kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年09月02日

ウェンブリー・スタジアムの収容人数とサッカーの黒歴史の関係

しばらく前にメールでいただいたご質問への回答をエントリにします。

いただいたご質問の内容(文面は抜本的に書き換えてあります):
林信吾著『ロングパス』という本のp.13に、「(ウェンブリースタジアムの)公称の収容人員は7万2千人だが、本当は8万席あるのだそうだ」とあるのですが、これは本当ですか? 1923年のウェンブリーのこけら落しでは、12万人がつめかけたという話も聞きました。結局どういうことなのかがわかりません。何かご存知ですか?

……ウェンブリーは2003年から建替工事が始められ、今のは二代目で初代とはキャパが違う。ということで、まずは林さんが言及しておられるのが立替前のスタジアムなのかその後のスタジアムなのかによって答えが違ってくるので、まずは何年に書かれた本なのかを確認せねばならない。

私は林さんのその本を読んだことがないし(英国事情系の本の何冊かは拝読しているけれど)、もちろん手元にもないので、とりあえずamazonで確認してみると、2000年に出た本だということが確認できる。
4104384011ロングパス―サッカー誕生から英国プレミアリーグまで
林 信吾
新潮社 2000-07

by G-Tools


2000年に出た本ということは、言及されているのは、「取り壊される前のウェンブリー」ということだ。これがわかれば調べものはできる。

ってなわけでWikipediaに直行……。
http://en.wikipedia.org/wiki/Wembley_Stadium_(1923)

キャパについては、右側のスタジアム概要の一覧表に、
Capacity  82,000 (originally 127,000)

とある。つまり、「元々は127,000人だったが、最終的には(取り壊されたときには)82,000人だった」という意味だ。(ちなみに、新築されたウェンブリー・スタジアムのキャパは90,000人である。)

※このくらいは英語ができる・できないにかかわりなくすぐに確認できると思うんで、「スタジアムのキャパ」とか「面積」とかいったことはとりあえず英語版のウィキペディアで確認。これが一番早いっすよ。そういう「誰でも確認ができる数値的なこと」はウィキペディアであっても信頼性に疑問符ということはないので。

127,000→82,000だから、45,000人の減少だ。ちょっとしたスタジアム1つ分減っているような感じ。なぜこんなに減っているかというと、それには、80年代欧州サッカーの黒歴史が絡んでいる。

かつて、スタジアムの観客席は、一部を除いて、座席の椅子がない形(スタンディング)だった。それが原因のひとつとなって、サッカー観戦で観客が死ぬという事件が起きた。1985年のベルギー、ブリュッセルでの「ヘイゼルの悲劇」(リヴァプール対ユヴェントスの試合でサポが暴れ、スタジアムが崩れて39人圧死)、1989年、イングランドでの「ヒルズボロ(ヒルズバラ)の悲劇」(リヴァプール対ノッティンガム・フォレストの試合で96人が圧死)などだ。

ヒルズボロのほうの説明:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%9C%E3%83%AD%E3%81%AE%E6%82%B2%E5%8A%87
試合が始まって僅か6分後に主審が試合の中断を命じた。その時スタンドでは観客が立見席に押し寄せ混乱状態に陥っていた。結果として、人波やフェンスに圧迫され96人が圧死、負傷者200人以上を出す大惨事となった。


こういった悲惨な出来事を受けて、1989年8月に「テイラー・レポート」という形で公的な勧告がなされ、FAやFIFAなど当局もレギュレーションを改め、イングランドなどではスタジアムは現在のような「全部座席あり」に切り替えられるようになった。

現在、イングランドのプレミアリーグに入る条件のひとつに「観客席は全部座席、立見席なし」というのがあるのだが、これが義務化されたのが1994-95シーズンだ。
http://en.wikipedia.org/wiki/All-seater_stadium

このため、90年代前半にいずれのスタジアムもキャパが減少している。例えばアーセナルは、このときに観客席を一部撤廃しているので(一番「熱い」席を取り壊した)、73,000→38,419と大幅ダウンしている。
http://en.wikipedia.org/wiki/Arsenal_Stadium

つまり、イングランドにおいて、有名なスタジアムの収容人数が1990年ごろを境に激減していることは事実であり、その前の数値と食い違っている場合、それは筆者の勘違いや記述ミス、引用ミス、元にした資料の誤りなどではないと考えるのが妥当である。

次に、旧ウェンブリー・スタジアムのこけら落とし(1923年)についてだが、このときにスタジアムに詰め掛けた人の数は、「12万人」なんてものではなかった(私としてはその説がどこから出たのかが気になる)。再度、英語版ウィキペディアを参照しよう。
The first event held at the stadium was the FA Cup final on 28 April 1923 between Bolton Wanderers and West Ham United. ... Such was the eagerness of fans and casual observers to attend the final at the new national stadium that vast numbers of people crammed through the 104 turnstiles into the stadium, far exceeding its official 127,000 capacity. The crowds overflowed onto the pitch as there was no room on the terraces. Estimates of the number of fans in attendance range from 240,000 to well over 300,000.

