「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2008年08月10日

「女王に対する忠誠の宣誓」の撤廃動議、英下院646人中22人の賛成で大騒ぎ、火元は……

英国では(正確を期すために「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国では」と書くべきかな、それとも「イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドから成るいわゆる連合王国では」とすべき?)、国会議員や警官や軍人や帰化して英国籍を取得する人は、"the oath of allegiance" をしなければならないことになっています。

"oath" は「誓い」、"allegiance" は「忠誠」です。そしてこの「忠誠」は、「英国への忠誠」、形としては「英国の国家元首への忠誠」です。

帰化する人の言うべき「誓い」の言葉が、ホームオフィスのサイトに掲載されています。
http://www.ukba.homeoffice.gov.uk/britishcitizenship/applying/ceremony/
Oath of allegiance

I (name) swear by Almighty God that on becoming a British citizen, I will be faithful and bear true allegiance to Her Majesty Queen Elizabeth the Second, her Heirs and Successors, according to law.

人によっては by Almighty God は口にできないだろうから(無神論者とか、旧約聖書系でない宗教の信者とか)、その場合に代替となる「確約」の文言も用意されています。
Affirmation of allegiance

I (name) do solemnly, sincerely and truly declare and affirm that on becoming a British citizen, I will be faithful and bear true allegiance to Her Majesty Queen Elizabeth the Second, her Heirs and Successors, according to law.


どちらにしても、「私は英国市民となるにあたり、法に従って、エリザベス二世女王陛下とその位を受け継ぐ方々に対し、忠誠を貫くことを誓います」という意味。

a nice cup of tea北アイルランドについていろいろ調べたりしてると、この「誓い」にはいろいろと思うところがあったりするんですが、このニュースには鼻からお茶をふきました。たまたまGoogle Newsで見つけたウェールズ・オンラインの記事。

Rebel MPs seek new oath
Aug 9 2008 by Tomos Livingstone, Western Mail
http://www.walesonline.co.uk/news/politics-news/2008/08/09/rebel-mps-seek-new-oath-91466-21501333/

THE oath of allegiance to the Queen should be scrapped and MPs required to pledge to serve their constituents instead, according to a cross-party group.

MPs and AMs have to swear an oath to the monarch, and although several have raised objections to the system in the past, there has never been a mainstream campaign for change.

Now a group of 22 MPs, including Newport West's Paul Flynn and Gower MP Martin Caton, have signed a Commons motion calling for the oath to be reformed.

But traditionalists, including former Tory party chairman Lord Tebbit, said the campaign was "an attack on the State".

Lord Tebbit said he thought the MPs would "rather be swearing allegiance to Brussels".

超党派の議員のグループが、英庶民院議員は女王への中世の誓いを廃止し、選挙民に仕えることを誓うべきである、と主張している。

MP (= member of Parliament: 庶民院議員) と AM (= Assembly Member: ウェールズ自治議会議員) は、王室への忠誠を誓わなければならない。過去においてその制度への異論が唱えられたこともあったが、制度変更を求める大きな動きになったことはこれまでにはない。

しかし現在、ニューポート・ウエスト選挙区のポール・フリン議員やガウアー選挙区のマーティン・ケイトン議員を含む22人の庶民院議員が、誓いについての改革を求める庶民院動議に署名している。

しかるに、保守党で幹事長(<たぶん。確認怠りますがchairman)を務めたことのあるテビット卿ら伝統主義者は、この運動は「国家への攻撃」である、と言う。テビット卿は、(改革運動をしている)議員たちは「ブリュッセル(EU本部)に忠誠を誓う」つもりだろうかとも述べている。

定数646の議会で、たかが22人の署名しか得ていない動議(しかもEarly Day Motion、つまり朝イチに出される動議で、元々本気で通すつもりがないものが多い)で、何でこんなに話がでっかくなるのやら。

