
9月26日付け、AFP BBの記事で、「不人気の英ブラウン首相の秘密兵器も『サラ』」(「サラ」という「秘密兵器」が流行っているのか、と思ったら米共和党のサラ・ペイリンね。この人のことは私は「そのペイリンじゃなくてあのペイリン」としてしか認識してないからわからなかった←リンク先はモンティ・パイソン好きは必見です。ふはははは。Nobody expects ...!):
http://www.afpbb.com/article/politics/2521714/3375625
原文はこれ(一致する記述が多いことから判断):
Embattled Brown unveils secret weapon - his wife
http://afp.google.com/article/ALeqM5gjMVqcTZ3aCs77DYAxjlaVKHuhyA
日本語記事でお茶ふいたところ、1箇所目:
壇上でブラウン首相を紹介し、夫に口づけするサラ夫人の様子を、メディアは覇気のないブラウン首相に「口移しで人工呼吸」と好意的に報じた。
単に日本語で見ても、どうしたらそれが「好意的」なことに思えるのか、私にはまったくわかりません。「人工呼吸」をされないとならんほど弱っている、ということでしょ。
# 自民党の総裁選挙の前に、駅売店にあったゲンダイか何かの見出しで、「ボンボン対マダム」みたいなのがあったのだけど、小池百合子についてゲンダイが「マダム」と書いたときに、小池百合子が「あら嬉しい、品格があって凛としていると誉められたわ」と思うか、という話だと思う。
というわけで原文を見たんですよ。すると……
AFP英語記事より:
She drew rapturous applause this week when, introducing her husband at a make-or-break speech to the Labour Party, she embraced him in what newspapers dubbed a media-friendly "kiss of life" for notoriously buttoned-down Brown.
あー、これは誤訳だ。それも非常にややこしい誤訳。これは、余計なものを取り払って「事実」を書く文に直すと:
She drew rapturous applause this week when, introducing her husband at a make-or-break speech to the Labour Party, she embraced him and gave him a kiss.
であって、サラ・ブラウンがrapturous applauseを得たのは、労働党の党大会の会場内でのこと。つまり、「夫がまさに決定的なスピーチをしようというとき、彼女は会場に夫を紹介し、夫を抱擁しキスをして、満場の拍手喝采を浴びた」。ここでいったん話は終わっていて、メディアがどうのこうのというのは「拍手喝采」とは関係ない。しかしAFP BBの日本語記事を書いた人は、「メディアが拍手喝采をした」と解釈している。
これは、直接的にはサーカズムが読みとれないこと(つまり、「英国のメディアがブラウンをどう扱っているか」を知らないこと)に起因しているが、丁寧に英文の構造を見ればメディアがrapturous applauseをしているわけではないということは読み取れるし、それが読み取れないと「翻訳」という作業はちょっときついんじゃないのかなあ。。。こういうのは、行間とか背景を読まなくてもいい種類の文章(機械のマニュアルとか、法律の文書とか)ではないから。
まあ、ともあれ、「あの党首じゃダメじゃん」論が高まる一方の労働党の党大会での党首演説の演出として、いかなる形でも選挙で選ばれていない人物に頼って「党の結束を強調」せざるを得なかったゴードン・ブラウンに対し、メディアは「口移しで人工呼吸 kiss of life」って書いた、ということです。サラ・ブラウンがいたからこそ、そこで「満場のブーイング」とか「会場がしーんとする」とかいうことがなかった、という解釈が前提なわけで、ものすごいイヤミ。で、AFPはそれを間接的に伝えるという形で、そのイヤミを増幅している。(笑)
結局、今回の党大会での見所は、デイヴィッド・ミリバンドがいかに目立たないようにしているかということしかなくて(彼が「次」を狙っていることは「周知の事実」であり、今このタイミングで彼がバリバリという印象を与えると「ブラウンの労働党はもうダメ」を労働党自ら宣言していることになる、という馬鹿馬鹿しい状態。ほんと、報道を読む気にもならない)、実際に目立たなかったんだけど、「ミリバンドは目立ちませんでした」じゃあ新聞記事にも見出しにもならないから、サラ・ブラウンが出てきて夫と熱いキス、みたいなどうでもいい話(「政治」や「政策」とは関係ない話)で盛り上げようという……いかにもサラ・ブラウン(PR業界の人)の考えそうなことだけど、いやぁ、まだ日本の「ボンボン対マダム」のほうがましだわ。
次のお茶ふきポイント:
ニューヨークでは自身が共催するチャリティディナーで、米共和党の副大統領候補、サラ・ペイリン(Sarah Palin)アラスカ(Alaska)州知事とも会い、2人のサラが並んだ2ショット写真がメディアに流れた。
「2ショット写真」という言葉が出てくる時点で、「翻訳」とは思えないんだけど、原文:
After that surprise appearance the couple travelled on to New York for the UN General Assembly -- where she was pictured with US Republican vice-presidential hopeful Sarah Palin at a charity dinner which she co-hosted.
