これについては、NI FAQのほうに書きましたので、それをご参照ください。
ジェリー・アダムズ暗殺未遂事件 (1984年3月14日) について。
http://nofrills-nifaq.seesaa.net/article/115646120.html
25年後の2009年、アダムズ本人も、このころにはアダムズを殺したがっていたであろうUDAのジャッキー・マクドナルドも、「和平」を信じ、それを本物にしなければならないという態度を示しています。
それと、先ほどNI FAQの「共和主義シン・フェインとは」のエントリに、下記を追記しました。
追記@2009年3月14日:
2009年3月9日(月曜日)、北アイルランドのアーマー州クレイガヴォンで、警官が射殺されました。
http://nofrills.seesaa.net/article/115410905.html
この事件について、Continuity IRAが犯行声明を出しました。
http://nofrills.seesaa.net/article/115436467.html
警官射殺事件の2日前の土曜日、アントリムの英軍基地が襲撃され、英軍兵士2人が射殺され、別の兵士2人とピザ配達人2人が負傷しました。これはReal IRAが犯行声明を出しています。
http://nofrills.seesaa.net/article/115346246.html
http://nofrills.seesaa.net/article/115354564.html
この2つの事件の間にはさまっていた日曜日、RSFの声明が出ていたことが報告されています。
http://nofrills.seesaa.net/article/115581598.html土曜日の軍基地襲撃ではRIRAが犯行声明を出した。そして月曜日の警官射殺では、CIRAが犯行声明を出しているのだが、その前の日曜日(軍基地襲撃の翌日)には既に、CIRAの政治部門(と考えて支障のないもの)であるRSF (Republican Sinn Fein: 共和主義シン・フェイン)が、リパブリカンの掲示板に投稿している、ということを、Slugger O'Tooleのマーク・マクレガーさんが報告していた。それもリーダー自身の署名のあるステートメントだ (Statement from Ruairí Ó Brádaigh, President, Republican Sinn Féin)。
Sunday, March 08, 2009
RSF statement
http://sluggerotoole.com/index.php/weblog/comments/rsf-statement/
RSFのステートメントの内容は、「英国政府と英国の占領軍がアイルランドに残留する限りは、アイルランド人はそれに反対し続ける」といういつものあれ(「英国」や「占領」について定義が独自すぎるプロパガンダ)と、「北アイルランド警察がアンダーカバーの英軍兵士をこの国に再び導入すると宣言した」(→3月6日のエントリを参照)ことで「数日の問題となった It is only a matter of days」のだと述べ、「人が死ねば誰しもが悔やむが、アイルランドの厳しい現実には直面しなければならない」と結ぶ、いうものだ。(意味がよくわからないのは私も同じですので質問しないでください。)
※このステートメントが掲載されていた掲示板のURLは、Sluggerの段階で、伏せられている。賢明な判断だ。
それから、ウィキペディア英語版の「ジェリー・アダムズ」の項に、RSFについて非常にわかりやすい記述があったので(なぜか)、それを引用しておきます。(日本語化したものはGNU Free Documentation Licenseでご利用いただいて構いません。)
http://en.wikipedia.org/wiki/Gerry_Adams#President_of_Sinn_F.C3.A9inRepublicans had long claimed that the only legitimate Irish state was the Irish Republic declared in the Proclamation of the Republic of 1916, which they considered to be still in existence. In their view, the legitimate government was the IRA Army Council, which had been vested with the authority of that Republic in 1938 (prior to the Second World War) by the last remaining anti-Treaty deputies of the Second Dáil. Adams continued to adhere to this claim of republican political legitimacy until quite recently - however in his 2005 speech to the Sinn Féin Ard Fheis he explicitly rejected it.
As a result of this non-recognition, Sinn Féin had abstained from taking any of the seats they won in the British or Irish parliaments. At its 1986 Ard Fheis, Sinn Féin delegates passed a resolution to amend the rules and constitution that would allow its members to sit in the Dublin parliament (Leinster House/Dáil Éireann). At this Ruairí Ó Brádaigh led a small walkout, just as he and Sean Mac Stiofain had done sixteen years earlier with the creation of Provisional Sinn Féin. This minority, which rejected dropping the policy of abstentionism, now nominally distinguishes itself from Provisional Sinn Féin by using the name Republican Sinn Féin (or Sinn Féin Poblachtach), and maintains that they are the true Sinn Féin republicans.
リパブリカンは、唯一の正当なアイルランド国家は、1916年の「共和国宣言」で宣言されたアイルランド共和国だけであり、それはまだ存在している、と長く主張してきた。リパブリカンの考えでは、正当な政府は、1938年に(第二次大戦に先立って)、最後まで残っていた反条約派(1921年のアングロ・アイリッシュ条約に反対して内戦を戦ったIRAの人々)のSecond Dail(アイルランド国会)の議員たちから権限を与えられたIRAのアーミー・カウンシル(軍事評議会)ということになる。ジェリー・アダムズは、リパブリカンに政治的な正当性があるというこの主張をかなり最近まで保持し続けてきたが、2005年のシン・フェイン党大会では、はっきりと否定している。
このように(現在の、26州から成るアイルランド共和国という形でのアイルランド国家の正当性を、また北アイルランドが英国の一部であるから北アイルランドから英国の国会議員を出すということを)認めないことの結果として、シン・フェインは、英国とアイルランドの国会で議席を勝ち取っても、一切出席してこなかった。(しかし)1986年の党大会で、シン・フェインの代表団は党規約を修正し、シン・フェイン党員がダブリンの国会(アイルランドの国会)に出席することを可能とする決議を採択した。このときにライリー・オブラディら少人数の退席者が出た。それはちょうど、その16年前にオブラディとショーン・マックシュトイファンが退席して、シン・フェイン暫定派(注:通例「シン・フェイン」と呼ぶ組織)が結成されたのと同様であった。議会出席拒否のポリシーの破棄に反対したオブラディらの少数者は、現在では「共和主義シン・フェイン」という名称を使うことによって、自分たちを、シン・フェイン暫定派とは区別している。彼ら共和主義シン・フェインは、自分たちこそが真のシン・フェインのリパブリカンであると主張している。
※この記事は
2009年03月14日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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