kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年10月21日

政治的暴力と平和/和平のあいだに 2

The Consultative Group on the Past (CGP) の最終報告書がもうすぐ出るようだが、その内容が小出しでメディアに出されている――つまり、かなりの賛否両論になるだろう、という予測があるので、少し助走期間みたいなのを設けている、ということだと思うが。

Murders reinvestigation proposed
Page last updated at 06:58 GMT, Monday, 20 October 2008 07:58 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7679293.stm

CGPについては、今年の1月に少し書いている
CGPというのは北アイルランドの過去(=紛争)の残したものに対処するにはどのような方法がベストであるかについて、プロテスタント側ともカトリック側とも話し合うために設立された、政府から独立した立場のグループである。座長はロビン・イームズ(アングリカンの全アイルランド大主教・アーマー教区アーチビショップを1986年から2006年までつとめた)とデニス・ブラドレー(デリーの地域社会で活動してきた元司祭、元NI警察監視委員会の副議長で、Provisional IRAと英国政府との極秘の交渉の橋渡し役で1972年1月30日の目撃者)のふたりで、メンバーはフィンランドの元大統領と南アフリカの「真実と和解委員会」の創設に関わった弁護士というふたりの外国人を含む8人で、全体では10人で構成されている。今年の8月に勧告をまとめた報告書を出すことになっており、北アイルランドの各武装組織(政治的暴力の行使者)、政治的暴力の被害者組織を含め、多くの人たちと話をすることになっているほか、サイトで人々の意見を受け付けている。
http://www.cgpni.org/

文中の「フィンランドの元大統領」は、言うまでもなく、今年のノーベル平和賞をうけるマルッティ・アハティサーリである。まあ、アハティサーリはいわば特別顧問的な位置づけだと思うが(実際に聞き取り調査などを行なっているわけではない)。

で、BBC記事(上掲)を一読しても、これが非常に微妙なものだということはすぐにわかる。記事の書き方はBBCらしく淡々としているが。

BBC記事の大まかな内容は、CGPがこれから出す最終報告書において、すべての殺人事件を再調査する独立委員会を、活動期間を5年間と定めて、創設することが勧告される、ということだ。そして、微妙なのは、その「再調査」なのだが――

If prosecutions are not possible, the police, army and paramilitary organisations will be asked to provide details about their roles.

「起訴が可能でない場合には」と書き出されているこのパラグラフを読めば、「起訴が可能でない場合」は例外なのだろう、と考えるのが自然だろう。

そしてその次のパラグラフにはこうあるのだ。
Any information given would not be used for prosecutions.

「提出された情報は、起訴のために用いられることはない」。

……読むべき行間が多すぎる。

北アイルランド紛争での政治的動機による殺人事件については「起訴が通常だが、起訴できない場合は……」なんてふうにいかない。むしろ、「北アイルランド紛争」における「政治的暴力」について、起訴が可能である場合などあるのか、という。つまり、起訴は不可能ではないが、可能になっている例はとても少ないし、そもそもグッドフライデー合意以前の事件についてはどうなるのか、という。

BBC記事によると、CGPが勧告しているこの「独立調査委員会」は、現在HET (the Historical Enquiries Team) が行なっている作業と、現在警察オンブズマンが行なっている作業(「紛争」において、治安当局とパラミリタリーの連携があったことが疑われる殺人事件についての調査・捜査)を行う機関である。起訴の可能性がまったくないケースにおいては、「独立調査委員会」は被害者遺族に対し、何が起きたかの詳細を知りたいかどうかを尋ね、遺族の合意が得られれば、犯行を行なった集団(パラミリタリー組織、警察、軍)に詳細の提供を求める。そして、委員会と会うことを承諾した者は、情報を明らかにすることを条件に、法的に免責される。(そしてこれは、"a general amnesty" ではない、のだそうだ。NIでは、またNIのような「紛争転換」ないし「紛争解決」ではこれが何の意味を持つのか、というのは、簡単に書けることではないのだけど。)

というわけで、つまり、遺族側は、「犯人」がわかっても、法的にどうすることもできないのではないか、という――民事で損害賠償、という線はあるかもしれないけれども。(オマー爆弾事件のように。)

