kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年07月13日

英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展

turnerprize-entrance.jpg

会期終了間際だが、7月13日まで東京・六本木の森美術館で開催されている「英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展」に行ってきた。けっこう混雑していた。
http://www.mori.art.museum/jp/index.html
http://www.mori.art.museum/contents/history/index.html

13日(つまり今日)の夜10時まで(入館は夜9時半まで)だと思うので、見たい方は今日、とにかくダッシュで。私は夜7時前には美術館に入って、閉館までいたので、3時間くらい見てたんだな。でも同時開催で「ターナー賞」を見た人は追加入場料なしで見られる「MAMプロジェクト007:サスキア・オルドウォーバース」展は、「ターナー賞」会場に設置されていたヴィデオ・インスタレーション(かな?)を2分くらいしか見られなかった(→追記:しまった、事前に下調べをしていってオルドウォーバースを見るべきだった。「ビックリするほど良かった」そうです)。自分は通常、90点くらいの美術展で2〜3時間かかるのだが、「ターナー賞」はそんなに多く作品があったわけではないにせよ、ヴィデオ・インスタレーションが何点もあったので、その分より多く時間を必要としたらしい(あと、けっこう混んでたのも一因)。1点1点がまるで違うし、あんまりフォーマルな「お芸術」ではないので、3時間いても、さほど疲れはしなかった。

入り口で音声ガイドを無料で貸し出している。これは借りるといいと思う。ガイド音声がついているのは全作品中のほんの数点だけだが、これがあると「理解」は深まる。

展示室はおおまかに80年代、90年代、00年代と分かれており、それぞれの年代の入り口のところに全体的傾向などを説明した解説文があるほか、それぞれの年度の最終候補の映像が出てくるディスプレイがある。(実際、受賞作よりこっちのほうがいいじゃん、みたいなのもあったりするのだが。)

これまでのターナー賞の受賞作家と受賞作、最終候補は、ウィキペディアにまとまっている。もちろん、テイトのサイトにも。
http://en.wikipedia.org/wiki/List_of_Turner_Prize_winners_and_nominees
http://www.tate.org.uk/britain/turnerprize/history/artists.htm

poster-small.jpg今回の展覧会は、この賞(1984年創設)の歴代受賞者の作品で構成されている。ターナー賞受賞作もあれば、受賞後の作品もある。人によっては受賞前の作品が出されている。(森美術館のサイトではそこらへんがよくわからなかったのだが。)だから、「ターナー賞の歴史」というより、「ターナー賞受賞者の歴史」と考えたほうがよさそうだ。

で、入るときに、前の人についていったら「出口」から入ってしまったので、一巡目に時代を逆行して見ることになったのだけど、それもおもしろかったような気がする。出口前の最後の展示スペースで、「ターナー賞のこれまで」をまとめたビデオ素材が上映されていて(音声英語のみで字幕なし、しかもスピーカーの音量が小さく、よほど前のほうに行かないとはっきりとは聞こえないので、マドンナの例の「罵倒」も入ってるけど、伝わらないんじゃないのかなあ)、「テレビで中継される芸術賞」としてのターナー賞の、ある意味ポップカルチャー、ある意味毎年恒例のお祭りとしての側面を見て、まあこれはこれで、みたいな気分というか何というか。

でもなるべく、「出口から」という邪道なことをせず、入り口から順に見ていこう。

最初の展示は、「ターナー賞」の名称の由来となったジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーの、"Waves Breaking on a Shore" という小さな作品である。c. 1835-40(1835年から40年ごろ)というこの作品は、ターナーばかり(あるいは同時代の絵画)を展示した空間では埋もれてしまうかもしれないが(ネットで検索しても画像が出てこないほどの小品)、これだけが最初にぽーんと置かれていると、不思議とインパクトが強い。「英国のアートは実は革新的」という主張がなされるときに必ず言及されるのがターナーなのだが、その後に続かなかったとかいうのは、この際忘れたほうがいい(ラファエル前派の「14世紀回帰主義」とか、社会主義者であるウィリアム・モリスの「生活の中の美」とか、後期ラファエル前派の「象徴主義、唯美主義」とかあるにはあったんだけど、方向性が違うから。)

第一の展示室は80年代(ターナー賞は1984年に創設されているのでその前はない)。この展示室は、何と言うか、昔『美術手帖』とかで見ていた「最先端のアート」そのもので、私の世代の者は「なつかしい」という気分にならざるを得ないだろう。リチャード・ロングとか、リチャード・ディーコンとか。実際、ロングの作品を初めて写真ではなく現物で見たときの感覚が、20年ぶりにまた蘇ってきたのは、予想外の収穫だった。「ああいうの」はすっかり「当たり前」になってると思ってたのに。

展示室の入り口の説明文に、次のようにあった。
Richard Deacon, Malcolm Morley, Howard Hodgkin, Gilbert and George, and Richard Long are short-listed. ...Each of the short-listed candidates for the first Turner Prize was in fact to go on to win in the subsquent years.

