kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2009年03月13日

「非主流派リパブリカン dissident republicans」についてのメモ (1) ―― RIRAとCIRAの関係、など。

一体、「非主流派リパブリカン dissident republicans」とは何か、というと、通り一遍の「和平に反対する強硬派」とか「武装闘争で統一アイルランドを達成すべきと考えている人たち」とかいった説明は自力でできるのだけれども、それ以上のことはよくわからないので、見た記事についてなるべく細かくメモっている。主にはてなブックマークでdissident republicansというタグをつけてやっているが、それでは流れていくだけなので、ときどきはブログのほうでもメモしてみることにする。

準備として、2月のダウン州でのカーボム発見(Real IRAのもの。爆発前に爆弾処理班が対処)についてメディアの報道からメモったものを読み返したりもしている。たった1ヶ月前のことだが、読み返すと示唆的だなあ……ということはさておき。

アイルランドのエド・モロニーというジャーナリストが、なぜか日刊ヘイトメイルデイリーメイルで、今回の事態について何本か記事を書いている。

モロニーは北アイルランド紛争が専門、もっといえばリパブリカンについての調査報道が専門の有名なジャーナリスト。著作も複数ある(→著作一覧@amazon.co.jp)。私はこの人の著作はまだ読んだことがないが(ディープすぎて読んでもわからないと思うので買っていない)、ちょっと遠回しな書き方をするけれども、記事や著作の抜粋を読んだ感じでは、淡々と書くというタイプというよりは、主張ベースでかなり煽りながら書くタイプの人だと思う。(おそらく意図的に軸足を定めて書いているのだと思うけれど、文字通りには受け取れない感じがすることが多い。例えば、後ろの方で少し参照するけれども、3月10日の記事。特に記事の見出しと、「前提」を示す部分の記述があまりにスゴい。)

11日のメイル掲載の彼の記事に、dissident republicansと呼ばれる諸組織について、他ではあまり見ないようなことが書かれていたのでそれを抜粋しておこう。1998年のオマー爆弾事件についての記述だ。

Divided by bitter internal rancour, these dissidents CAN be defeated
By Ed Moloney
Last updated at 4:02 PM on 11th March 2009
http://www.dailymail.co.uk/debate/article-1161249/ED-MOLONEY-Divided-bitter-internal-rancour-dissidents-CAN-defeated.html

Omagh was only one of a series of bombings and attacks in the summer of 1998 which had resulted from cooperation and coordination between all three main dissident groups, the Real IRA (which a few months before had split from the Provos), Continuity IRA (which killed the policeman in Craigavon on Monday evening) and the INLA.

The three groups were attempting at the time to forge a united front against the Sinn Fein-led peace process and were engaged in political talks to hammer out a common programme.

In the meantime they agreed to work together militarily. In the Omagh bombing for example, the Real IRA supplied the explosives and communication, Continuity IRA provided the target and some manpower while the INLA acquired the car used to ferry the bomb.


つまり、オマー爆弾事件当時(1998年の夏)、Real IRAとContinuity IRAとINLAの3組織は、シン・フェインが主導する和平プロセス(<グッドフライデー合意と、それによるパワーシェアリングの自治政府)に対抗するための統一戦線を形成、政治的には共通のプログラムを模索し、軍事的には共闘ということで、オマー爆弾以外にも爆弾攻撃を行なっていた(ただし「成功」したのはオマーだけ)。オマー爆弾では爆発物と通信はRIRAが、標的といくらかの人員はCIRAが、爆弾を積載する車はINLAが担当していた。

モロニーの記事は、このあと:
The alliance broke down after Omagh in acrimony, largely caused by Real IRA resentment over carrying all the blame. But it was on the verge of disintegrating anyway because of sharp ideological differences, and personality clashes, between them all.

オマー事件後、この連盟は、敵対関係のうちに崩壊した。Real IRAがすべての責任を背負うことになったことが不満だったことが大きな要因だ。しかしいずれにせよこの連盟は崩壊寸前であった。というのは3組織間には政治思想上の違いや個人間の衝突があったからである。


(それは具体的にどういうものか、ということは記事に書かれていないし、私にもわかりません。こういうleapが多くてね、モロニーの記事には……。)

モロニーは今回、この例を参照しつつ、dissident republicansと呼ばれている人々は一枚岩ではなく(INLAは犯罪活動専門みたいになっているし、RIRAとCIRAは互いをライバル視している)、それでも今回またひとつにまとまったのだとすれば、脅威はものすごく大きなものになる、と書いている。(ただし「しかし実際にはそれぞれバラバラなのだから、打ち負かすことは容易であるかもしれない」と記事を結んでいる。)

「だから」なのかどうかというと別途検討が必要だが、北アイルランド警察は、「RIRAとCIRAが共闘しているわけではない」と考えている(詳細は後述)。

実は、これら非主流派リパブリカン組織の「連合」という話は、既に何ヶ月か前に報じられている、ということを思い出したので探してみた。2008年10月のベルファスト・テレグラフ:

Republican groups merger talks
By Brendan McDaid
Friday, 31 October 2008
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/republican-groups-merger-talks-14024265.html

DISPARATE groups of Republicans including anti and pro-Agreement groups, the IRSP and the 32 County Sovereignty Movement, are to discuss merging their political objectives at a meeting in the North West next week.

