kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年11月17日

ETA, IRA, FARC ... Chaos

フランスで、ETAの軍事的リーダーが捕まったそうだ。写真を見るとかなり若く見えるが、Profile: Garikoitz Aspiazu Rubinaによると35歳。2003年終わりにETAの軍事作戦の指揮をとるようになり、2006年12月のマドリード空港爆弾などをやっている「急進的な若い世代」だそうだ。ETAっていうと50歳くらいの人たちがイメージされるのだが(5月に逮捕された人とか)、最近の軍事リーダーがこんなに若い人だったとは。

France holds 'Eta military head'
Page last updated at 12:25 GMT, Monday, 17 November 2008
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/7732678.stm

これとは別に、もう1件ETA関連……北アイルランドから。

先週金曜日、北アイルランド警察(PSNI)が、ETAメンバーで20年くらい服役して出所したばかりの男を手配している、という報道がBBC Newsにあった。

Police seeking wanted Eta man
Page last updated at 11:41 GMT, Friday, 14 November 2008
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7728455.stm

手配されているのは、Inaki de Juana Chaos (Jose Ignacio de Juana Chaosとも。53歳)。1980年代に25件の殺人で有罪となり、今年8月に出所(仮釈放)したETAのメンバーだ。出所時に読み上げた文が「煽動文書」だったということで、スペイン当局から手配されているのだそうだ。

彼は月曜日に弁護士とともにベルファストの法廷に出廷した。

Wanted Eta man appears in court
Page last updated at 10:56 GMT, Monday, 17 November 2008
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7733126.stm

しかし、一種の身柄引き渡し(European Arrest Warrantなので、「身柄引き渡し」とは厳密には異なるらしい)を求めているスペイン政府側が、今すぐに審理というわけにはいかないというようなことを述べたという。

As the hearing was due to begin, a lawyer representing the Spanish Government said the case could not proceed immediately.

He said Mr Chaos would "be arrested shortly by agreement and then the matter can be brought before the court at some stage".

He said arrangements had to be made for an interpreter.


で、どうなったのかはこのBBC記事には書かれていないのだが、とりあえずまた次回連絡しますとかいうことになっているのではないかと思う。

うむー。

というところでBBC記事のサイドバーを見て思い出したのだが、この人、今年の9月にダブリンにいたらしい。

Spanish seeking Basque in Ireland
Page last updated at 15:46 GMT, Wednesday, 24 September 2008 16:46 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7634234.stm

ただダブリンにいただけではない。de Juana Chaosが滞在先としてスペイン当局に届け出ていた家は、ダブリンのジム・モナハンの家だった。

ジム・モナハンは、「コロンビア・スリー」と呼ばれた3人のアイリッシュのひとりである。

もう5年も前になるが、2003年8月、コロンビアの首都ボゴタである裁判が終わった。被告は3人のアイルランド人。彼らが「コロンビア・スリー」だ。

2001年8月11日にボゴタの空港でコロンビア軍に逮捕された彼らは、「IRAとFARCのつながり」を立証する存在だという扱いを受けた。具体的には……ちょっと長くなるのではしょるけど、コロンビアの山の中でFARCのゲリラに爆弾製造法の手ほどきをしていた、という疑いがかけられた。彼ら自身はIRAのメンバーであることを否定、コロンビアには観光のために訪れていたと主張していた。そして、何が何なのか結局よくわからないまま時間が過ぎ、2005年には彼ら3人はアイルランドに戻っていた。

※過去記事:
2005年08月06日 「コロンビア・スリー」がアイルランドに戻っているらしい。
http://ch00917.kitaguni.tv/e172282.html

http://nofrills.seesaa.net/article/29907949.html
「コロンビアでエコツアー」とは、いわゆる「コロンビア・スリー」のこと。
http://en.wikipedia.org/wiki/Colombia_Three
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/col172.html

2001 年8月、コロンビアのボゴタで、3人のアイルランド人(うち2人は北アイルランド出身か居住)が偽造旅券を使っていたとして逮捕され、半年間容疑なしのままで拘束されたあと、翌2002年2月に「FARCを訓練していた」として起訴。またこのとき、英米当局からの情報をもとに、コロンビアの検察は彼ら3人を「IRAのメンバー」としていた。