つまり、第一回のターナー賞の最終候補となった作家たちは、その後、ひとりまたひとりと受賞していくことになる。

第一回(1984年)の受賞者、Malcolm Morley(マルコム・モーリー)は――ターナー賞をとった作品、"Cradle of Civilisation with American Woman" が来ていたが、これはパリのポンピドー・センターにあるそうだ――、もろに「新表現主義」で、個人的には特におもしろさは感じなかった。実際、音声ガイドによると、当時米国在住でかなりの成功をおさめていた彼は、授賞式にも出席しなかったという。80年代の英国の「不毛」を思うと、涙さえ誘われる。そして私の脳内には、1997年のトニー・ブレアの、Britain deserves better. というキャッチフレーズが泡を立てて浮かび上がってくる。

第二回(1985年)はHoward Hodgkin(ハワード・ホジキン)が受賞。受賞作となった "A Small Thing But My Own" (1983-85) というこの作品は、NYCのブルックリンのDr and Mrs Rotmanのコレクションで、これもまた、特に「新しさ」はない(嫌いではない。むしろ好きだ)。当時でもそうだっただろう。額縁と絵の部分あわせてカラフルな絵の具を塗った上に黒を置き、最後に中央の「絵」の部分にオレンジと緑と青のアブストラクト、という小さな作品だ。側面は塗られていなかった。(この作品は音声ガイドなし。)デレク・ジャーマンの、気が狂うような「黒」を見たときの衝撃には遠く及ばないのだが、考えてみればDJと同時代の作品だ。

ホジキンはもう1点、大きな作品が出ていた。"Rain" (1984-85) で、Tateのコレクションだそうだ。これはoil on woodで、かなり好きだなあと思った。

第三回(1986年)はGilbert and George(ギルバート&ジョージ)が受賞していて(受賞作は "Coming" である)、彼らの作品 "Death after Life" は壁面いっぱいになるもので(印画紙を縦8枚、横22枚並べて構成された大作)、第二展示室に移動する途中にある。この作品については音声ガイドがあるのでそれを聞くとよいのではと思うが、端的にいえば「サッチャーのイギリス」の「割を食った方」、つまり若年失業者、有色人種、それからたぶんゲイの男性を描いている。別な言い方をすれば、映画、This is England(→私もちょっと書いているが、それよりブレイディみかこさんのブログがすばらしい)の時代のものだ。プレートには「大阪市立近代美術館建設準備室」の所蔵とあった。この作品には音声ガイドがついているが、時間が短いので少し言い足りてないような気がした。

ちなみに、1986年のターナー賞には、映画『カラヴァッジオ』の仕事で、デレク・ジャーマンが最終候補になっている。

1987年の受賞者、Richard Deacon(リチャード・ディーコン)の作品は、1989年の "Tear" と、1998年の "Eat Me" の2点。いずれも「製作途中のように見える立体作品」で、前者は世田谷美術館、後者は東京都現代美術館のコレクション。前にも見たことがあるような気がするのだが、「これ」を見たのか、「こういうの」を見たのかははっきりしない。ターナー賞を受賞したのは、"To My Face No.1" という作品だそうだが、それが来ているわけではない。この人の作品は英国の各地のパブリックな場で見られたりもする。
http://www.sculpture.org.uk/portfolio/RichardDeacon/

1988年の受賞者はTony Cragg(トニー・クラッグ)。愛知県のギャラリーHAMにあるという "Wedding" (1982) という作品と、豊田美術館にある "Terris Novalis" (1992) が来ているが、いずれもターナー賞受賞作ではない。

wedding.jpg"Wedding" はこの展覧会のポスターにもなっている作品で(右の図はポスターではなくヒルズの通路にあった扉)、白の洗剤のボトルと緑の洗剤のボトルを「カップル」に見立て、それぞれの形状をそこらへんに転がっているプラスチックの「ゴミ」を壁面に貼って表したもの。白のほうがかなりすさまじく、ハエタタキとかウチワの残骸とかレゴとかバドミントンの羽根とか、歯ブラシか何か、それから「森永ドライミルク」と刻印されたプラスチックの計量スプーンなどなど。緑のほうと共通するのが、ボトルのキャップ、密閉容器のフタ、使い捨てライターなどなど。「消費主義」というか「大量生産、大量消費」が題材だ。なんとも懐かしい「現代美術」――こういうのの真似事は私は大学時代に友人たちと酔っ払ってフザけてやってきたのだが、だからこそ「懐かしい」としか言いようがないのは、ひょっとしたら淋しいことなのかもしれない。なお、この作品、壁にどうやって貼り付けてあるのかと思ったら、英国で一般的な合成ゴムのパテみたいの(blu-tac. 日本では「ひっつき虫」として販売されていたようなもの)であるようにも見えたが、どうなのだろう。(もっとちゃんとしたパテだろうとは思うが。)