「英国よりEUがいいってんだろ」的なことを口にしたというノーマン・テビットといえば「ガチ保守」の代名詞。サッチャー政権で閣僚を務めていたときに遭遇した1984年のブライトン爆弾テロ事件 (Provisional IRAの「武装闘争」の一部) で、自身は重傷を負い、夫人が下半身不随にされていて、「国家への攻撃」にとても敏感な保守党の重鎮です。
http://en.wikipedia.org/wiki/Norman_Tebbit

この記事を見た時点では私はふいたお茶を拭き取るのに忙しく、この人が出てくるということは「その筋」が工作活動に動いているのかな、などということには思い至らないわけですが、Google Newsに掲示されていた順番で、間にスコットランドの先走りの記事をはさんで(ヘイミッシュ・マクドネルさんといういかにも「スコットランド人」らしいお名前の記者さんが書いた、「もしも庶民院で誓いが廃止されたら」という記事。いくらなんでも走りすぎ)、ガーディアンのMichael White記者のブログを見て、お茶ふくのも忘れて大爆笑。

Removing the oath of allegiance to the Queen would just be window dressing
August 8, 2008 8:41 AM
http://blogs.guardian.co.uk/politics/2008/08/michael_whites_political_blog_219.html

As regular reader(s) may well have spotted I love quarrelling with the Daily Mail, many of whose vices I have been enjoying first thing in the morning for decades.
いつも読んでくださっている方々にはおわかりだろうが、私はデイリー・メイルとケンカするのが大好きである。私はメイルの吐き散らす毒を朝一番で楽しんで何十年だ。

Scaremongering and gossip, smouldering snobbery and double standards, sensational distortions, misogynistic sex, all done to a highly professional standard. Lashings of self-pity too. Oh yes, and some very good stories. The paper's quintessential headline would be "Harriet Harman Blamed for EU Cancer Threat to Children".
恐怖を煽るだけの記事に、ゴシップ、鬱屈した上から目線とダブルスタンダード、センセーショナルな歪曲、女なんてものはこうだろうという決め付けに基づいたセックス、そういったものが、職業的に見て非常に高い水準で行なわれている。自己憐憫も抜かりない。ああそうだ、それからいくつかはとてもよい記事もある。いかにもメイルらしい見出しといえば、「悪いのはハリエット・ハーマン(労働党の政治家) EUの癌の脅威にさらされる子供たち」といった感じだろうか。

ここで頭が痛くなるまで笑ったあとに(「デイリー・ヘイト・メイル」についてのこんなに的確で執拗な描写は職人芸だ)、何でこんなのが「女王への忠誠の誓いは廃止せよという庶民院のEarly Day Motion」の関連記事に出ているのだろう、と一瞬考え、そして……わかった、おおごとになっている火元はデイリー・メイルか、と納得し、そして今度は一口だけお茶を口に含んで、こころおきなくぶーーっとやって、ああ、カタルシス。(笑)

この記事によると、「本日のメイル」の中身は:
- テビット卿(ああ見えてそれほど悪い人ではない、のだそうで)
- 不動産価格下落ネタ(あなたは丸損している!みたいなの。建物の古さがマイナス査定にはならない英国では買った家は経年で価格が上昇するのがスタンダードなのだけど、昨今の不景気……)
- 「行方不明のマデリーンちゃんに100件の目撃情報」(ご家族の味方のふりをして、心の傷口に塩を塗るようなことをよくやるよな)
- 「MI5が "EU版CIA" に加わることを余儀なくされる」(ありえない)
……などなど。

ひゃひゃひゃひゃ、あたまいてー。(涙目) これは俗に "Comic" と呼ばれるだけあって、飽きません。英国人にはマンガはいらぬ、デイリー・メイルがあればよい、あーこりゃこりゃ、なんて都都逸が口をついて出てくるほど。

