kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2009年02月20日

アンナ・ポリトコフスカヤ殺害事件の「裁判」、被告全員に無罪の評決(英報道まとめ)

アンナ・ポリトコフスカヤ射殺事件で起訴されていた4人の被告について、無罪 (not guilty) との評決が出された。理由は証拠不十分。検察側は異議申し立てを予定しているらしい (BBC says "Russian prosecutors said they would appeal against the verdicts delivered by the jury.")。この裁判は、ガーディアンのルーク・ハーディングが "the chaotic and frequently amateurish trial" (混乱していて、素人がやっているようにぐだぐだの状態になることも何度もあった)と書いているように、いろいろとかなり滅茶苦茶だったらしい。

Anna Politkovskaya trial: Four accused found not guilty
Luke Harding in Moscow
guardian.co.uk, Thursday 19 February 2009 16.54 GMT
http://www.guardian.co.uk/media/2009/feb/19/anna-politkovskaya-verdict

February 19, 2009
Four cleared over murder of Russian journalist Anna Politkovskaya
Tony Halpin in Moscow
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/europe/article5766881.ece

Politkovskaya suspects acquitted
Page last updated at 14:16 GMT, Thursday, 19 February 2009
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/7899472.stm

ロイターの映像。最初は被告入廷の様子で、報道のカメラでびっしり。次に裁判所の建物の外で、またもやかなりすごい数の取材カメラの前で、被告の弁護士(若い)が「正義が為されましたが、これは同時に、真犯人がまだどこかにいるという意味です」ということを英語で語っている。(先日殺害されたマルケロフ弁護士とバブロワ記者の名前も出てくる。)そのあとで、ポリトコフスカヤ家の代理人であるカリンナ・モスカレンコ弁護士の「本当の犯人を見つけなければなりません」という内容のコメント(ロシア語、英語字幕つき)。
http://www.guardian.co.uk/media/video/2009/feb/19/anna-politkovskaya-verdict

17日には朝日新聞が、被告人の弁護士が、「FSBやカディロフ政権の人々が事件に関与していると検察側が認めた」と語った、というインタファクス通信の報道を紹介していた。
http://www.asahi.com/international/update/0217/TKY200902170293.html

治安機関の関与可能性強まる ロシア・女性記者射殺事件
2009年2月17日19時45分

 【モスクワ=副島英樹】06年10月に起きたロシアの独立紙「ノーバヤ・ガゼータ」の女性記者アンナ・ポリトコフスカヤさん(当時48)射殺事件の裁判で、連邦保安局(FSB)職員やチェチェン共和国の地元地区長の事件への関与を、検察側が認めたことが明らかになった。16日、インタファクス通信が被告弁護士の話として伝えた。

 同事件の捜査では、銃撃の手配をしたとされる元内務省職員と見張り役とされる男2人が逮捕され、昨年11月に軍事裁判が始まった。捜査の過程でFSB職員や地元地区長の関与が浮上したが、立件されていない。……


上記の通り、現行の裁判についても言及されているが、詳しい説明はこの記事にはない。

今回無罪という判断になったのは、この「元内務省職員と見張り役とされる男」たち。ガーディアン記事から:
Two Chechen brothers, Dzhabrail and Ibragim Makhmudov, together with a former Moscow policeman, Sergei Khadzhikurbanov, were cleared of offering her killer operational support. The fourth defendant, Pavel Ryaguzov, a lieutenant colonel in Russia's FSB spy agency, was acquitted in a separate but related case.

つまり、殺害実行の補助をしたとして起訴されていたチェチェン人のMakhmudov兄弟(「見張り役とされる男2人」)と、元モスクワ警察のSergei Khadzhikurbanovが無罪、またFSBの中佐であるPavel Ryaguzovが、関連する別件(BBC記事によると、この事件に関連した恐喝事件)で無罪となった。

殺害の実行犯とされているのがMakhmudov兄弟の3人目のRustamで、彼は国外に逃れていると言われている(西ヨーロッパにいるらしい)。DzhabrailとIbragimは、Rustamを殺害現場(アンナ・ポリトコフスカヤの自宅の集合住宅)に連れて行った(車を運転していた)という容疑で起訴されていた。