「2人のサラ」という見方(これがAFP BBの見出しの根本にある)すら、日本語版オリジナルらしい。それはそれでありだと思いますけど、何というか……。サラ・ペイリン(米共和党)のほうはそもそも副大統領候補でしょ、「副」大統領という訳語にとらわれて「補佐役」という受け取り方をされがちかもしれないけど、vice presidentは「補佐役」ではないし、女性であり、名が同じであるというだけで、選挙で選ばれたわけではなく政治的なオーソリティなど何もない「首相の夫人」と並べて扱うようなことは、タブロイドならやるかもしれないという程度のことであって、何というか……。
まだあるんだな、お茶ふきポイントが:
中道左派のガーディアン(Guardian)紙のコメンテーター、ゾーイ・ウィリアムズ(Zoe Williams)氏は、「サラ夫人はブラウン首相にとって驚異的な財産」と絶賛している。
「サラ夫人は、ブラウン氏を人間らしく見せ、笑顔も本物らしくみせる。また、われわれにブラウン首相を見た目よりも有能だと印象づけ、信頼できると確信させる。なぜなら、彼女自身が信頼しているからだ」
(何よりまず、日本語がもう少し整理されたほうがよいかと思いますが。)
ガーディアンについて「中道左派」云々というのは、説明のために必要があって補っているのだと思いますが、はっきりと「労働党支持のスタンスの新聞」であることが伝わればいいんですけどね。
ゾーイ・ウィリアムズの記事はこれかな。
Sarah Brown: a woman we can identify with
http://www.guardian.co.uk/lifeandstyle/2008/sep/25/women.gordonbrown
In an age when a right-thinking feminist would shrink from calling any female person an asset to any other sort of person, I have to admit: Sarah Brown is a phenomenal asset to Gordon. She makes him seem human; she makes his smile seem real; she makes you feel there is more to him than meets the eye; she makes you trust him, because she does. If only Cole Porter were alive, he'd write a song about her. She's the top.
まともな思考力のあるフェミニストならば、ある女性が誰かの財産であるなどという言説はとらない時代だが、私はこう言わざるをえない――サラ・ブラウンはゴードンにとってすばらしい財産である。サラがいるからゴードンが人間らしく見える。サラがいるからゴードンの微笑みは作り笑いには見えない。サラがいるからあなたはゴードンには外見からわかる以上の何かがあると感じる。サラがいるからあなたはゴードンを信頼する。彼女が信頼する人なのだから、という理由で。コール・ポーターが存命であれば、サラについての曲を書いただろう。彼女はとにかく最高だ。
……これは、確かにサラ・ブラウンに対する「絶賛」かもしれないけど、っていうかゴードン・ブラウンの立場がないじゃん、これ。(ということは、記事の最後の一文を見てもわかるのだけど。)
ゾーイ・ウィリアムズは――私はこの人の書くものはあまり読まないのだけど(彼女が扱うテーマが私には関心がないので)、読んだ限りで把握している範囲では、そんなにイヤミを書くほうではないと思う。だからこれはイヤミではないのだろうと前提して、ウィリアムズの記事を読み進めると、いまだに「ブレアとブラウンの違い」の話をしてる。終わってる……。
確かにシェリー・ブレアはおもしろかったです、はい。パレスチナについて「私が彼らの境遇にあったら私だって」と発言してイスラエル・ロビー方面から言論的に一斉射撃を食らったり、「欧州から戻ったばかりでポンドの硬貨の持ち合わせがなかった上に、駅の窓口が閉まっていたので切符を買えなかった」(<ありがち)ことで「キセルして」ペナルティ・フェアを払わされるはめになったり。でもそういうことをいちいちニュースとして報道していたのはメディアでしょ。
で、「ブレアとブラウンの違い」の話のあとは、非常に粗雑な、「ブラウンと保守党キャメロンの違い」、というかサラ・ブラウンとサマンサ・キャメロンの違いの話。どちらもPR会社でばりばり仕事しているけれど、サラ・ブラウンは組合とかNew StatesmanとかのPRをしてて、サマンサ・キャメロンとは違うんですよ、って、終わってる……むしろ、始まってもいない。
もう一箇所、AFP BBから:
一方、過去のサラ夫人の公式発言から判断すると、夫人は大まじめな顔で冗談を言うタイプらしい。
原文:
Her few public comments so far suggest she also has a dry sense of humour.