The wide spectral of Republican parties and individuals with differing views are set to gather at the Tower Hotel in Derry city centre next Friday to thrash out a common agenda at the launch of a Republican Network for Unity.

In a statement issued today, the Irish Republican Socialist Party Derry branch said they "fully endorse" and support the project.


……あ、あれ? "Republican Network for Unity" って、2008年11月初めの英軍パレードのときに……そうじゃん。自分の書いたもの:

http://nofrills.seesaa.net/article/109049408.html
リパブリカン側の抗議行動は、EirigiとSinn Fein(とOgra Sinn Fein)と……あとは私にははっきりとはわからないけど、ふつうに図像から考えて32CSMだなってのと、あとはRNU (Republican Network for Unity) という名称の小規模なグループもあるのだな。


うは、10月末のベルテレを読んでいて、11月初めには忘れていたのか(その間、わずか数日)……あたしの頭。orz 11月の記事に書き足さなければ。(→書き足した)

ともあれ、何だっけ……そうそう、この10月末のベルテレ記事にあるのは、「32CSMとIRSPの連合」という話題だ。両者については、面倒なので説明はここには書かないけれども(関心がある人は検索してください。英語版ウィキペディアか何かが出てくるはずなので)、端的に言えば、Real IRAとINLA(の政治組織)が結んだ、ということだ。

INLAは、モロニーの記事にもあるように、現在では主にギャング活動に専念していて(麻薬密売など)、もはや武装組織というよりは犯罪組織になっているらしい。一方でRIRAは依然として、爆発物製造業者としての活動を継続してきた(詳しくははてブでReal IRAのタグでどうぞ。このブログでもけっこう書いてるので、ブログ内検索でどうぞ。日本では一言も報道されてないけど、けっこう派手なことやってたんですよ)。

土曜日の軍基地襲撃ではRIRAが犯行声明を出した。そして月曜日の警官射殺では、CIRAが犯行声明を出しているのだが、その前の日曜日(軍基地襲撃の翌日)には既に、CIRAの政治部門(と考えて支障のないもの)であるRSF (Republican Sinn Fein: 共和主義シン・フェイン)が、リパブリカンの掲示板に投稿している、ということを、Slugger O'Tooleのマーク・マクレガーさんが報告していた。それもリーダー自身の署名のあるステートメントだ (Statement from Ruairí Ó Brádaigh, President, Republican Sinn Féin)。

Sunday, March 08, 2009
RSF statement
http://sluggerotoole.com/index.php/weblog/comments/rsf-statement/

RSFのステートメントの内容は、「英国政府と英国の占領軍がアイルランドに残留する限りは、アイルランド人はそれに反対し続ける」といういつものあれ(「英国」や「占領」について定義が独自すぎるプロパガンダ)と、「北アイルランド警察がアンダーカバーの英軍兵士をこの国に再び導入すると宣言した」(→3月6日のエントリを参照)ことで「数日の問題となった It is only a matter of days」のだと述べ、「人が死ねば誰しもが悔やむが、アイルランドの厳しい現実には直面しなければならない」と結ぶ、いうものだ。(意味がよくわからないのは私も同じですので質問しないでください。)

※このステートメントが掲載されていた掲示板のURLは、Sluggerの段階で、伏せられている。賢明な判断だ。

Sluggerでこれを見たときは、アントリムの英軍基地襲撃事件(Real IRAが犯行声明)についてのCIRAのスタンスの表明かと思ったが、あとから考えると、月曜日のクレイガヴォンの警官射殺と関係しているのかもしれない。(うううううーむ)

いずれにせよ、私はこれを見たときに、「Real IRAの犯行声明+RSFのステートメント=RIRAとCIRAの共闘の可能性」と思ったのだが、現時点で、北アイルランド警察はその可能性はないと見ていると複数の新聞が書いている。

デイリー・テレグラフ:
Northern Ireland: Hunt for 300lb bomb feared to have been smuggled across Irish border
By Duncan Gardham, Security Correspondent, in Belfast
Last Updated: 9:55PM GMT 12 Mar 2009
http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/northernireland/4978297/Northern-Ireland-Hunt-for-300lb-bomb-feared-to-have-been-smuggled-across-Irish-border.html

Although police sources have denied that the two organisations (RIRA and CIRA) co-ordinated the attacks, one report suggested that a former commander at the Continuity IRA was behind the Real IRA attack in Antrim.