また、元モスクワ警察のSergei Khadzhikurbanovについては、タイムズの記事によると、ポリトコフスカヤ射殺の手配に加担した (helping to organise the crime) 容疑。

恐喝容疑の1人を除いて、事件に直接関わったとして起訴された3人については、ポリトコフスカヤのご家族や新聞社の側は常に、「事件の背後にあるのはもっと大きなものだ、この3人がどうのこうのという話ではない」ということを主張していた。

今回の「無罪」の評決は、陪審団が2時間話し合って全員一致で導き出した結論であるとのことで、BBC記事にはロシア・ジャーナリスト連合の議長の「まともな捜査があったとは思えない。何たることか」という内容のコメントが掲載されている。

で、BBCはさくっと表面的に報じているだけなので、ガーディアンとタイムズの記事から、少し見ておく。

まず、ガーディアン。読みながら「これはパット・フィヌケン事件か、それともローズマリー・ネルソン事件か、ひょっとしたらビリー・ライト事件か」と思ったくだり。
During the investigation vital pieces of evidence disappeared, including mobile phone SIM cards, computer discs and a photo of Rustam Makhmudov, who apparently fled to western Europe using a false passport. Crucial video footage showing the assassin entering Politkovskaya's apartment block went missing.

捜査の過程において、極めて重要な証拠物件が消えた。その中には携帯電話のSIMカード、コンピュータの記録ディスク、(射殺実行犯とされた)Rustam Makhmudovの写真などが含まれている。彼は偽造パスポートを使って西欧に逃げたようだ。また、ポリトコフスカヤの自宅のあった集合住宅棟に殺害の実行犯が入るところをとらえていた決定的な(防犯カメラの)映像もなくなっている。


最後の「防犯カメラの映像」のことはちょっとわかりづらいんだが、同じ記者の書いた解説記事(後述)を読むとよくわかる。映像が途切れていて、その途切れた部分が見つからないのだそうだ。

さらに記事は、「その映像は実行犯の背後から実行犯を写していた。映像では実行犯は野球帽をかぶった肩幅の狭い男だったが、被告の弁護士が提出した携帯電話のカメラで撮影された映像を見ると、起訴されたRustamは肩幅が広い」と言っている。この携帯電話の映像は、Rustamが川で泳いでいるところを撮影したものだそうだ。(背後からではなく斜め前からの写真だが、防犯カメラの映像の1コマの写真がガーディアンの「ポリトコフスカヤ殺害事件の主要人物」の写真特集の3枚目にある。)

そして、被告側弁護人は、今週行なわれた最終弁論で、証拠が検察によって捏造されたと述べていたという。

ガーディアンがこう書いている件について、タイムズは短く「決定的な証拠が裁判の最中になくなった (vital evidence went missing during the trial)」と書いているだけだが、記述は短いけれども短い分不吉な感じがするというか、「うはぁ」感は強いかもしれない。

一方でガーディアンは、記事の結びの部分で、「無罪」の評決を得た被告とその弁護人の反応を書き添えている。
"Thank God, thank the jury," said Ibragim Makhmudov, still in the courtroom cage shortly after the verdict. "There was no other possible outcome."

"We're glad," said defence lawyer Murad Musayev. "This is something that happens rarely in Russia. This is what I call justice."


さて、ここで問題となるのは、では誰がアンナ・ポリトコフスカヤを銃撃して殺したのか、ということだが、この点について、ご家族や新聞社の人たちはまだ真相追究を続けている。ガーディアンのルーク・ハーディングは、ノヴァヤ・ガゼータは独自の調査を行なっているが、その調査でわかったことについてはまだ今の段階では明らかにされていない、ということを述べた上で、記事の最後に、しばらく前に非常に恐ろしい経験をしたカリンナ・モスカレンコ弁護士のコメントを引いている。
"The investigators now have to start a proper investigation," said Karinna Moskalenko, a prominent lawyer who represented Politkovskaya's family at the trial. "The more time goes by, the harder it gets."

