kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年11月18日

BBC Radio 4, 「内なる敵」――IRA潜入スパイという事実 (2)

11月11日に、BBC Radio 4での "Enemies Within" (by Ruth McDonald) という2回シリーズの番組の紹介をしました。
http://nofrills.seesaa.net/article/109457549.html

この番組の2回目が、今、サイトで聞けるようになっています。期間はあと4日。急げ。
http://www.bbc.co.uk/programmes/b00f8mzl/episodes/2008
http://www.bbc.co.uk/programmes/b00fbm54
↑ "Duration: 15 mins" とありますが、30 minsの間違い。本編は28分弱です。

パート1はインタビュイーの多くがこてこての北アイルランド訛りで非常に聞き取りが困難だったのですが、パート2はそうでもありません。内容は……前回が北アイルランドのスパイ大作戦をやっていた人たちの体験談だった一方で、今回はそれを検討する立場からの切り口で、北アイルランドのdirty warについてある程度知識のある人は、パート2のほうが聞き応えのある内容になっていると思います。

番組の最初は、ポリス・オンブズマンだったヌーラ・オローンの「スパイ活動にはストラクチャーというものがなく、違法行為という問題が常にあった」という指摘。これはパート1の締めくくりでもありました。

番組は――

2007年1月22日、ヌーラ・オローンが、誰もがその存在を知っていた北アイルランドのdirty warの闇を白日の下にさらけだそうとした――これをルース・マクドナルドは、O'Loan was about to drop a bomb shellと表現している。

※過去記事:
2007年01月22日 治安当局と「テロ組織」の癒着
http://nofrills.seesaa.net/article/31925475.html

オローンは、16件の殺人事件がインフォーマーによるものだと明言、ハンドラーはこれらを隠蔽してきた、と厳しく非難した。

ここで、番組にはレイモンド・マッコードが登場する。

彼の息子、レイモンド・マッコード・ジュニアは、1997年、22歳のときに撲殺され放置された。犯人は捕まっていない。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/6285101.stm

レイモンドにはロイヤリスト武装組織UVFからの脅迫状が何通も届いている。その脅迫状をめくる音がこの番組には入っている。

このような状況にもかかわらず、レイモンドは落ち着いている。彼はジャーナリストを自宅に招いて取材に応じた。自宅の壁には殺された息子の写真が飾られている。息子は元英空軍の軍人だったが、退役後帰郷してドラッグ密売のごたごたで殺された。撲殺された遺体はあまりに無残で、葬儀でも会葬者に顔を見てもらうことができなかった。

ジャーナリストが「警察が捜査をしてくれると思っていましたか」と質問すると、レイモンドは「Yes」と即答する。「殺人事件ですよ、若い男が殺された、当然捜査すると思うでしょう」

でもそうではなかった。数週間後に警察は動きゃしないということを確信したレイモンドは、自分の手で犯人を暴こうと動き出す。そして、息子を殺したのは警察のインフォーマーとして動いていた人物で、その人物はそのハンドラーに守られている、ということを知る。

ヌーラ・オローンはこの事件をとっかかりとしてcollusionのケースの調査を始めた。彼女は次のように述べる。
the most fundamental principles in respect of the war against terrorism and the operational rule of law. and I think when those responsible for the rule of law become critical about its operation

※聞き取りは不完全だろうと思います。

つまり、war against terrorismという錦の御旗のもとで、rule of lawが著しく軽視されている、ということ。

続いて番組に出てくるのは、前回も出てきた「初めてメディアの取材に応じた大物ハンドラー」、レイモンド・ホワイト(仮名)だ。彼は「グレイ・エリア」があることを当然だ、というように語る。

次がケヴィン・フルトン(IRAに潜入していたスパイ)。彼は警察の手先として、IRAが爆弾を作る現場にいたことを淡々と語る。自分が警察に渡した情報があればこそ、救われた命が多くあるのだと彼は常に主張している。(実際、それは否定できないことだと思う。)彼は「普通の合法なやり方では、テロ組織の対策は無理だ」というようなことを語る。

過去30年にわたってRUCのインフォーマント・ハンドラーを訓練してきたブライアン・メイナードは、「私たちはそこにいて、見られないように(目立たないように)することが仕事」と述べる。誰かが爆弾を作っていてもそれを止めるようなことはできない、と。

ヌーラ・オローンは、「北アイルランドでは個人の集まりが自分たちのやることをやっていた。そこには法らしきものはなく、ルールは無視されていた。チェックする立場の人間もいなかった」と語る。

ジャーナリストのルース・マクドナルドは、ここで、「そのような状況で活動してきた人たちの中には、オローンの活動のようなもので、過去をほじくり返すのはいかがなものかと言う人もいる」として次に進む。

ブライアン・メイナードはいかに自分の仕事のことを家族にも秘密にしていたかを語る。メイナードもホワイトも、スパイ大作戦の中枢にいた人物であるにもかかわらず、ヌーラ・オローンの調査に参加しようとしなかった。

メイナードは「私は30年以上にもわたってそれをやってきた。こんにち判明していることで私のことを判断しないでもらいたい。30年前、私も同僚も、当時判明していたことだけでプロとして仕事をしていた、それもなるべく多くの材料を手に入れた上で。ヌーラ・オローンのような人は他にやり方はなかったのかと言うが、当時はそれが精一杯だったのだ」と言う。

ここまでで10分半……という番組です。

聞けるうちに聞いておいたほうがいいと思います。

※この記事は

2008年11月18日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 00:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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