ガーディアンの記者ブログは、これだけくだらないものを並べた挙句、ようやく本題に入ります。
Because today's jolliest yarn, certain to run elsewhere because it is the August silly season, is leading the edition: "MPs want to ditch oath to the Queen." What? Yes, the swine. What the paper calls a coalition of Labour, Lib Dems and one Tory MP - I hereby name and shame him as Peter Bottomley! - want to create an alternative parliamentary oath to the existing pledge "to be faithful and bear true allegiance to Her Majesty Queen Elizabeth, her heirs and successors..."
8月でたいしたニュースはないからほかでも取り上げるだろうけれども、今日のメイルの白眉はこれだ――「議員、女王への忠誠の廃止を望む」。は? そう、例のムカムカするあれだ。メイルいわく、「労働党とLibDemsと保守党議員1人の連合」が――なお、この恥ずべき保守党議員とはピーター・ボトムリーだ、名前をさらしておく――、現在の「エリザベス二世陛下ならびにその後継者たる方々への心からの忠誠を……」という宣誓に代わる、議員の宣誓を作りたいと考えているのだ。


つまり、646人のうちのたかが22人が賛成の署名をしただけの動議(普通ならメディアではまったく無視されるだけだ)が、あちこちで記事のネタになっているのは、メイルが大騒ぎしたから!

誰も洟もひっかけないようなEarly Day Motionについて、重鎮中の重鎮、ノーマン・テビットまで出てきたのは、メイルだから!

というわけで、メイルを見てみましたよ。

Now MPs want to ditch 500-year oath of allegiance to the Queen
By James Chapman
Last updated at 4:17 PM on 08th August 2008
http://www.dailymail.co.uk/news/article-1042737/Now-MPs-want-ditch-500-year-oath-allegiance-Queen.html
A group of MPs are campaigning to scrap their traditional oath of allegiance to the Queen, the Mail can reveal.

... 22 MPs from all three main parties say their 'principal duty' should be to represent the people who voted for them - not the monarch.


火元確定。(^^;) そもそも、国会議事録見れば誰でも確認できるようなことで、the Mail can revealとか言ってるんだから、愉快ですわね、おほほほ。

記事末尾には「女王に叛旗をひるがえす許すべからざる反逆者ども」的に、動議に賛成した議員の名前のリストがあります。これは印刷された紙面ではもっと「晒し者」っぽかったに違いない。

あと、囲み記事で箇条書きで「誓いの歴史」ってのがあって、それは上記URLで画像で見られますが、「始まったのは15世紀と考えられる」とか、「19世紀末に当選した無神論者が誓いを拒否して4度にわたって議席を取り上げられた」とか、およそ近代民主主義国家らしからぬことを誇らしげに書き立てています。あと、トニー・ベン(労働党)が誓いの文言の前に「献身的な共和主義者(王制廃止論者)として」という一節を付け加えていたとか。(これは「おもしろいこぼれ話」としてかなり有名。)

で、こんな記事読まなくてもいいんだけど、何となく目をやったところに見逃せない文字列を見たので、コピペ。
And Mr Bottomley, MP for Worthing West, said he believed a majority would vote for reform if given the chance.

'The Government should say, "Let's have a debate, hear the arguments and see if there's a majority against changing the oath",' he said. 'I don't think there would be.' Glasgow North's Labour MP Ann McKechin, a republican, said the alternative oath would enable the likes of Gerry Adams and Martin McGuinness, the abstentionist Sinn Fein MPs, to take their seats in the House of Commons.