裁判でポリトコフスカヤさんの家族の代理人となった高名な弁護士のカリンナ・モスカレンコさんは、「検察はこれでいよいよまともな捜査をしなければならなくなりました。時間が過ぎれば過ぎるほど、難しくなります」と語った。


彼女のことは、タイムズの記事の最後にも書かれている。
Karinna Moskalenko, a lawyer for the Politkovskaya family, pressed during the trial for Chechnya's President, Ramzan Kadyrov, to testify. She argued that he was repeatedly mentioned in case files and witness statements.

ポリトコフスカヤ家の弁護士であるカリンナ・モスカレンコは、裁判中に、チェチェン共和国のラムザン・カディロフ大統領の証言を求めていた。カディロフ大統領の名前は、ファイルや証言のなかで何度も出てきている、と彼女は述べた。




ガーディアンには、上記の報道記事のほかに、同じくルーク・ハーディング記者による解説記事が上がっている。報道記事で "the chaotic and frequently amateurish trial" と書いてあることについて、具体的にどういう様子だったのかなども説明されているが、そんなことより、現状だいたいわかっていることのまとめ、という点ですごい記事である。ただし非常に長い。

Anna Politkovskaya trial: the unanswered questions
Luke Harding in Moscow
guardian.co.uk, Thursday 19 February 2009 13.33 GMT
http://www.guardian.co.uk/media/2009/feb/19/politkovskaya-trial-background-kremlin

記事はまず、裁判のぐだぐだ具合についての説明から始まる。いわく、「判事は暇そうにしていて、何度も頭をかいていた。証拠はその多くが互いに矛盾していて、陪臣を混乱させた。被告人たちは法廷内の金属の檻の中で話をしたりパズルをやったりして暇をつぶしていた」。

「ひどい」なんてもんじゃない。

3ヵ月にわたったこの裁判の結果、わかったことはほとんどなかった、ということを記者は書き、そしてポリトコフスカヤ殺害の状況について次のように詳述する。

Politkovskaya was shot dead at 4pm on 7 October 2006. She had just returned home from a shopping trip. Politkovskaya took her bags upstairs to her flat in Moscow's Lesnaya Street. She took the lift back down. Downstairs her killer was waiting. As the lift doors opened, he shot her in the chest and head. He then dumped his pistol.

【大意】ポリトコフスカヤが射殺されたのは、2006年10月7日の午後4時。買い物から帰ってきた彼女は、Lesnaya通りにある集合住宅の上の階の自宅に荷物を置いて、またエレベーターで下に下りてきた。1階には実行犯が待ち構えていた。エレベーターのドアが開くと、実行犯は彼女の胸と頭を撃ち、そして拳銃を投げ捨てていった。


そして、チェチェン人兄弟と元警官の3人を逮捕して起訴した検察は、「被告人らはゆるい犯罪ネットワークに属しており、この犯罪ネットワークがポリトコフスカヤを殺害した」と主張。しかしながら、肝心の「実行犯」(とされた人物)が国外に逃亡し、しかも防犯カメラの映像は別人らしいということで、意味がわからない。

ハーディング記者は、このあと、「誰がポリトコフスカヤ殺害を命じたのか」という点について捜査当局は特定できていない、と書き、よく語られている説に言及する。つまり「クレムリンのトップ」、「チェチェン共和国のラムザン・カディロフ大統領」という説だ。カディロフは自身の関与を全否定しているが、そのときに「俺は女は殺らん (I don't kill women.)」と述べているくらいだが。

そして、「証拠とされたものはたくさんあったのに、結局事件の真相は不明で、末端の、あまり頭のよくなさそうな (gormless) 被告人何人かを裁いて終わりにしようとした」というこの裁判の茶番について、特にノヴァヤ・ガゼータ紙の見方を紹介する。

"The people on trial are connected to the murder, but it's not clear how connected they are, or what their role is," one source said. "It's a very difficult, complicated case." Staff at the paper were "pessimistic" that the mastermind would be caught, he said, adding that the defendants could be acquitted on appeal.

"The idea is to show that the guilty have been punished. In reality those behind the murder haven't been apprehended," says Natalia Estemirova, from the human rights organisation Memorial in Grozny, Chechnya's capital. "The trial has been a farce. There has been no serious attempt to properly investigate."

