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「2008年12月ガザ攻撃」のタグで一覧できます。
記事クリップははてブ@Dec2008_Gazaのタグで。
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国際支援組織「イスラミック・リリーフ」のハテム・シュラブさんの支援日記、1月1日の分、1月2日の分に続き、3日と4日の分を以下に日本語化します。
Aid worker diary
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/7802295.stm
彼の日記は、「イスラミック・リリーフ」のサイトにもアップされています(文面は基本的にBBC掲載のものと同じ)。
http://www.islamic-relief.com/Emergencies-And-Appeals/emergency.aspx?emID=47
ガザ:1月3日
これを書き終わったら、家族7人と一緒に自宅の地下に移動しなければなりません。生後7ヶ月の赤ん坊も一緒に。
そこらじゅうで大きな爆発音がしています。僕は英国の同僚に電話し、同僚がこれを書きとめています。
怖いという気持ちが声に出ないようがんばっているけれど、あんまりうまく隠せていないだろうなと思います。
地上戦が始まり、次にどうなるか、誰にもわからない状況です。
同僚に、チームのみんなは大丈夫かと質問されました。1時間前にみんなと話しましたが、僕が把握している限りでは今のところ全員無事です。
ジャバリヤに住んでいる同僚たちがガザのもっと奥深くに移動しました。そうしないとどうなるかわからないからです。ジャバリヤはさえぎるもののない場所ですから、この場所を離れたほうが安全です。
この地上戦が開始される前に、僕は子供たちを訪ねてきました。本来は学校に行っているはずの子供たちですが、もちろん、学校は全部休校しています。
アメリカン・インターナショナル・スクールが攻撃でやられたとの報道を聞きました。もちろん学校には誰もいませんでしたが、学校という学校はすべて閉鎖されています。
今日、12歳のヌール(Nour)という子と話をしました。彼はダール・アル=アルカム学校で学んでいますが、この学校は爆撃が始まって最初の数日でやられました。
試験を受ける代わりに、彼は自宅で教科書を自習して、爆撃など忘れてしまおうとしています、それはもう必死に。
「何冊も小説の本を持っています。僕は読書は大好きですが、小説は全部読んでしまいました。 マンガ(テレビのアニメ番組)を見るための電気はありません。新しい小説の本を買いに行けるような安全もありません。ずうっと砲撃の下にいるなんて、怖いし退屈です」と彼はいいました。
安全上の問題が日に日に悪化していたので、学校は早めに冬休みに入りました。
けれども今回の冬休みは、ヌールやその友だちにとっては別物です。ガザの通りで彼らが遊ぶことはありません。その代わりに、家の中でおびえて座っているのです。
「この冬休みは絶対におもしろくないんだろうなと思います。毎日人が殺されているという悪いニュースを聞いています」
「学校が始まっても、自分の机には行きません。だって教室がいくつか破壊されていて、僕の教室もそうだから」と彼は言います。
9歳のマサもまた、何が起こっているのかを把握しようとしているガザの子供たちの1人です。「勉強して時間をつぶしてます。でも飛行機の音とか爆弾の音とかで集中できなくて。お母さんとお父さんの近くにいるようにして、1日に何度か抱きしめます」と彼女は言います。
「家にずっといるのにはもう飽きちゃいました。友だちとかいとこのみんなと遊びたいです。爆撃には終わってほしい。毎日その音を聞くと怖くなります」
こういった子供たちと話をし、どんなことがあったか、何を考えているかを聞くのは、悲しいことです。
子供たちは通りで遊んでいて当然です。でも恐怖におびえ混乱しながら、屋内で隠れて時間を過ごしている。
先週、50人以上の子供が殺されました。学校は閉鎖され、学生達は試験を受ける予定もありません。
明日(日曜日)に、3箇所のシェルターに毛布や食料を届けることになっていました。これらのシェルターは、国境のエリアに住んでいて、避難してきている家族たちのために学校を仮に開放したものです。
しかし地上戦が始まったので……というか、自宅を出ることすらできるのかどうか、誰にもわかりません。ガザでは今晩はとても長い夜になりそうです。
ガザ:1月4日
恐れていた瞬間が訪れました。ガザに地上部隊が来ました。
初めて、僕は自宅の地下に隠れることを余儀なくされました。爆撃や砲撃から逃れるためのシェルターやバンカーはないから地下に行くしかありません。
家族は7人です。一番下の子のマジドは7ヶ月です。みなで爆発音に耳を傾けながら一夜を過ごしました。
爆撃は容赦ないものでした。いくつかの爆発はうちの近くで、マジドは泣いてしまいました。近くでの爆発で家が揺れました。恐ろしい思いをしました。
空爆よりよほど悪いです。すべてがすぐに近くであるように思われる。
夜はたいへんに冷え込んで、ラジオをつけて、情勢が把握できるかどうか耳を傾けて過ごしました。何が起きているかはわかりました。つまり、今や戦闘は、ガザの市街で起こるだろう、ということです。
こんなことにはなってほしくなかった。ここにしようといって地下室の一角にみなが身を寄せて座り、 長い夜になるなと思っていました。
朝の7時10分に目が覚めました。くたくたに疲れていて、ひどい頭痛がしていました。ほとんど眠れなかったときのような感じです。外は静まり返っていました。ひょっとするとすべてが終わったのだろうか? でもその直後、空爆の音がして、ああ、悪夢は終わっていなかったのだと悟りました。
イスラミック・リリーフ・ワールドワイドは、 今日、物資を届ける予定でした。しかしガザの市街の状況はあまりに危険です。
その代わりに、病院への支援物資の準備をしました。緊急対応班の班長がシーファ病院にいて、多くの負傷者が運び込まれていると伝えてきました。
今は外に出ているのはとても危険です。 一日、一晩が過ぎるごとにガザの危険は増し、人道危機も深刻になっています。
電気は使えず、人々は発電機を使っています。
イスラミック・リリーフ・ワールドワイドのオフィスでさえ、発電機の燃料を節約するために早めに終業しなければなりません。
月曜日には、病院に支援物資を運ぶつもりです。僕も、ガザのすべての人々と同じく、物資を輸送しても安全であることを願っています。
ハテム・シュラブさんが報告している「アメリカン・スクールの爆撃」については、JVCさんのページにもあります。
2009/1/4 【ガザ空爆】現地の声・地上戦の開始
http://www.ngo-jvc.net/php/jvcphp_epdisp.php?ThreadName=p01&ArticleNo=336
……1月4日夜21時ごろ、子どもの栄養改善事業で JVCが一緒に働いている国際NGOのスタッフ、モナさんと電話がつながりました。……
「もう一人の娘は高校生だけれども、彼女の通うアメリカン・スクールは破壊されたわ。ガザ北部のベイト・ラヒアにあったの。想像してみて。この状況が少しでも早く終わって、学校に行けるようになるのを楽しみにしていたのよ。ガザの全ての子どもたちがそうだわ。子どもたちにとって日常の生活に戻ること、それは学校に行けるようになることなのよ。それなのに、戻る学校がないのよ。彼女の同級生の女の子の一人が、ショックで亡くなったそうよ。クリスチャンの子で、両親がクリスマス休暇でガザから一時的に出ていた時に攻撃が始まったの」……
JVCさんの緊急医療支援への募金は下記から。
http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/palestine/200812gaza.html
※この記事は
2009年01月06日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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