ベルファスト・テレグラフ:
Unprecedented operation in Northern Ireland to hunt down gunmen
By Brian Rowan
Friday, 13 March 2009
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/local-national/unp.htmldented-operation-in-northern-ireland-to-hunt-down-gunmen-14225808.html

While senior police officers do not believe that the terror groups co-ordinated the two attacks, they do believe that the Craigavon attackers were motivated by the scale and impact of the Army barracks murders.

"One success spurred on the other," a senior security source told this newspaper.

However, he added that there was no suggestion of one group saying to the other: "We've got a Saturday spectacular. You get something for Monday."


つまり、土曜日に軍基地を襲撃したRIRAと、月曜日に警官を射殺したCIRAとの間に、「土曜日はうちがやったから、月曜日はそちらで」といった話がなされていたと考えられる材料はない、ということだ。

ただし、土曜日にRIRAの「作戦」が「成功」したのを見て、CIRAが月曜日に行動を起こした、ということは考えられる、と。そして、かつてCIRAにいた人物が、土曜日のRIRAの攻撃の背後にいるとのレポート(報告、報道)もある、と。

さて、エド・モロニーの10日の記事:
http://www.dailymail.co.uk/debate/article-1160971/ED-MOLONEY-This-attack-recruiting-Bogside.html

派手な見出しにも関わらず、読んでみれば、大筋はいつものごとく「シン・フェインなんか信用できないんだから」という話なのだということがわかるのだが(しかし、北アイルランド情勢を語るのに、南での総選挙の話などしてどうするのだろう。南の総選挙の主要なポイントは北アイルランド情勢ではなく、FGかFFかなのに)、11日の記事と同じくこの記事にも、Real IRAについてあまり書かれることのないことが書かれているので、そこを抜粋。

Convicted on the word of a high level FBI/MI5 plant, (Michael) McKevitt's fate confirmed the widespread view in republican cicrcles that the Real IRA was probably so well infiltrated by the British and Irish security forces, not to mention the Provos themselves, that only a fool would take the risk of joining up.

That image was enhanced by a whole series of Real IRA attacks that were frustrated or sabotaged, such as in the case of bombs that failed to detonate. Shrewd republican observers saw this as evidence that the security authorities had agents working at high and sensitive levels within the group.

The Real IRA was also widely accused of corruption, of involvement in drug dealing, counterfeiting and smuggling.

The allegations roiled the group so badly that many, like McKevitt himself, quit in disgust. Meanwhile recruiting standards set by the Real IRA leadership, especially in Belfast, were set so low in order to survive that it was soon full of many recruits who would never have been allowed into the Provisionals.


つい先日、BBCだっけか、Real IRAについての説明をする記事で、マイケル・マッケヴィットとバーナデット・サンズ・マッケヴィットという夫婦の名前を挙げて、しかもバーナデットのお兄さんであるボビー・サンズ(1981年ハンガーストライキ指導者)の写真までくっつけるというみっともないことをしていたのだけれども、確かにReal IRAと32CSMの発足時の指導者はこの夫婦であったかもしれないが、今ではマイケル・マッケヴィットは組織を離れているし、彼自身、数年前からずっと獄中にあって(それもベルファストではなくダブリンのほうで)、リーダーとして活動できる状況にはない。そのことはなぜかあまり多くは語られないのだけれども。でもReal IRAは活動し、犯行声明を出している。「RIRAといえばマッケヴィット」という説明は、あまりにレイジーすぎる。(あまりにレイジーだから、何かウラがあるのかと勘ぐりたくなるかもしれないが、単に物事を把握してない人がさくっと「とりあえず間に合わせの用語解説記事」みたいなのを書いてるだけだと思う。)

そんなことよりモロニーのこの記事で示唆的なのは、RIRAは組織維持のために、基準を低くしている(Provisionalsには入れないような人物でも、メンバーにしている)ということだ。そのくらいしないとメンバーが確保できない、という(組織にとってはかなり痛いであろう)指摘だが、逆に見れば、そのくらい必死になっているということでもあるし、また、北アイルランド紛争時のProvisional IRAのように、コミュニティからの広範なサポートがなくても活動と組織の維持ができている、ということでもある。

それと、この数年間でRIRAは何度も爆弾攻撃を試みているのだけれども、爆発しなかった例が多い、という件。これは、モロニーがそう書いている行間を読まなければならないのだけれど、私の背景知識では下手に行間を読んでも思い切り外しそうなので、お口にチャックしておく。

とりあえずはこんなところで。

※調べものの取っ掛かりをお探しの方は、はてなブックマークのほうからどうぞ。そっちのほうが早いし記事は多いので。

※この記事は

2009年03月13日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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