「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

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2008年09月21日

「1998年8月15日、GCHQはオマーに車が向かっているのを把握していた」――9月15日、BBC Panorama

あまりのことに「うはー」と思っているうちに1週間経過してしまう。以下はしばらく日数かけて断片的にかいたものです。だからまとまりはないと思います。




9月15日、BBCのPanoramaで、オマー爆弾事件についての新事実が明かされた。放送から1週間は、英国内からの接続ならBBCのiPlayerなどで番組が見られるから、見られる環境にある人で関心がある人はぜひ。下記URLにもエンベッドされています。(UK外からの接続だと、Sorry, this media is not available in your territory. と表示されて、再生されません。)
http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/panorama/7611300.stm

どういうことかというと……先日、IMCが「IRAは事実上解体しています」という内容の報告書(第19次)を出して、さあ、これで北アイルランドの政治が動くわ、お茶飲んでる場合じゃないわねっ、と身構えていたのだが、何かいろいろとあって何も動かないという例のパターンにはまりこんでいて、すっかり冷めてしまったお茶をいただいていたら、お茶ふき系ニュースが飛び込んできたということだ。

「お茶ふき」と言ってもいつもの「爆笑ニュース」ではない。単にびっくりするというか、「はぁぁぁぁ?」という話だ。まったく、10年と1ヶ月も経過して、今さら何でこんなの出てくんの。

つまり、1998年8月15日、土曜日の午後の地方都市の商店街で炸裂し、29人と胎児2人を殺し、数百人を負傷させた爆発物を積んだ車が現場に向かっていくのを、英当局は把握していたのではないか、というのが、2008年9月15日のBBCのPanoramaの内容だ。

「英当局」といっても、警察ではないしMI5でもない。GCHQだ。よりによってGCHQ、もうほんと、うはぁ……それが今まで明らかにされていなかった(秘密にしていた、という言い方をしてもよいかもしれない)ということなんだけど。

GCHQとはGovernment Communications Headquartersのことで、日本語では「政府通信本部」と呼ばれるが、要するに、通信傍受・暗号解読のプロフェッショナル集団(元々は「エニグマ」のブレッチリー・パーク)である。しかも首相直属。オマー爆弾は1998年だから、首相はトニー・ブレア、側近というかNI担当の参謀がジョナサン・パウエル。パウエルは今年「暴露本」を出したが、こんなことは書かれていないんだろうな(まだ買ってない。というかこの5000円近くもする本、買って読む意味があるのかどうか、ますます疑問になってきた)。パウエル本に書かれてたら、今このタイミングで「ニュース」にならないもん。

というか、お茶ふきどころの話ではない。正直、吐きそうなのだが。

この件を知ったのは、Panoramaの放送前日の14日だ。BBC Newsに次の記事が出ていた。

GCHQ 'monitored Omagh bomb calls'
Page last updated at 10:28 GMT, Sunday, 14 September 2008 11:28 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/7606834.stm

上記記事にはPanoramaの番組を3分にまとめたクリップがついている。で、このクリップを見て記事を読んでも、よくわからない。あまりに「え?」なのでわからないというか、クリップの最後で「オマー爆弾で犠牲になった人たちの家族は、GCHQがモニタリングしていたということを知らなかった。BBCのPanoramaの記者がそれを告げた」とあり、もう腹が立つやら脱力するやら。

テロの被害者の家族が、10年もずっと真相究明を求めて活動しているのに(今もそれが続いている)、首相官邸と英政府は大元で栓しめたままで、口では「暴力はいけません」とか「(あなたがたの)戦争はもう終わりなのです」とかいうのをやってたわけでしょ。知っていたのに。爆弾を積んだ車がオマーに向かうのを知っていたのに。GCHQが把握していたのに。

これでもまだ、パブリック・インクワイアリを拒否するか、これでパブリック・インクワイアリが拒否できなくなるか、どちらだ。可能性としては、前者だ。なぜなら、Real IRAは継続中の問題だから。→と書いた翌日に、首相じきじきに調査の指示というニュースが来たけど、Slugger O'Tooleによると「パブリック」なインクワイアリじゃないんだよね。

確かにProvisional IRAは終わった。彼らは事実上、終わった集団ということになった。でも1997年から98年にかけて和平合意に反対してPIRAから分派したReal IRAは、つまりオマー爆弾の「犯行グループ」は、まだ全然終わっていない。
でも、「IRA」つまり「主流派のリパブリカン」は絶賛解散中かもしれないが、「非主流派リパブリカン dissident Republicans」と呼ばれる武装集団は絶賛活動中で、しかも彼らが能力的に使いこなせる爆発物類はハンパじゃない。こないだだってセムテックスが出てきたじゃん。今どきまだ「武装闘争至上主義」をとっているようなリパブリカンが――私は彼らは、ジェリー・アダムズがいつまでも例の件を否認し続けている/認めようとしていないことについての反発から、つまり「彼がそれを認めないのはリパブリカン・ムーヴメントを辱めるものだ」という感情から、ポーズとしてああいうことをしているのではないかとほんとうは思いたかったのだけれども、残念ながらそんな甘いもんじゃないようだ――、そういう極めてエフェクティヴな材料が入手可能な環境にあるということは、……変な比較論に走りそうなのでここで切るけれども、とにかく、かなり深刻なことだ。

※いまだ書きかけ。とりあえずPanoramaを見られる環境にある人は、見られるうちに。

※この記事は

2008年09月21日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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