ロンドンであちこちにゴミがぽいぽいと捨てられているのは、IRAのせいらしい。(笑)
1991年にロンドンでアイルランド共和軍(IRA)による爆破事件が相次いで以来、爆発物を仕掛けられないようにするために、警察は公共の場からゴミ箱を撤去してきた。当然の結果として、ゴミを捨てられる場所が減り、市民はゴミをそこら中にポイ捨てするようになってしまった。
原文:Ever since the 1991 IRA bombings in London, police have been removing public trash cans as a security measure in case they contain explosives. Of course, this results in fewer receptacles for citizens to dispose of their trash, encouraging them to litter.
上記引用文は、はてなブックマーク経由で知った、Wiredのブログの記事の一節だ。
まずは日本語版から:
ロンドンに「耐爆型ゴミ箱」が登場 2008年11月4日
http://wiredvision.jp/news/200811/2008110419.html
原文はBrian X. Chenさんという方が書いた10月31日のWiredのブログ:
http://blog.wired.com/gadgets/2008/10/bombproof-bins.html
※上記日本語記事は、この記事の翻訳そのもので、特にカットしたとかいう箇所はない。翻訳のクオリティも高い。
Wiredブログは10月31日のタイムズの記事(下記)に基づいている。
Bombproof superbin that serves and protects
October 31, 2008
Fiona Hamilton, London Correspondent
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/uk/article5051419.ece
これらをざーっと読んで、何となく、「Wiredブログを書いたBrian X. Chenさんはそもそもロンドンを知らないんじゃなかろうか」という気がしたので、Wired blogのGadgetのセクションのトップページからブライアンさんのサイトに行き、そこから彼のTwitterを見てみると……なるほど、サンフランシスコの方のようだ。(それだけでブライアンさんがロンドンを知らないと断定することはできないけれど。)
ロンドンを知らない人がこのタイムズの記事をまとめるとああなるのかもしれない。それは責められないのかもしれない。タイムズの記事は、扱う範囲を「シティ」に限定していれば筋の通った記事になっていたかもしれないが、そういうふうにはちょっと読めない。だから冒頭に引用した部分のように、「シティでは」という限定句が取れてしまって、「ロンドンでは」になってしまっている――ロンドンの街路にはゴミ箱はあるのに(そして、少し先にゴミ箱があるのに路上にポイ捨てされているゴミが多い、という問題がある)。
しかし、ロンドンの「ゴミのポイ捨て」までIRAで語られちゃうってのは……(改めてお茶ふき)。ぎゃはははは。そりゃね、「要約」したときの、いわば一種のlost in translationであるとしても……ぶわははははは、笑いが止まらない。
しかし、あんまりだ。私にはIRAのやったこと、特に爆弾キャンペーンへの共感は一切ないが、それでも「あんまりだ」と思うのだ。ゴミ箱がないとき、そのゴミを持ち帰らずにその辺に捨てるのが第一義的に問題なんじゃないか。
というわけでタイムズの記事を読んでみよう。
結論からいえば、記述において「IRAの爆弾」を2度も引き合いに出している理由がよくわからない記事だ。そうする必然性が感じられないし、説明が不十分なのだ。「1980年代にIRAが爆弾を設置したからシティ地区からはゴミ箱が撤去された」という説明があり、シティ地区に新型のゴミ箱が設置されると展開しているのはわかるのだが、それとは別に「シティではビショップスゲート爆弾事件があった」という話があり、全体を混乱させている。
さらに、シティや駅、ホワイトホールなどは別として、ロンドンは街路に公共のゴミ箱があって、すぐ近くにゴミ箱があってもそこらへんにゴミがポイポイされていることが珍しくない。シティや駅でのポイ捨ては「ゴミ箱がないから」であるとしても、ロンドン全体でみたときのポイ捨てという問題の原因がそれだとするのは、雑すぎる。で、ロンドンでポイ捨てが多いことと「IRAのせいで撤去されたシティのゴミ箱」との関連性は、記事を読んでも、記事に書かれていないことを考えてみても、わからない。Wiredブログの人が勝手にそう読み取っているのが、私に伝染しちゃってるのかもしれない(最初っからタイムズの記事を読んでいれば、「IRAのせい」云々は刷り込まれていなかったかもしれない)。なんかだんだんわかんなくなってきたよ。(^^;)
以下、詳細。
記事の書き出し:
The absence of appropriate receptacles in which to dump detritus has been a daily source of frustration for city pedestrians.
