「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2009年06月08日

今日の英メディアのトップページ(メモ)

今日は英メディアの新着を拾うように設定してある私のTwitterのタイムラインがすごいことになっている。MEP選挙でイングランドでBNPが2議席取った件と、MEP選挙の北アイルランドでの開票と、オマー爆弾事件民事訴訟の件が同時進行している。スコットランドの開票の件もあるはずだが、NIがすごすぎて観測網にひっかからない。

というところで各メディアのキャプチャを少し。

まず、午後10:30過ぎ(日本時間)のタイムズ。見ただけでオナカイッパイになりました。



昼間のBBC。



午後10:50ごろのガーディアン。やっと労働党と選挙じゃない写真がトップページにきたと思ったらオマー爆弾。なんという濃さ。



ベルファスト・テレグラフ、午後10:55ごろ。



あと、アイルランドのMEP選の結果も(と、S&Pのアイルランドの格付けがAA+からAAになったという件も)。アイリッシュ・インディペンデントで午後11時ごろ。



アイルランド共和国は、全欧州的に左派がダメだったという結果が出ているなかダブリン選挙区でFGとSocialistsとLabourが議席獲得。(何この「オリーヴの木」。)政権が右派とグリーンズの連立政権で、通例「左派」のよりどころになるグリーンズが「与党」としてダメダメな状態になり、政権のメインであるFF(右派)も当然ダメ。で、FFより右というと「有色人種を見たら殴る」みたいな純血主義(アイルランドはほんとに純血主義がある。マージナルな存在だけど)になっちゃうのかな。いずれにしても彼らは「政党」ではないので今回の選挙には関係ない。また、昨年アイルランドがレファレンダムでリスボン条約を否決して全欧的にえらい騒ぎになったのに今回は「反リスボン条約」系は全滅(名前忘れたけど「反リスボン条約」で煽った大富豪が出馬したが落選、Dailに議席持ってるような政党のなかで唯一「反リスボン条約」で進めてきたシン・フェインも落選)。左右どちらであれ「ナショナリズム」がダメという結果は、たぶん、見る人が見ればすごく興味深いことなのだろうと思います。

それと、MEP選挙で何もチェックできていないのですが、レバノンでも選挙があったそうです。

今月はこの後、イランの大統領選挙があります。

オナカイッパイです。


※この記事は

2009年06月08日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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