kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2008年12月05日

ポンドが下がり、VATがカットされ、買い物客はボーダーの北に行き、ボーダーの南では右派が愛国心を唱える(でも空振り)

1日から、時限措置の景気対策として、英国のVAT(付加価値税)が17.5%から15%に引き下げられた。
http://www.hmrc.gov.uk/pbr2008/measure1.htm

そんななか、まさか日本語でこの話を読むことになるとは思ってなかった件。

北アイルランドの国境の町、ポンド急落で空前の好景気
2008.12.4 19:30
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/081204/erp0812041931005-n1.htm
 金融危機の余波でアイルランドに隣接する英領北アイルランドの国境の街に空前の好景気が訪れた。この1年で英通貨ポンドが対ユーロで約2割も下落し、クリスマス商戦用に玩具店には破格の「1ポンド=1ユーロ」の看板まで登場。ユーロ圏のアイルランドから買い物客が大挙して押し寄せ、ポンドのユーロ参加論議にも一石を投じている。(英領北アイルランド・ニューリー 木村正人)

まず、記者さんがこんな取材でニューリーに行っているというのがツボりました。

だってニューリーといえば……
 洋服店を経営するカトリックのキャサリン・ダーナンさん(46)は「30年前、ニューリーは爆発事件が多発する街だった。カトリック過激派アイルランド共和軍(IRA)が定期的に警察施設を襲っていた」と振り返る。……
http://sankei.jp.msn.com/world/europe/081204/erp0812041931005-n2.htm

See also:
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Troubles_in_Newry
※「爆発」といっても「迫撃砲」ですね、件数的に多いのは……。警察に対する襲撃と攻撃。

Newryはここ(地図はmultimap.com):
View Map of Armagh, Northern Ireland, UK on Multimap.com
Get directions to or from Armagh, Northern Ireland, UK


ともあれ、産経新聞の木村記者は、ボーダー地帯のこの町にボーダーの南(つまり「アイルランド共和国」)からの買い物客が殺到していることについて、ポンドがユーロに対してものすごい勢いで下げていること(「昨年1月に1ポンド=1・50ユーロだった対ユーロ相場も先月、一時1・16ユーロまで下落」。ついでに言えば木曜日は史上最安の1.148ユーロ)と、ゴードン・ブラウン&アレスター・ダーリングのクリスマス・プレゼント、11月下旬に発表されたPre Budget Reportで明かされたVAT引き下げ(13ヶ月間の時限措置。「英国は景気対策で1日から日本の消費税に当たる付加価値税を15%に引き下げたが、アイルランドは21・5%に引き上げる」)を要因として挙げ(つまり、「紛争は終わった」とかいうのは今回の南→北の買い物ツアーには関係ない)、現場から生々しい、いや、生き生きとしたレポートを届けてくれている。

いわく:
-「アイルランドの首都ダブリンから北アイルランドのニューリーに向かう道路は十数キロの渋滞」

-「ニューリーはポンドもユーロも使える“二重通貨”の街で、量販店セルフリッジでは駐車場の車の8割近くがアイルランド・ナンバー」←これはちょっとだけ「紛争の終わり」と関係あるかも。(笑)

-「(プレイステーションは)ダブリンで買うより1個当たり17ユーロ(約1988円)も安い」

-「一度にワイン72本を買った客も」←全英が爆笑した "That's what I do." 事件を思い出さざるを得ない。

-「客同士が箱入り缶ビールを奪い合って殴り合う騒ぎまで」←何とも言えん……というか例のステレオタイプしか出てこないのだけど、日本人の記者さんにサービスしてないか、店の人。(笑)

そして記事の最後は、
 アイルランドのレニハン財務相は税収減を心配して「北アイルランドで買い物をするのはエリザベス英女王に税金を納めることだ」と警告した。

というのと、
フィナンシャル・タイムズ紙のマーチン・ウルフ論説委員はコラムで「これこそ変動相場制の素晴らしさ」とポンド維持の利点を指摘した。

という、意味があるのかないのかわからないような舌戦の紹介。

FTの論説委員の意見は読んでないけど、レニハン財務大臣の「パトリオティック・アクション」発言は読んでにやにやしました。11月25日のブクマ:

BBC NEWS | UK | Northern Ireland | Southern shoppers 'to head north'
ブラウン政権の秘策、VAT引き下げ(13ヶ月間)でRoIより6%も物価が下がるNIにRoIから買い物客殺到との見込み。Sluggerによると、 RoIではNIでクリスマス・ショッピングでRoIで消費しないのはunpatrioticと大騒ぎらしい(RTEなどで)。

http://b.hatena.ne.jp/nofrills/20081125#bookmark-10975925

ここにメモったSlugger記事はブクマはしてないんだけど……ちょっと探してみよう……これだこれだ。

"a call to patriotic action.."
Thursday, November 20, 2008
http://sluggerotoole.com/index.php/weblog/comments/a-call-to-patriotic-action/
Another intelligent report from Hearts and Minds' Julia Paul.  This time it's the Republic of Ireland's Finance Minister Brian Lenihan's budgetary patriotic call to arms shopping aisles.. Irish shopping aisles to be precise ...

http://www.youtube.com/watch?v=2mj-Yasr-Ac



↑このYouTube映像、1:44からがブライアン・レニハン財務大臣の "call for an patriotic action" 発言です。議場が沸くんだからなあ、この発言で。与党のFianna Fáilはネオリベで民族主義の右翼ですけど……。

2:00くらいで痩せ型の男性が話してますが(Mark Fielding, Irish Small & Medium Enterprises Assocとあるので、アイルランドの中小企業の何とか会議みたいなところの人でしょう)、いきなり "We used to ask to die for our country. Now we ask to buy for our country." と来たもんだ。うはー、……と油断してると、2:30でお茶ふくことになるので要注意です。

2:45くらいで「唯一のアイルランド全域の政党」、つまりシン・フェインの人(Mitchel McLaughlin MLA: 止め絵の人)が出てきますが、こういうのを見ると、「北アイルランド的な文脈における『アイリッシュ・ナショナリズム』と、一般的な『民族主義』との違い」というのがよくわかります。(でもシン・フェインも一枚岩ではないのだけど。時代によってもいろいろあるし。)しかし、経済スポークスマンならもうちょっとよどみなく言葉を出そうよ、説得力なくなっちゃうよ……。

で、映像の冒頭にデリーのレポートが出てきます。ポンドがユーロに対して下がってデリーは賑わってます、という話。でも3:40くらいで出てくるレターケニー(デリーの近く、ボーダーの共和国側)は、人々がクリスマスの買い物はデリーに行ってしまうので大変だというレポート。その後は、ボーダー地域の状況についての話と、ボーダーを超えて事業を進めている会社のレポート。かなり興味深い内容です。

ところで、この映像で0:24くらいで図解で示されることは、産経の木村記者さんの記事からは欠落しています。つまり、ユーロとポンドの為替レートの変動による越境買い物ツアーは、これまでは北アイルランドから南へ、というのが定番だった、という件。デリーからドニゴールのようなほんとに「隣」という場合はもとより、エニスキレンとかオマーとかアーマーとかいった辺りなら、「ちょっとだけ遠出」で共和国に行けちゃうから。(それでも、ガソリンがバカみたいに高かったときはこういう動きは控えられていたはず。)

その件については:
Northern Ireland winner with Vat cut as shopping war ecalates
Friday, November 28, 2008
http://sluggerotoole.com/index.php/weblog/comments/northern-ireland-winner-with-vat-cut-as-shopping-war-ecalates/
Peter Robinson had to hold himself back from rubbing his hands in glee.
"Let's be clear, this is swings and roundabouts. There have been many occasions where this has worked in the other direction, it worked in terms of fuel and aggregates when that very clearly damaged the prospects of businesses on our side of the border," Mr Robinson added.

ふははは、ピーター・ロビンソンってまともなことを言うときはほんとにまともだ。(変に煽る言葉遣いをしないからだと思うけど。)

関連記事:
"likely to further encourage shoppers in the Republic.."
Monday, November 24, 2008
http://sluggerotoole.com/index.php/weblog/comments/likely-to-further-encourage-shoppers-in-the-republic/


で、FTのおっさんが能天気なことを言っているのとは対照的な意見もあって:
Sterling in crisis - will it end in tears?
Tuesday, November 25, 2008
http://sluggerotoole.com/index.php/weblog/comments/sterling-in-crisis-will-it-end-in-tears/
ポンド安でユーロ圏からの買い物客が増えてウハウハ、とか言ってる場合じゃないでしょ、根本的な問題を見ないと、というような意見。



なお、ボーダーを超えた経済活動という点では、下記も。(お茶ふき警報記事)

2008年09月27日 ギャングランドは呉越同舟
http://nofrills.seesaa.net/article/107243433.html

※この記事は

2008年12月05日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 14:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

この記事へのトラックバック





【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