この「真顔ジョーク」の実例として、芸能人であるカーラ・ブルーニ(フランス大統領の現在の夫人)の服装と自分の服装が比較されたことについて、「相手はスーパーモデルでしょ、どうしたって勝ち目はないわ」とコメントした、ということが引き合いに出されている。(「公式発言」っていう日本語は気になるなあ。このpublicは「公の場での」であっても何らオーソリティはないから。)
これは、本人がジョークを披露してニヤニヤするということではなく、イヤミなどを言われたときにさらっと受け流せる(サラだけに……すいませんすいません)ということだ。そういうのもsense of humourとしてカウントされる、というのは、英国を語るときに案外見過ごされているかもしれない。これを読んで気付いた。
で、AFP記事には
政治評論家らは、サラ夫人の登場は、無味乾燥で堅物なイメージが有権者の間で不評をかっているブラウン首相の人間的な側面に光をあて、ブラウン首相を苦境から救出す可能性があるとみている。
Commentators say Sarah Brown, 44, could help stop the rot by highlighting a more human side to Brown, whose dry, intellectual style turns many voters off.
とあるのだけど、日本語ではcould help stopがイマイチなことは措いておくことにして、この「政治評論家ら Commentators」って誰だよ。(^^;) (何か言わなければならないからとりあえず何かを言った、という可能性を除外して、真面目にそんな話をしているとすれば、ガーディアンやNS周辺の「何としても保守党は阻止すべし」論者か、持ち上げているふりをして後から刺すデイリー・メイルとかそのへんかな。)
この線でいくと、ノッティングヒルで自転車をそのへんに停めておいたら盗まれた保守党党首は、もっと「人間的」で、それゆえ有権者にアピールすることになるよね。いずれにせよ終わってるわ、これ。
そういえば、米大統領候補者選挙前にヒラリー・クリントンが涙ぐんだときに、「驚異の新事実発覚!彼女も人間だった(ロボットじゃなくて)」というブログか何かのヘッドラインを見てお茶ふいたことがあるなあ。でもダメだったよね。
なお、AFPの記事は、日本語版ではカットされている部分がかなり多いので、「労働党は今」に関心がおありの方は、英文記事に目を通しておかれるとよいと思います。
ついでにいうと、英メディアは全体的に労働党党大会はスルーのムードで(単にタイミングの問題で、リーマンショックやAIGの件でのbail-out planについて、そして英国ではHBOSのロイズTBSによる買収と不動産価格の下落という経済ニュースがあったのが大きいと思いますが)、どちらかというと保守党の党大会(次の週末)への注目度が高いはずです。まだ行なわれていないことについて「高い」と言いきることはできないにしても。
労働党については、党大会よりもその直前にあったルース・ケリーの件でのスペキュレーションが盛んです。(これはAFPの英文記事でも少し触れられていますが。)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/7637824.stm
The announcement of Ms Kelly's resignation, early on Wednesday morning, drew attention from Prime Minister Gordon Brown's conference speech the previous day.
The transport secretary said she was leaving the cabinet to spend more time with her young family.
But there was speculation over alleged unhappiness at Mr Brown's leadership.
...
Asked whether she thought the prime minister would use the opportunity to edge out ministers who had been close to predecessor Tony Blair, Ms Kelly said: "I hope that doesn't happen. I don't think he will."
She urged the party not to drift to the left, as the electoral consequences would be "severe".
※この記事は
2008年09月26日
にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。
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