これに対し、彼ら3人の支援者らは「ホリデーでエコツアーをしていただけ」などとして、彼らの身柄の解放を求めてキャンペーンを開始した。(→支援者によるウェブサイトを参照。)

この事件、ほんとに何から何まで謎で、誰が嘘をついているのかがさっぱりわかりません。3人のアイリッシュとFARCとの接触があったことは事実で、その接触の目的が「FARCの訓練」だった(コロンビアの検察側の主張、裁判所もこれを認める)のかどうか、また彼ら3人がIRAのメンバーだというのは事実かどうかが争点のはずですが、そこがまったくよくわからない。IRAが否定しているのだから、メンバーではなかったのだろうと思いますが、ではまったく無関係かというと、そこがわからない。

結果的には、1審では偽造旅券では有罪、「FARCの訓練」では無罪となり、検察側の控訴で行なわれた2審@2004年12月では「FARCの訓練」で有罪となるも、1審のあと身柄を保釈されていた3人の被告は、コロンビア国内に留まらなければならないはずだったのに、2審判決の前にひそかに出国していた!

……

彼らは2005年にアイルランド共和国にいることが判明し(アイルランド国営テレビの取材に応じた)、その後、アイルランド警察の事情聴取を受けたが、コロンビアへの身柄引き渡しは行なわれておらず、「事件」はそのまま、歴史の1ページに……。


という次第で、2001年9月11日後の「テロとの戦い」の文脈において、コロンビア政府がFARCとIRAは「国際テロ組織」であるということを立証しようとしていたことは確実だろうと思うのだけども、それが中途半端な状態で「終わって」しまっていて、今年にはFARCに長年拘束されていた人質の救出作戦が行なわれたり(米軍がコロンビア軍を支援した……この件については……げふんげふん)、あとFARCのリーダーが死亡したと発表されたり、とにかく「FARCはもうボロボロの状態」というニュースが立て続けに流れて、「IRAがコロンビアでエコツアーしてたってさ」という話は、ワタシ的には、すっかり忘却の彼方に行っていた。

そんなときに、また「コロンビア・スリー」の話が出てくるんだから、まったくもう、である。

しかも今度はETAが絡んでいる。

ETAとIRAの――というより、バタスナとシン・フェインの、と言うべきかもしれないが――関係は公になっており、2006年3月にETAが停戦を宣言するに至る過程では、シン・フェインのジェリー・アダムズが積極的に関わった(「政府との交渉」という点でのアドバイザー的な役で。アダムズの本にも出てくるよ。英文記事もいろいろあるし。An Phoblachtにも2007年2月の記事があったり)。その停戦もそんなに長くはもたなかったのだが。

※過去記事
2006年09月25日 ETA和平決裂ですかね?
http://nofrills.seesaa.net/article/24391776.html

# あ、ここ↑でInaki de Juana Chaosがハンストしてたことをメモってた。>私

Timeline: Eta campaign
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/545452.stm
2006年の停戦は事実上9ヶ月しかもたなかった。3月22日に停戦宣言、12月30日にマドリード空港での爆弾があり、翌2007年6月に停戦破棄の宣言。

てな具合で、もうなんかすごいことになっていて頭の中がごちゃごちゃなのだけど、タイムズの記事。

From Times Online
November 17, 2008
Freed Basque terrorist fights extradition in Belfast court
David Sharrock, Ireland Correspondent
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/europe/article5170337.ece

上に書いたBBC記事(「ベルファストの法廷に出廷した」)より前に出ている記事なのだけれども、Iňaki de Juana Chaosについてはこれが詳しいし、読んですぐわかる解説になっている。(BBCははしょりすぎでわけわからんのよ、正直。)

いわく:
Iňaki de Juana Chaosは8月にスペインの刑務所から仮釈放となった。ETAの行なった11の攻撃で25人を殺害したとして3000年の刑期を宣告され、21年を終えたところだった。スペインでは抗議の声が巻き起こった。