【大意】「被告人たちはポリトコフスカヤ殺害には関わっているけれども、どのように関わっているか、どのような役割だったのかは不明です。大変に難しい、複雑なケースです」とひとりは述べた。同紙のスタッフは、殺害の黒幕が捕まるということに関しては悲観的だ、と彼は言う。人権組織メモリアルのグロズヌイ(事務所)のナタリア・エステミロヴァは、「要するに、有罪の者たちは罰されたということを示すための裁判で、実際には殺害の背後にいる者たちは逮捕されていません。この裁判は茶番劇です。まともに捜査しようと真剣に取り組んだわけでもありません」と述べる。


つまり、下っ端を逮捕して裁判にかけたが、実際にはその下っ端は起訴されたような罪状にはあまり関係ないので、「証拠不十分で無罪」となるしかなかった、ということだろう。

モスカレンコ弁護士は、陪審に対する最終弁論で「事件は高いレベルで組織されたものであり、被告人のレベルでどうこうしたというものではありません」と述べていた、という。

また、Makhmudov兄弟の弁護士は、実際に殺害を実行したのは痕跡など何も残さないプロの殺し屋で、兄弟は犯人に仕立て上げられたのだと述べているとのこと。

という具合に、てんで的外れで無茶苦茶な裁判だったのだがそれでも収穫はあった、ということを、かなり皮肉な感じでハーディング記者は書いている。つまり、この裁判でFSBの姿が見えてきたが、それはFSBは、「エージェントとインフォーマーと殺し屋が共同で動いている巨大な擬犯罪組織とほとんど変わらないもの (it appeared to be little more than a vast quasi-criminal organisation in which agents, informers and hired killers work together)」だというものである、と。

実際に、被告人たちはみなFSBと強いつながりがあった、と記者は書いている。「Makhmudov兄弟は2005年からFSBと接触していた。彼らのおじはFSBのエージェントで、今はウクライナ人ビジネスマンに対する殺人未遂で有罪となり刑務所にいる」。

そして、ノヴァヤ・ガゼータによると、ポリトコフスカヤ殺害の仕事を依頼されたのは、実際にはこの、ウクライナ人に対する殺害未遂で獄中にある兄弟のおじなのだという。しかし彼は投獄されているので、その仕事をモスクワ警察にいたSergei Khadzhikurbanovに回した。そして彼が殺害の計画を立てた。

しかし、捜査の手は、兄弟のおじにポリトコフスカヤ殺害を依頼した人物が誰かということについては及ばなかった。

ノヴァヤ・ガゼータとポリトコフスカヤの家族は、その点をこそ「問題」としている、というのが最大の論点だ。

一方で、「被告は事件と無関係ではない」という点についてはどうか。これについてハーディング記者は次のようなことを書いている――つまり、10月7日に殺害が実行される前の3日と5日と6日に、兄弟は殺害現場に張り込んでいた。そして検察によると、殺害当日、Ibraghimが車でポリトコフスカヤを尾行し、DzhabrailはRustamを車に乗せて現場まで行き、殺害を終えた彼をまた車で拾った、ということだが……記事のもう少し後を読むと、「それはない」と思うことが書いてあるのだが、その前に「映像の謎」について。

But much of the evidence has been contradictory, puzzling and downright strange. At one point a crucial video went missing - one of many unexplained hiatuses. The video from Politkovskaya's apartment block shows the killer wearing a baseball cap confidently entering the building. He knew the entrance code and was apparently unfazed about the stairwell camera.

When the killer is seen to leave, however, he is wearing a different cap. The anomaly has not been explained. The killer, moreover, has thin shoulders. During the trial, however, the Makhmudovs' lawyer showed a video clip taken on a mobile phone of all three brothers going for a dip in a Chechen river. Rustam is a stocky figure with broad shoulders. So is he really the killer?

