kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年08月10日

無題、あるいは歴史の皮肉

filler:
グルジアについてのUKメディア(とIHT)の記事でこれはと思ったものは、はてなブックマークにクリップしています。Georgiaというタグをつけています。よろしければご参照ください。
http://b.hatena.ne.jp/nofrills/Georgia/

本文:
「続き」でどうぞ。
last.fmで以前ちょろっとプロフィールを見て「やっぱ旧共産圏の人ってけっこう趣味合いそうでいて、え、そこかよっていう微妙なところでズレることがあっておもしろいな」と思った人が、グルジアの人だったんじゃないかという気がしてきて非常に落ち着かない。プロフを見ただけで何の言葉も交わしていないし、性別も年齢も覚えちゃいないのだが、同じ音楽を聴いているような人がああいう状況の中にいるかもしれない、と思うだけでもうダメだ。気持ちが悪い。ネット上の投稿自由なページ(新聞社のサイトとかでもコメント欄はふつうについている)ではロシアの人が何人も「ロシア軍はオセチアの人々を守っていたのに攻撃されたのだ」ということを書いている。アメリカ人が「グルジア応援してるよ、早く終わることを祈ります」みたいなことを書いている(もう戦争なんだかオリンピックなんだかわかりゃしない)。

昨日のガーディアン分析記事でガーディアンの取材に応じて事態を説明していたIWPRのオランダ系の名前の人は、今日のガーディアンのComment is Freeで一本の記事を書いている。「いずれにせよサーカシビリは砲火の下にさらされることになる一般市民のことは考えていない。そこにはオセット人もグルジア人もいるのに」という内容の記述がある。その行間。
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/aug/10/georgia.russia

対するロシアのプーチンは――大統領から首相になったとはいえ、事実上のロシアの「ツァー」はプーチンだ――、かつてグロズヌイを瓦礫の山にした「偉大なる指導者」だ。早速南オセチアを訪れたそうだ。ロシア軍の士気は高まっているだろう。その姿を見るだけでハイになれる男、それがプーチン。You are the perfect drug.

なぜこんなニュースを、8月に、1945年に広島と長崎が最新の兵器で瓦礫の山にされた時期に、読まねばならない? しかもあの中国のあの北京では五輪が開催されているのに? アメリカ人が金メダルを取って殿はご満悦だというのに?

ベルファスト・テレグラフの、この記事のコメント欄から:
South Ossetia wasn't Georgian territory! It united with Russian Empire by it's own many senturies ago!


「何世紀も前から、ロシア帝国と連合していた」というコメントが、こんなにも無邪気に、ベルファスト・テレグラフ(というかUKのインディペンデントだろうか)に書き込まれている皮肉。

99% of Ossetins are wanting for liberty, but Georgia don't wan't to lose that piese of territory


コメント欄とはいえ、ベルテレでここまで書かれてると、笑えてくる。「アルスターの大多数は(ローマ教会からの)自由を望み、英国との連合の維持を望んでいる! 南の領土の主張など無効である!」

Web2.0ってステキだ。さまざまな刺激に満ちている。そして私は疲れた。

そろそろ非常にやばくなってきているらしいアブハジアの北、国境を越えてあまり行かないところにある黒海沿岸の都市、ソチは、次のだっけ?冬季オリンピックの会場だ。

そういえば冬季五輪はサラエボでも行なわれたんだっけね。私が「サラエボ」という場所の名前を知ったのは五輪でだった。

あれやこれや、サラエボと重なる。代替医療の怪しいおっさんに化けていたカラジッチは、ハーグに送られた。今ごろは国際法の本と首っ引きで、自身の弁護策を考えていることだろう。

ブッシュは北京でご満悦である。

※この記事は

2008年08月10日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 23:36 | Comment(0) | TrackBack(0) | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