「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2009年09月02日

【ロッカビー事件、メグラヒ受刑者釈放】英国政府、スコットランド自治政府とリビアの間でどのようなやりとりがあったのかが公開された。

http://www.guardian.co.uk/politics鳩山由紀夫の「論文」で「欧米で反発噴出」とかってJ-Castさんのトバシが出てる。「欧州」では基本的に無関心で、人物解説がやっとみたいな感じであって、「反発」など「噴出」してはいない。無関心は横溢しているが、それはうちら日本のマスコミが、ゴードン・ブラウンとかデイヴィッド・ミリバンドとかアラン・ジョンソンとかボリス・ジョンソンといった人たちについて無関心なのと同じだ。

「米国」でも基本的に無関心で、NYTとかWaPoは、選挙については「20代の駆け出しが2週間前に資料集めをしたものをベースに、読める記事に仕上げました」みたいなおざなりな、中身のない(というか情報の古い)記事を出して平然としていたのだが、欧州と違うところとして、米国では、保守派(ちょっとでも「大きな政府」寄りのところがあれば「社会主義」と決め付けて叩こうとする人たちをそう呼べるのなら――バラク・オバマまで社会主義者呼ばわりするような人たちは「保守」ですらないと思うけどね)が、あんなの読まされて黙ってたら「もうドルの時代ではない」などなどを認めたことになるわキィキィという次第で、「ちょっと一言よろしいかしら」と出てきているらしい(シラクが大統領のときに同様のキィキィ騒動があったような覚えがあるのだけど、記憶違いかもしれない)。それ自体にはニュースヴァリューはなく(中国で何かあると2ちゃんのいくつかの板が大騒ぎになるのと同じ程度のニュースヴァリューはある)、それが「反発」が「噴出」していると言える状態なのかどうかには大きな疑問符がつくのだが。

というか、米国での「日本の選挙結果」への関心など、日本での「同盟国のどこか(例えばフィリピン)の選挙結果」への関心と同じくらいのものでしかない。(どうして「日本の選挙は関心を持たれている」などと思えるのか、私にはよくわからない。むろん、ペンタゴン周りは関心を持ってたりするでしょうけど、それは「一般」にも「政権」にも共有されるとは限らないわけで。)

一方で米国では、本当に「反発噴出」としか言いようのない話題がある。日本のマスコミは、というか日本でマスコミが配信するニュースを受け取っている人たちの多くは、それにはほとんど無関心だろうけど。それは、TwitterでTrending Topicsになるほどに大きな話題だ。

ロッカビー事件で有罪となったリビア人が、回復の見込みのない末期癌であるため、服役していたスコットランドからリビアに戻されて(というか、戻ることを許可されて)、リビア政府が「熱烈歓迎」みたいなことをやったことで、全米が大沸騰しているのだ。

つまり、「ロッカビー事件で殺された人たちは、死に目に親に会うこともできなかったというのに、彼らを殺した大量殺人犯が末期癌だからといって家族に看取られる権利を得るとは」みたいな感情。

で、そういう「反発」が出ることを見越せないほど英国政府もスコットランド自治政府もバカではないということはみんな知っている(「また欧州流の人権か!」って吹き上がるしかのうのないアメリカ人は知らないかもしれない)。当然あの判断には裏があったと考えるべきで、そして実際にその「裏」についていくつかの憶測が流れていたのだけれど(「陰謀論」ファンの人は調べてみるとおもしろいかも)、9月1日、公式に、英外務省(英国政府)とスコットランド自治政府、リビア政府との間で何が語られたのかが明かされたので、ノー・モア・憶測。

結局のところは、英国政府が、「彼に獄中で死なれたら困った展開になる」と判断したみたいですね。

公開された一次資料(PDF)がガーディアンから閲覧できますので、興味がおありの方はご参照ください。(このエントリで貼り付けてあるkwoutのキャプチャ画像の画像内リンククリックで閲覧できます。)

※この記事は

2009年09月02日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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