いやぁ、ウェールズ・オンラインでこのことを知ったときに私が反射的に思ったのはまさにそれで、「女王への宣誓」がなくなったらシン・フェインやら共和主義シン・フェインやらIRSPやらの議会欠席主義はどうなるか、ってことだったんですが、まあ、ありえないことなので。(笑)

しかし、"the likes of Gerry Adams and Martin McGuinness" っていう言い方はないよね。

おそろしいのは、日本の一般メディアが「デイリー・メイルが報じた」を一般のニュースとして扱ってしまえるということを考えると、これが全国紙で、この動議が本気のものではないということは書かれずに「伝統に終止符?」みたいな冠をつけて「おもしろニュース」的に短く扱われ、それが一人歩きして「最近では英国でもほにゃらら」という「事実」として語られることになりはしないか、ということ。

「スコットランドとイングランドは対立している」とかいう70年代のスコットランド民族主義の延長線上でしか語れないようなことまで「最近」の「事実」として語られてるのが日本だから(それに合致する範囲でしか情報を入れないから、ますますその「事実」は固まっていく)。



どうでもいいおまけ:
ついでなので、ガーディアンのMichael White記者の職人芸をもう少し。
There is a long history to all this. Older reader(s) may remember that back in 1880 when Charles Bradlaugh, a tiresome kind of atheist, was ejected four times for refusing to take the oath because in those days he was required to swear by Almighty God. ...

……どんなに高齢の読者であっても、1880年の出来事を覚えている人はいないと思います。

なお、このCharles Bradlaughが、メイルの囲み記事に出てきていた「宣誓を拒否して議席を奪われた無神論者」です。これはまさに、「サーカズム」の好例。

ついでに、アイリッシュ・リパブリカンについての部分も。
Needless to say such tolerance only provokes the naughty boys at the back of the Labour classroom. Incorrigible rebels and republicans such as Dennis Skinner, John Prescott and the late Tony Banks mumble or cross their fingers as they take the oath, though they still take the Queen's shilling - just like Gerry Adams, who sticks to the whiskery Irish Republican tradition of not recognising the British Crown. Mind you, IRA/Sinn Fein types recognise the Queen's social security benefits. There's pragmatism for you.


なお、Michael Whiteの議論の着地点は、「あんな形式的なもの、変更しようがしまいが何も変わらない」ということです。動議を出したLibDemのノーマン・ベイカー議員については、「左派にとってのノーマン・テビットというべき人物で、ポピュリストで派手好み、権威にはノーと言い、ピューリタン的で、おもしろい人物ではあるが、一匹狼的なところがある」。そして、ベイカー議員のメイルでのコメント(「民主主義の問題なんです。選挙で選ばれてもいない者に誓いを立てるなどナンセンスです」)について、「情けなくて泣けてくる」と論評しています。あまりに薄っぺらい、英国というものをわかっていない、ということでしょう。Whiteの記事では、その部分が非常に興味深いです。



あと、上のほうで書き損ねましたが、イングランド国教会 (the Church of England) は首長が英国の(というかイングランドの)国家元首なので、ビショップとアーチビショップにはこの「誓い」をする義務があります。(「神の名において首長への忠誠を……」であって、「神への忠誠を……」ではのがアングリカンを少し複雑なものにしている。)



補足:
トラディショナリストの新聞で、デイリー・テレグラフ(これはメイルのようなタブロイドではないのだけれども、まあ通じるところはいろいろと):
Lord Tebbit attacks campaign to ditch MPs oath to Queen
http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/politics/2521505/Lord-Tebbit-attacks-campaign-to-ditch-MPs-oath-to-Queen.html

「サッチャー政権に対抗する労働党のGLC」という全体的な構図の中でかなり際立った存在で、後にMPになった「左翼」でなおかつ王制廃止論者だった政治家トニー・バンクス(2006年没)が「女王への忠誠の誓い」のときに指を交差して幸運を祈るしぐさをしていた場面の写真(心にもないことを言います、というしるし)が掲示されていますが、記事の中身はロード・テビットの言葉をそのまま書きつけたようなもので、たいしたことはありません。

問題は最後に下記のような一文があって、そのフォローも背景解説もないこと。(笑)
Elected MPs from the Irish republican party Sinn Fein have always rejected the historic oath and so are unable to take their seats in the Commons Chamber.


「できない」んじゃなくて「しない」んですってば。(私、「洗脳」されてるのかな? にやり)

※この記事は

2008年08月10日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 12:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む
▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