。そのため、さらなるアイロニーが生じる。アーサーの死後長い間、ギネスは私たちの「国民的な」飲料とはとうてい呼べるものではなかった、というのが事実だ。実際には(19世紀半ばの)大飢饉の後になってやっと、ギネスはアイルランドの田舎にもたらされたのだ。西部や西南部の田舎にギネスが到着したのは、醸造所のオープンから1世紀かそれ以上後のことである。

ギネスの200周年にあわせて、1956年に行なわれた調査では、19世紀末になってもかなり珍しい飲み物として扱われていた地域が多かったことを示している。ロングフォードで調査した人は、「私が話をした年嵩の男性は全員、意見が一致していましたが、ポーターとスタウトは比較的新しい飲み物だそうです。……わしらの若いころにはポーターなどというしゃれたもんはなかったといい、彼らのお父さんの世代はひたすらウイスキーを飲んでいたそうです」と述べている。

また北部(北アイルランド)では、最初の黒ビールはベルファストの業者のMcCaffreysが作っているとの報告があった。ギネスは1900年代初めになってようやく北部に姿を現している。……


※アイルランドの南北分断は1920年とか22年とかで(プロセスが何年かかけて進行した)、その数年前から「北部のプロテスタントの自衛」が激化していた。

ギネスのマーケッターが自社製品は「純正なアイルランドのもの」というイメージをつけるためにかなりひどい修正主義をとったということは、おそらくそんなに広くは知られていないし語られていないだろう。

この記事にはそういったことが具体的に書かれている。上に引いた部分の後にも、79歳の男性が「ポーターが酒場で供されるようになると、それまであったエイルより強いし、ウイスキーより長持ちするし、値段も安いから、人気が出た」ということを語っていたり、County Mayoでは「この地方でポーターが見られるようになったのは、この50年(=20世紀前半)のことだ。50年ほど前の結婚式で、目新しさゆえにポーターがジャーで供されていたのを覚えているが、客はそんなものは飲んだことがなく、飲もうという者は誰もいなかった。まるで煤と水を混ぜたみたいだとか、評判は散々だった」ということを語っていたり(この「罵倒芸」が例によってかなりカラフルなので、原文を見てみてください)。

で、この記事を書いた先生は「アイルランドの伝統の味、ギネス」的なマーケティングに「事実と違う」という指摘をしておられるのだが(そしてそれは非常にまっとうなことだが)、私などは読みながら、それって「ダブリン文化圏」と「田舎」(特に「本物のアイルランド」と位置付けられている西部)とのギャップの話でもあるのではないかなあ、とも思う。

と思いつつ読んでいくと、衝撃の展開が!
At the same time, another message of those informants from the 1950s bears noting. All agreed that the new drink wiped the floor with the competition in its quality and consistency. But there is a final twist to the tale. The brew described and praised in those accounts was a very different drink from what some of us will be enjoying this week. Today's Guinness dates only from 1959 – another anniversary year.

※太字は引用者による。

ええと、つまり、「ギネスが250年ですよ」って大騒ぎしているけれど、その「ギネス」は「ギネス社」であって、みんなが「ギネス」だと思っている「ギネス・ブランドのビール」は、今年で誕生50年だ、と。

…… (^^;)

例えば創業が江戸時代のウナギ屋さんが「江戸の味を今に伝える」というキャッチコピーをつけていても、消費者は本当に「江戸の味」そのものだとは思わないだろう(ある程度はマユツバで聞いてるはずだ)。

でもギネスがタチ悪いのは、そのブランドにナショナリズムをべったり貼り付けていること。そしてさらに、どんなに嘘八百にまみれていたとしても、美味いこと。

うーん、美味いわー。

若槻千夏だっけ、「カレーは飲み物です」ってブログタイトルにしてたけど、私は「ギネスビールは食べ物です」ってブログタイトルにしようかしらん。

でも、アイリッシュ・パブで1杯だけ飲むならキルケニー。都内ならここらへんのお店で。



どうでもいいが、AFP BBの誤訳が目に余るので少し。

キャプチャ:


Uncle Arthurって呼ばれてるのは「同社」(=ギネス社)ではなくて、1759年にSt James's Gate Breweryでビール醸造を始めたアーサー・ギネスさん (1725-1803) です。



アイリッシュ・タイムズ記事のコメント欄から拾い物。
If it's an all-natural bottle of stout you're after, try O'Hara's, Belfast Black or the new bottled Porterhouse Plain.

(添加物なし)100パーセント・ナチュラルの瓶ビールを探している人は、O'Hara's, Belfast Black, 新しく瓶詰めされたPorterhouse Plainを試してみてください。


Irish Craft Brewerのページによると:
O'Hara's:
http://www.carlowbrewing.com/

Belfast Black:
http://www.whitewaterbrewing.co.uk/

Porterhouse Plain:
http://www.porterhousebrewco.com/

※この記事は

2009年09月26日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 01:00 | TrackBack(0) | 雑多に | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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