「不要物を廃棄するための適切な設備が欠落していることは、街を歩いて移動する人々にとって日々のイライラの種である」。このcityは「シティ地区」の意味ではなく、一般論だよね、小文字だから。内容は、平たく書けば「使いたいときに限ってゴミ箱がない、これってイライラしますよね」ということなのだけど、appropriate receptaclesとか、detritusとか……私の感覚では、この大仰な言葉遣い(下記参照)は、それ自体が何かを物語るような気がする。
http://dictionary.cambridge.org/define.asp?key=65962&dict=CALD
FORMAL
a container used for storing or putting objects in
http://dictionary.cambridge.org/define.asp?key=21284&dict=CALD
FORMAL
waste material or rubbish, especially that left after a particular event
続くパラグラフでは:
However, the security concerns that resulted in the removal of rubbish bins from busy public areas have abated with the development of the bomb-proof bin.
「しかしながら、ゴミ箱の撤去という結果をもたらした治安上の懸念が、爆弾に耐えるゴミ箱の開発によって、おさえられた」。これも「必要以上に大袈裟」な印象があるけど、私はふだんタイムズを読まないので「大袈裟」という個人的な感覚が当たってるのかどうかはイマイチわからない。
でもマーケティングの世界とかでこういう「大袈裟」調はあるよね。日本でいうと何にでも「待望の」をつけるとか、「絶賛」をつけるとかいう感じで。あと映画の宣伝で「全米が泣いた」みたいなのとか。
記事は以下、そのthe bomb-proof binの説明。いわく、「この新型ゴミ箱は『ブラスト・インテリジェント・テクノロジー』を採用し、爆発物の熱を吸収し、爆発物の破片(あるいはネイルボムの場合は破片ではなく仕込まれているネイルのことを指すが)が飛散することを防ぐよう設計されている。さらにまた、外観も斬新なこのゴミ箱は、単に(街と人々を)守り(ゴミを)集めるだけでなく、通行人に最新情報を提供する。LCDスクリーンが搭載され、最新ニュースや交通情報を流し続けるのだ」。なんだこのプレスリリースのコピペは。
……ここらへん、やはり意図としては、「冗談のような本当のニュース」のライティングだと思うのだけど、違うかなあ。
記事はその後、「街路や鉄道のホームなど公共の場所にゴミを捨てる設備がないことを、多くの人が不満に思っていた」と続き(ここから話がずれる)、「イングランドの田舎を守る会 (the Campaign to Protect Rural England)」(確かキツネ狩り禁止のときにいろいろなニュースに出てきましたけど、なぜこのコンテクストで……)のビル・ブライソン会長が、ゴミ箱がないからどこにでもゴミをポイ捨てするようになったのだ、という意見を……うむ、Wiredのブライアンさんがまとめたときに参照したのはここかー。ここはブライソン会長の「意見」であって、「事実」として扱うのはどうかというところじゃなかろうか。
で、記事でビル・ブライソン会長が言っているのは必ずしも「ロンドンの街」の状況ではない――この新型のハイテクなゴミ箱は(シティ地区の)街路に導入されることになっているのだが、ブライソン会長は「駅」の話をしている。駅と街路は管轄が違う。タイムズの記者がなぜこの人のコメントをここに入れたのか、ちょっと論理的に変。そもそも何でこの人のコメントなのか?
ちなみにブライソン会長は、「鉄道駅でゴミ箱はどこかと訊くとそのへんに置いといてください、あとで清掃しますからと言われる。こういうふうだからこれでいいのだと思ってしまうのだ」として、特にキングズクロスのような駅では安全上の懸念ということは不思議ではないが、「ゴミ箱を設置しない口実としてテロの懸念ということが持ち出される傾向が強まっている」と述べている。
これはひとつの意見として記事に紹介されているものだけれども、記事の地の文もその線に沿って、「ゴミ箱の撤去と安全上の懸念」のつながりを説明していく。ここで、「1993年にIRAの爆弾が爆発して1人を殺し40人以上を負傷させた金融街(シティ)」が出てくる。
1993年でシティのボムで1人死亡というと、ビショップスゲートだ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Bishopsgate_bombing
意味がわからない。ビショップスゲートはゴミ箱爆弾じゃなくてトラック爆弾だったんだけどなあ。
IRAがゴミ箱に入れてた爆弾はあったし、それが原因でゴミ箱が撤去されたのは事実だけど、それを語るのにビショップスゲートは……うーむ、かなり変な感じがする。ビショップスゲートはCCTV網 (ring of steel) があってもなおあれだけ大規模なトラックボムが可能だったという話で、ゴミ箱の有無とは関係ない。
ちなみに、ビショップスゲートの前年、1992年のバルティック・エクスチェンジもトラック爆弾:
http://en.wikipedia.org/wiki/Baltic_Exchange#Bombing_of_the_exchange_building
ビショップスゲートの3年後、停戦破りのドックランズもトラック爆弾:
http://en.wikipedia.org/wiki/1996_Docklands_bombing
マンチェスターもそういう系統の、車両を利用した爆弾:
http://en.wikipedia.org/wiki/1996_Manchester_bombing
80年代のハロッズもカーボムだし、1998年のオマーもカーボム。
ただ、負傷者が何人か出るような規模の爆発で、設置場所に「トイレの中」とか「ゴミ箱」とかいうのもあったのは事実。改めて見返すとぞっとするようなリストがあるので、それをご参照のほど。(いやぁ、実際毎日どこかで何かあった時期だけど、こういうリストにされると印象としての「スゴさ」が違う。)
http://chrisell.blogspot.com/2005/07/ira-for-historically-challenged.html
閑話休題。タイムズの記事に戻ると、記事の少し後のほうで次のように書かれている。
The City removed bins during the 1980s at the height of the IRA bombings because explosive devices were regularly left inside them.