それでも、「何が起きたのか」は明らかにされなければならない。

でもそれは、あまりにも残酷だ。

ベルファスト・テレグラフが早速、2つの事件の被害者家族に取材している。

1件は、1988年に、IRAが警官を射殺した事件。

Troubles commission: Proposal a slap in the face for families, says victim's son
Tuesday, 21 October 2008
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/politics/troubles-commission-proposal-a-slap-in-the-face-for-families-says-victimrsquos-son-14008839.html

北アイルランド警察のジョン・ラーマーさんは、店主が休暇中の1週間だけ、兄弟が経営しているアイスクリーム屋の店番をしていたときに、アイスクリーム屋でIRAのガンマンに射殺された。息子のギャヴィン・ラーマーさんが13歳のときだった。

この事件は現在、HETによって再調査されている。警察オンブズマンは、今年、北アイルランド警察によるラーマー射殺事件の捜査は不十分なものだったとの結論を出している。

警官が殺された事件で、警察が不完全な捜査しかしていないということは(以下、憶測なのでカット……)。

今回のCGPの方針について、ギャヴィンさんは次のようにコメントしている。
"It is an absolute disgrace that they are proposing to grant immunity to terrorists in exchange for information that will never get to court," said Mr Larmour's son Gavin.

He added: "It has been a complete waste of money if this is the best they can come up with. To me, this is saying that paramilitary related murders are not as serious as other murders.

"Everyone should be entitled to some sort of justice. How can you have any sort of justice if people are allowed to commit murder, admit it and then go free? This would definitely not help to bring me closure."

「法廷に行き着くこともない情報と交換でテロリストに免責特権を与えることを提案するなんて、まったくひどい。CGPが考えることができた方策でこれがベストであるというなら、(CGPの運営の費用は)まったくの浪費だった。私にとっては、これは、パラミリタリーに関連した殺人は、そうでない殺人ほど深刻なものでない、と言っているようなものだ。誰もが何らかのかたちで正義を得られるのが当然なのに、殺人をおかし、それを認めて、そして訴えられることもないなんて、これでどのように正義が得られるというのだろう。こんなことでは父の死を終わりにすることはできない」


そして彼は、「テロリストがその過去の犯罪を栄光に満ちたものと位置付けることができるようになる」という懸念を示す。
"It is a slap in the face. Those responsible would be able to glorify what the did. It is just an opportunity for them to brag about it. They can brag about it under the pretence of remorse."

代表者が口先でSorryと言いながら、実は武勇伝を語る、ということは、これまでもあったことだ。だからこそギャヴィンさんはこう言うのだろう。

でも――いやな言葉だ――、免責特権をエサにしなければ、彼らは口を開かないだろう。かといって、免責特権をエサにしさえすれば口を開くか、というとそれも微妙だ。

もう1件は、5年前に、UVFが起こした射殺事件。わずか5年前、というか、グッドフライデー合意から5年後のことだ。

Troubles commission: Heartbroken father fears killers could be rewarded
Tuesday, 21 October 2008
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/politics/troubles-commission-heartbroken-father-fears-killers-could-be-rewarded-14008840.html

ジョン・アレンさんの息子で、同じくジョンという名前の男性は、2003年11月、バリークレアにある兄弟のフラットで、頭と脚を撃たれて殺された。殺害されたジョンさんは、UVFのメンバーが関連する法廷で証人として出廷したために証人保護スキームで守られている人物の友人で、つまり、その友人に証言を促すか何か、重要な役割を果たしたのだろう。(記事にはそうは書かれていないけれど、そう合理的に考えられる。)

ジョンさんの殺害後、10人が警察の尋問を受けたが、誰も起訴されていない。

お父さんは、「まだ今の段階では、自分がどう感じているかもよくわからない」と述べた上で、「情報と引換に免責特権を得るというのは、新たなかたちのインフォーマーではないのか? テロ行為をはたらいて、それを認め、訴えられることもないということになるのか?」とコメントしている。

