「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2009年03月10日

警官銃撃事件、Continuity IRAが犯行声明。

月曜日夜に発生したクレイガヴォンの警官射殺事件で、Continuity IRA (CIRA) が犯行声明を出したとのことです。CIRAは、いわゆる「IRA」とは別の組織です(分派です)。
The Continuity IRA has claimed responsibility for the murder of PSNI Constable Stephen Carroll.

In a coded message, the dissident republican group said the shooting in Craigavon was carried out by its north Armagh battalion.

It said: 'As long as there is British involvement in Ireland, these attacks will continue.'

【大意】
警官殺害事件を実行したのは自分たちであると、Continuity IRAが主張した。暗号を使用したメッセージにおいて、CIRAは、クレイガヴォンでの銃撃は、CIRAのノース・アーマー大隊が行なった、と述べた。「アイルランドに英国が関与する限り、このような攻撃は続行される」とCIRAは言った。

http://www.rte.ie/news/2009/0310/craigavon.html


CIRAについては私もほとんど何も知りません。知ることのできる情報が非常に限られている(というか、具体的なことはほとんど語られてこなかった)ので。できればあとでまた詳細を書きたいとは思いますが(今回の犯行声明で何らかの報道はあると思われるので)、とりあえずは過去記事で、CIRAとは何か、について(2008年8月5日)と、いろいろな「IRA」〜IRBからReal IRAまでの概略(2006年11月6日)をご参照ください。(これらのエントリと、エントリのリンク先を読まずにご質問いただいても返事はいたしかねます。)あと、当ブログ内を「CIRA」で検索した結果もご参照ください。

各メディア報道。キャプチャ画像内の見出しをクリックすれば記事に飛びます。

RTE(UKのメディアではないのですが、この件ではUKのメディアだと個人的に微妙な感じがするので、コンファームされている話なのかどうかの確認のために参照しました。アイルランド共和国の国営です):


BBC:


ガーディアン:


タイムズ:


ベルファスト・テレグラフ:


ベルテレから、リンク集になっている部分:


ベルテレさんがリンク集の見出しを、"VIOLENCE RETURNS" としていますが、これは「煽り」ではないと思います。でも客観的ななんちゃらというよりは、これに断固反対していこうという主張というか呼びかけの意図――というか、今、展開しているこれは、他にやることのない10代のフード (hood) の暴れ者がやっていることだと片付けるわけにはいかない、という認識の強調ではないかと思います。そう思う根拠は、Slugger O'Tooleなどを見ていての「何となく」です。

警官襲撃事件の実行犯がどういう人たちなのかはまだ全然わかりませんが、非主流派リパブリカンの組織にはティーンエイジャーもけっこういるようで(どの程度のコミットメントなのかは別途検討する必要があるにせよ)、彼らはティーンエイジャーがよく使っているSNSなどでもネットワークを作っています。リパブリカンだけではなくロイヤリストもそうですが……マイケル・マカルヴィーンが撲殺されたときに、犯人グループがあるSNSを使っていたことがニュースになりました。当時、そのSNSの様子を少し見てみたのですが、あまりのすごさに心底げんなりしました。例えばイングランドなら「ハッピースラッピング」が「問題」となるような場合に、北アイルランドでは「パラミリタリズム」が「問題」となっている、という感じでした。「憎悪 hatred」の言葉が、激しく記号化しつくされた言葉が、ものすごい勢いで並べられているという感じでした。

それから、Real IRA(およびその政治組織である32CSM)の声明はときどき出されていて、それは誰でも投稿できるニュースサイトに投稿されているものが検索でわりと簡単に見つかると思いますが(そのニュースサイトがどれなのかはここでは書かずにおきます。念のために)、CIRA(およびその政治組織であるRSF)の声明は、かなりガチなところに行かないとないと思います。RSFのリーダー個人が個人として書いたものなら、けっこうそのへんに転がっているかもしれません。なお、RSFは「自分たちはCIRAの政治ウィングではない」と主張していますが、その「意味」は私にはよくわかりません。

で、「CIRAが犯行声明」のニュースが出たとたん、またSlugger O'Tooleがつながらなくなりました……さっきロードしたときに、Mick Fealtyが「軍基地襲撃事件でRIRAの声明が出たら普段の3倍のアクセスがあってつながりにくくなったので」ということを投稿しているのを読んだばかりだったのだけれど。

※この記事は

2009年03月10日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