つまり「1980年代のIRA爆弾キャンペーンの最盛期に、ゴミ箱には頻繁に爆発物が仕掛けられたので、シティはゴミ箱を撤去してしまった」。じゃあ1993年のビショップスゲートのトラック爆弾とか、持ち出してくるなよ。
さらに、これはシティ(<行政区名、というか何というか)の話で、ビル・ブライソン会長の意見にある「鉄道駅」とかは関係ない。それから、鉄道駅の例として、2005年7月にあの事件の4人のロンドンでの起点となったキングズクロス(ここは80年代の大火災の場所でもあるが)がブライソン会長の話に出てくるけれど、2005年7月のような形の爆破は、恐ろしいことに、ゴミ箱があろうがなかろうが関係ない――ビショップスゲートがトラック爆弾だったのと同様だ。(だからこそ、「テロの脅威」を理由にしたゴミ箱の撤去はナンセンスだ、という意見の記事なら話はわかるのだが……。)
……という具合に、元のタイムズの記事の段階で、かなりグダグダというか、まあ読み流せばいい記事ですね。
なお、タイムズの記事では、「件のハイテクなゴミ箱を導入するのはロンドンが最初。数百個単位で、来年シティ地区に設置される」との説明に続き、ゴミ箱の開発について、詳しいことが書かれている。
They have been developed by Media Metrica, a British company that is in discussions to have them placed throughout Wall Street. The company is also approaching other financial centres throughout the world, such as Dubai.
Brian James, its chief operating officer, said that the company would approach Transport for London to explore whether the bins could be placed on Tube platforms.
つまり、ゴミ箱を開発したのは英国企業のMedia Martica社。ニューヨークのウォール街やドバイのような金融中枢地にもセールス中で、COOのブライアン・ジェイムズさんは、地下鉄のホームにいかがですかということでロンドン交通局とも話をしたいとの考え。
要するに、「テロを警戒するあまりゴミ箱が消えた街路」に商機が転がっているということで新製品を開発した売出し中のスタートアップがありますよ、って話だよね。
Mr James said that the units, which weigh one tonne, had been rigorously tested by being blown up in the New Mexico desert over five years.
COOの話では、「ニューメキシコの砂漠で5年に渡って爆破耐久力の試験を重ねてきた」。ということは、2003年ごろから試験をしてきたということか。このゴミ箱は、爆発の衝撃波を緩和し、鋼鉄製なので熱や破片(またはネイル)を吸収できる。
側面のパネルにニュースを流すというアイデアは、「シティに設置する」→「金融マンが通る」→「最新の経済ニュースにニーズがある」という判断から来たみたい。帰宅の時間帯には株価情報じゃなくて交通情報を流すとか、緊急時には緊急情報を流すとか、まるで日本人のような細かい発想。(笑)
しかしこれ、英国(に限らないけど)のマスコミが、「日本」について「何か日本らしいおもしろいネタ」として最も好む「無駄にハイテクな何か」(例えば山手線の中のテレビ画面とか、ウォシュレットとか)のような物体だよね。記事の添付写真は、子供がそのゴミ箱のスクリーンを触っているもので、LCDスクリーンには最新の経済ニュースが表示されている。(映画『Children of Men』の世界ですがな……。)
DVDが最近出たので、近いうちに見よう、この映画。
![]() | ぜんぶ、フィデルのせい ニナ・ケルヴェル, ジュリー・ドパルデュー, ステファノ・アコルシ, ジュリー・ガヴラス ギャガ・コミュニケーションズ 2008-10-03 by G-Tools |
※この記事は
2008年11月04日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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