そして、「ジョンが生き返ることはないのだが、加害者が起訴され法廷に出されれば、私は前進することができていたかもしれない。けれども加害者は今でもバリークレアを自由に歩いている、そんな状況では前進することはできない」と述べ、「私は前進したいと思っている。だから、誰かが自分がやったと認めてくれれば、それが私にとって助けになる」と言いつつ、「ただしそれが、何らかの見返りのためであってはならない。本当に悪かったという気持ちで自分がやりましたと言ってくれれば、私はそれを受け入れることができるだろうけれども、見返りがあるから、というのは違う。私は自分で加害者と対面してもよいと思っている。恨みを抱き続けていたくない。自分から悪かった、と言ってきてくれれば、それでいくらか終わりにできるはずだ」と語っている。

加害者と被害者の「対話」の取り組みは、GFA以降、何度か行なわれている。何度かはこのブログ(旧URLも含む)で書いている。過去記事は……自分であとで検索してURLでも貼っておきます。気が向いたら。



ベルテレの記事がBBCより詳しい。読むべき行間がある程度埋められている感じ。

Troubles body offers immunity
By Brian Rowan
Monday, 20 October 2008
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/politics/troubles-body-offers-immunity-14008369.html

Under the new proposals, there will be a five-year commission to investigate murders – headed by an independent international commissioner.

The British and Irish Governments would appoint that commissioner with the agreement of the Executive and there will be an Investigations Unit and an Information Recovery Unit.

The plan is for the Investigations Unit to take over the work of the current Historical Enquiries Team and the legacy cases that are dealt with by the Police Ombudsman's office.

Today's proposals mean the Eames-Bradley Group has decided not to have "a full amnesty".

"Prosecution is the first route," a source commented.

But if prosecution is not possible - then with the agreement of families cases can go to the Information Recovery Unit.

But if prosecution is not possible - then with the agreement of families cases can go to the Information Recovery Unit.




アハティサーリといえば、こんな記事がありました。17日付。

すべての紛争は解決可能=ノーベル平和賞のアハティサーリ氏
10月17日20時29分配信 時事通信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081017-00000166-jij-int
 【ロンドン17日時事】今年のノーベル平和賞の受賞が決まったアハティサーリ前フィンランド大統領は17日、ロンドン市内で記者会見し、ナミビアやコソボなど自らが仲介者としてかかわった紛争の事例に触れた上で、「世界中のすべての紛争は(対話を通じて)解決が可能だ」と述べ、紛争解決や平和構築への努力を怠らないよう国際社会に訴えた。
 アハティサーリ氏は「(争いを終わらせるのは困難という)言い訳は誰からも受け入れられない。力を有する者(各国指導者)は、一丸となれば常に解決策を導くことができる」と指摘。……


ここでアハティサーリが「解決」と言っているのは、武力行使の停止、ということでしょう。そうじゃなければ、自身がかかわってきた「北アイルランド紛争」の「解決 resolution」がこうなっていることを見ながら「解決が可能」と言えるとは私には思えない。

「紛争解決」とは何なのか、ということが短い記事の中で語られず、「紛争解決」という言葉だけがひとりで歩いているようなこういう記事には、非常に微妙な気持ちを抱かざるをえません、正直。それが「悪い」というのではないけれども、とにかく微妙です。

また、同じ会見で、アハティサーリ(自身がNGOをやっている)は、「紛争解決で官民が協力し合うことの重要性」を説いたそうですが、英国はまさにアフガニスタンでそれをしていて、そのbloodyな結果が伝えられている――「英国のNGO」や「英国の慈善組織(charityとして登録されているもの)」の人が、「標的」になっている。巻き添えとかではなく、明確に、銃口を向けられて射殺されている(直近のケースでは、タリバンは「宗教」を理由に射殺を正当化していますが……このケースについてはもう少し詳しく記事などを調べてから)。「官民の協力」といった言葉で語ることができるほど、事態は単純ではないはずだし、おそらく字数制限がきつい時事通信の記事でそういう単純な言葉で表されているものは、実際にはもう少し違う表現で語られていたのではないかとは思います。アハティサーリのこの会見については、もう少し詳しいのを探してみる必要があるかもしれないですね。余裕があればやります。

※この記事は

2008年10月21日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 11:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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