現在、スペインと曲は「テロの煽動」の容疑でde Juanaを手配している。釈放時に支持者との集会で、ETAをサポートするステートメントを読み上げたとされるためだ。

de Juana本人は、そのステートメントを書いたことも読んだことも否定している。彼は釈放後すぐにスペインから出国し、ダブリンに飛んで、ジェイムズ(ジム)・モナハンの家に短期間滞在していた。モナハンはProvisional IRAの「エンジニアリング部門」の長だった人物だ。

タイムズ記事ではモナハンについてこう断定していますが、モナハン本人はシンフェインの党籍は認めていてもIRAのメンバーシップは否認していたはずです。でも「IRAのメンバーシップの否認」はいろいろとあることなので、げふんげふん。

モナハンは、コロンビアの法廷でFARCを訓練していたとして有罪になった。モナハンを含む3人は保釈中にコロンビアを出国し、その後アイルランドに姿を現した。コロンビアが身柄引き渡しを求めたが、アイルランド共和国との間に身柄引き渡し条約がないことを理由に却下された。

先週、モナハンの家にアイルランド警察が家宅捜索に入り、IED(爆発物)が押収された。家にいた4人が逮捕されたが、モナハンは含まれていない。

↑これはアイルランドの報道を確認する必要がありそうです。そこまで手間かけるのは今はさぼります。

スペイン大使館で新しいパスポートを申請する際、de Juanaはダブリンの住所で申請していた。申請は認められなかった。ベルファストでde Juanaの代理人をしているケヴィン・ウィンターズ弁護士は、de Juanaは当局に完全に協力しているが、身柄引き渡しについては承諾しないだろう、と述べている。当局に協力的である以上、身柄はベルファストにあっても問題ない、というスタンスである。

なるほど、こういうことがあって、スペイン当局が時間を稼ぐために、通訳がなんちゃらという話にして、今日は進めなかったのかもしれない(<BBC記事参照)。

タイムズの記事は、このあと、de Juenaが関わった爆弾事件についての解説が続き、1987年に投獄されたとき、本来は2004年に仮釈放のはずだったのだが、別件で新聞社への脅迫があって3年加算された、その後ハンストを行なった(66日で医師団から強制的に食べさせられた)、その後減刑が認められ今年8月に仮釈放となった、とかいったことが書かれている。ハンストは2006年、ETAが停戦宣言をしていたときに行なわれ、スペイン当局はde Juanaが退院したらハウスアレストにするつもりだったが、2007年にETAの停戦が破棄されて刑務所に戻された、とかも。

で、ベルファストの検察は、スペインで彼が犯したとされる罪(テロの煽動)について、英国法で扱えるかどうかを検討することになる。最も近いのは「憎悪の煽動」だが、これは最大で6ヶ月なのでスペイン当局の逮捕状とは噛み合わない(最低で1年が必要)。

……となるとまた英国流の「法の統治」が出てくるかもしれん。つまり、無理やりの適用。しかし、そのための証拠集めをするにしても、彼がつながっているのがProvisional IRAでは何も出てこないんじゃないのかなあ……活動していないのだから。それは実際にどうなのかということではなく、IMCがそう断定している以上、「PIRAの世話になりつつ何か物騒なことをしようとしているETAメンバー」がいてくれるのは困ったもんだ、ってことになるだろうし。NI和平の土台が揺らぎかねない。

……あ、これ、ユニオニスト側が張り切るかも。つい先日も「だってジェリー・アダムズはIRAのACでしょ」と議場で発言してサスペンドになったDUPの自治議会議員がいるが、そういう方向で何かあるかも。

要ウォッチ、かなあ。

でも「コロンビア・スリー」みたいに何がなんだかわからないうちにうやむやになる、という可能性もあったりして。


※本稿における「IRA」は、Provisional IRAのことである。Real IRA等はProvisional IRAの「派閥」ではなく、別個の組織である。(メンバー同士が知り合いであるといったことはあるかもしれないが、組織としてはまったく別である。)

※この記事は

2008年11月17日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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