というわけで、入場口のゲートを突破した人の数があまりに多すぎて観客席(テラス、つまりスタンディング席)におさまらず、ピッチ上にまで観客があふれていた、12万7千人ははるかに超えていた、ということだ。こんな状態で公式の数字があるわけもなく、観客数の推計は240,000から300,000以上と非常に幅がある。

(何であれ、特別の場合に詰め掛けた尋常ではない観客の数と、ふだんの試合の観客数を比較すること自体に無理があるのだが。)

なお、林信吾さんが『ロングパス』で言及されているウェンブリーでのイベントが何だったのかがわからないのだが(本そのものが参照できないため)、本来82,000のキャパのウェンブリーが、そのイベントではキャパを72,000にしていた(そのときの「公称のキャパ」が72,000だった)という可能性は、十二分にある。つまり、スタジアムとしては80,000以上の能力はあるが、この試合(大会?)ではチケットの販売枚数を72,000にした、という可能性だ。

そこで考えてみると……2000年に出た本ということは、ひょっとしてアーセナルのCL(欧州チャンピオンズリーグ)の試合かなあ。当時のアーセナルのスタジアム(ハイベリー)はキャパが40,000弱とかで、CLの観客を全部は収容できないということで、イングランド代表のホームであるウェンブリーを「仮のホーム」にしていた時期が、90年代終わりにあるはずだ。

アーセナル(以下、「うち」)のことならもうちょっと調べましょう。(笑)

ウィキペディアだけで調べられるのだが、うちがCLでウェンブリーを「仮ホーム」にしてたのは、98-99シーズン、99-00シーズン。うはぁ、トップ・スコアラーがアネルカだ。ほかのプレイヤーは、イアン・ライトとか……いや、この調べものではそれはどうでもいいので、リンクだけしといて自重。ポニーテールは振り向かない。(2007年のアイスマン引退試合でお蝶婦人もしくはオスカル様になって帰ってきたけど。)(ウィ、そっちのポニーテールですよ。ひげのほうじゃなくて。)

1998-99シーズンでは(スコアラーにSukerの名前があるので遠い目になる)、同組の顔ぶれは、ディナモ・キエフ(ウクライナ)、ランス(フランス)、パナシナイコス(ギリシア)。
http://en.wikipedia.org/wiki/UEFA_Champions_League_1998%E2%80%9399

1999-2000シーズンでは、同組の顔ぶれは、バルサ(スペイン)、フィオレンティーナ(イタリア)、AIK(スウェーデン)。
http://en.wikipedia.org/wiki/UEFA_Champions_League_1999%E2%80%932000

で、CLの地理的な範囲はロシア、ウクライナからポルトガルまで(つまりUEFAの範囲内)で、発券・発送にもいろいろとかかわってくる幅がある。その上に、ウェンブリーはそもそもクラブチームのスタジアムではない。発券枚数をキャパより少なめにしておくという「トラブル対策」はありそうだなあ。あと、構造上の問題……。

と思ったときに頼りになるのが、Arsewebさんだ。
http://www.arseweb.com/98-99/champsleague.html
15/09/98 concerns over Wembley ticket allocations

It appears that the club's promise to season ticket holders over the allocation of tickets at Wembley is not being honoured. The club said that they intended to reserve the best 20000 seats at Wembley for the 20000 seaosn ticket (and bond) holders ("after allowing for UEFA requirements") and yet some season ticket holders have been sent tickets that offer a restricted view. We have heard from 2 season ticket holders, one of whom has been sent tickets with "restricted view" written on them, and the other has been sent tickets with "pillar in view". This is very poor show. The club have been informed and it remains to be seen what they will do about it.

When we first heard about this we wondered if it was down to Wembley's strange ticketing policy (sometimes the cheaper seats for England games seem to offer a better view), but even Wembley tend not to rate "pillar in view" as a positive feature!

シーズンチケットを持ってる人の扱いについては、何とも生々しい話。

ともあれ、注目できるのは、"pillar in view" の件。これは「この席だとピッチの一部が柱で隠れます」ということで、こう書かれたチケットを受け取った人たちがウェンブリーにがんがん問い合わせたらしい。すると1週間ほど後……
21/09/98 more good ticket news

We've now heard that the people with restricted view tickets (see 15/09 below) have been told by the box office that there's no way they should have been given those tickets, and they will be replaced. So the message is clear - if you're not happy with your Wembley tickets get on to the club about it.

つまり、問い合わせた人にはウェンブリーのボックスオフィスから「チケットを交換します」という返事があった、とのこと。じゃあその pillar in view な席はどうなったんだろう。

林さんの本に書かれているイベントが「98-99でのCLのうちの試合」だとしたら(この仮定が間違っていたら意味ないかもしんないけど)、座席数がふだんより少ないのはこれが原因、という可能性はないですかね。CLは代表戦とはまた違うし(ウェンブリーは基本的にはイングランド代表のスタジアムで、クラブのスタジアムではない)。

(私はほんとに背景を知らないので、的外れなことを書いていたらコメント欄でご指摘ください。むろん、「アーセナルの試合じゃないよ」ということでも。)

あと、90年代末だとフーリガンがまだ微妙な時期だよね(フーリガン対策が「完成」したのは2002年の日&韓でのワールドカップだったはず)。観客全員を現場でチェックできる最大限の人数がスタジアムのキャパより10,000人程度少ない人数だった、とかいうことはないかなあ……。

ちなみに、今のウェンブリーはサッカーでは通常90,000人収容で、他の競技や音楽コンサートではキャパが変わる。
http://www.wembleystadium.com/pressbox/presspack/factsandFigures.htm
http://en.wikipedia.org/wiki/Wembley_Stadium

※この記事は

2008年09月02日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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