【大意】しかし、証拠の多くが相互に矛盾している。決定的な映像がある時点でなくなっている。なぜか切れているのだ(このような箇所はほかにも多くある)。ポリトコフスカヤの自宅のあった集合住宅棟での映像では、野球帽をかぶった殺害実行犯が堂々と建物に入っていく。彼は入り口のドアを開ける暗証番号も知っていたし、階段のところにあるカメラにも臆した様子はない。しかし実行犯が出て行くときの映像では帽子が違っている。この不整合は説明されていない(不可思議だ)。さらに、この実行犯は肩幅が狭い。しかしながら裁判で示された映像を見ると、実行犯とされたRustamはがっちりした体格で肩幅も広い。本当に彼が実行犯なのだろうか。


記事はこのあともずーっと続いていく。

いわく、殺害を謀ったのはFSBのために仕事をしている者なのか、誰かの代理で犯罪活動を行なっているフリーランスなのか、あるいは、モスカレンコ弁護士が主張するように、この裁判で被告にされたのは嵌められただけの被害者なのか。

というのは、被告の兄弟の車は、防犯カメラの真正面に停められていた、というのだ。「これはプロの仕事ではなく、ドジな素人の仕事だ」と記事にあるが、まあ、普通に考えればそうだと思う。カメラの場所を知らされていなかったか、意図的に違う場所を教えられていたか(「あそこに停めれば死角になるから」的に)、カメラがあることを知らなかったか……いずれにしても、実行前に現場に行っていたのに、実行時に防犯カメラの場所を把握していなかったプロの殺し屋、というのはちょっと考えがたい。

記事のこの後の部分には、ハーディング記者の報道記事にあった「消えた証拠」についての詳細。Ryagozov (事件に関連する恐喝容疑で起訴されていたFSBのPavel Ryaguzov中佐) のオフィスに捜査官が入ったときにはコンピューターの記録ドライヴとSIMカードがなくなっており、Gaitukayev (元モスクワ警察) の電話の通話記録は、殺害の前の数日分が消えており、Rustam Makhmudov (銃撃の実行犯とされる) は2007年の夏に偽造パスポートで国外に逃げたらしいが、捜査官が旅券発行所に行ったときには、彼の写真は何者かによって持ち去られていた。

……ますます、ローズマリー・ネルソン事件とかビリー・ライト事件とかを思わせるので、私はそろそろ胃が痛い。

あと、殺された日に買い物に行った先のスーパーマーケットで、アンナ・ポリトコフスカヤが男女2人に尾行されていたのが隠しカメラ (a hidden video camera) にとらえられていたが、彼らについてはわかっておらず、また彼らがこの殺害に関連しているのかどうかもわかっていないとか、裁判の始めに、判事が「陪審がメディアが入ることに反対しているので」という虚偽の理由で非公開で進めようとしたこととか(これは、陪審団のひとりがラジオにたれこんだので、裁判は公開で行なわれた)、当局の内部抗争があってユーリ・チャイカ検事総長ではなく、新しく作られた部局(か何か)の検事が担当した結果、当初10人いた容疑者は4人にまで減らされ、残る6人はそっと保釈されたとか、そのリストにRustam Makhmudovの名前があったとか、もういやです、涙目になります。これがフィクションなら「どきどきするスリラー」で、別の意味で涙目になるけど、これはフィクションではないから。

なお、ノヴァヤ・ガゼータは非常に深いところまで調査しているが、現段階では証拠がないという理由でそれを公表しようとしていない、とのこと。



ガーディアンのタイムライン:
http://www.guardian.co.uk/media/2009/feb/19/anna-politkovskaya-timeline

ガーディアンの「ポリトコフスカヤ殺害事件の主要人物」の写真特集:
http://www.guardian.co.uk/media/gallery/2009/feb/18/anna-politkovskaya-murder-trial?lightbox=1
※丁寧なキャプションつき。このキャプションによると、武器の手配などで起訴されていた元モスクワ警察のSergei Khadzhikurbanovは、事件当日はおばさんの誕生パーティーに出席していた。また、FSBの現役の中佐であるPavel Ryaguzovは、ポリトコフスカヤの住所を明かしたと供述していたが裁判ではそれを撤回。まったくの別件で投獄されている兄弟のおじはRyaguzovとつながっていて、ポリトコフスカヤ事件では証人として出廷した……などなど。

※この記事は

2009年02月20日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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