"Terris Novalis" (1992) は実際には存在しない鉄の機械で、細部がおもしろい。脚が獅子と鳥と偶蹄類の蹄、という感じ。これらの脚を見て、たまたま近くにいた3歳くらいの子が大喜びしていた。

1989年の受賞者はRichard Long(リチャード・ロング)で、私はこの人の作品の静謐な空間が非常に好きなのだが、作品は "Swiss Granite Ring" (1985), 広島市現代美術館所蔵。花崗岩を切ったものを円状に並べたもので、この人の作品は、基本的に「単に岩を並べたもの」であっても見飽きないのが不思議だ。ただしこれはターナー賞受賞作(White Water Line)ではない。

この時代、本当にNew British Sculptureが「アート界」を席巻していたのだなあ。Lucian Freudが最終候補どまりだった。

1990年は、スポンサーが撤退したために開催されなかった。そのまま「ターナー賞」はなくなるんじゃないのかとか言われてたんじゃなかったっけな。(記憶違いかも。)しかし翌1991年、新たにChannel 4(民放テレビ)がスポンサーについて、「ターナー賞」は現在の形式のものになり、80年代のような「一定の功績のある作家の表彰」的なものではなく、「若手の登竜門」的なものとなり、授賞式がテレビで中継されるなどして一気にポピュラー・カルチャーになっていく。展示室入り口の解説から:
The Turner Prize was re-established in 1991 with a new sponsor (Channel 4) and double the amount of the prize money. The prize took on its present format in which nominees have to be under 50 years of age ... [etc.]


で、90年代といえば後半はYBA (Young British Artists) の時代。個人的にYBAはほとんどおもしろいと思ったことがないのでうーむという気がしていたのだが、いくつかはおもしろかった。

90年代の展示室の最初は、1996年受賞者のDouglas Gordon(ダグラス・ゴードン)の映像作品(受賞作)。作品名は "Confessions of a Justified Sinner" (1995) といい、古い映画、『ジキルとハイド』のリミックスだ。能書きによると、人々が注視しなかったような細部に作家が注目した作品だというのだが、私は元の映画を知らないのでイマイチわからなかった。

追記:大事なことを書き忘れていた。ゴードンといえば映画、"Zidane, un portrait du XXIe siècle" です! この映画のトランス感覚はちょっとすごいというか、徹底した細部への目線がなぜか言語中枢を刺激するというわけのわからない体験をさせてもらいました。
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ジネディーヌ・ジダン
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次が1997年のGillian Wearingだ。これも映像作品で、警官をたくさん集めて集合写真の形式で並ばせ、60分間動かずにいるようにと言って、ただカメラを回しているだけ。これを60分見るほどの時間的な余裕は私にはなかったし(なんとも非お芸術的な。笑)、仮にそれがあったとしても、映像を一瞬見ただけで結論が見えるので(みんな細かく動くんだな、わけもなく笑う人がいたりするんだな、って)、全部は見ないだろう。アンディ・ウォーホルの『エンパイア』の30年以上後にこれかよ、ってな感じで、だからターナー賞はダメなんだってば(ターナー賞よりよほど「先鋭的」なものが、日常の中にある)と悪態をつきたくなる。実際、90年代後半の受賞作のつまらなさはどうしたもんだろう。「モダンアート」のクリシェじゃないか。それも2008年のクリシェではなく、90年代に既にクリシェだったものだ。(……という話を、2000年にロンドンでロンドナーとしたことがある。「ターナー賞は既にオーソリティだ」みたいな話。)

Wearingはもう1点、ブラとショーツだけの娘(20代)の髪をつかんで引きずり回す母親、という映像作品が展示されていたが、音声がついているのに何語なのかわからず、せっかんしている場面が抱擁しているように見える……それは逆回転で再生しているからだというのだけど、だから何? 個人個人が自宅のビデオデッキで名作映画を逆再生したりしたときに見ているようなものを、「アート」として位置付けることの意味がわからない。他人(アーティスト)の親子喧嘩に自分をrelateしろと? これもまた、1997年とは思えない「古さ」だ。なんか全体的に、作家が鑑賞者の「読み」を固定したいのだな、そしてそれが高く評価されるのだな、という気がしてきてやや息苦しい。90年代後半は、突き抜け感が足りない。そういえばこのころ、「サッチャー時代」にトドメを刺して英国はつまんなくなった、みなが「私を見て!」と叫んでいる、という会話をした記憶がある。音楽も96年、97年あたりには極端なマンネリズムに陥っていた。

次に展示室にあったのはAnthony Gormley(アントニー・ゴームリー)の作品で、彼は94年に "Testing a World View" という人をおちょくったような彫刻で受賞しているのだが、出展されていたのはそれではなく、いわき市立美術館が持っているLearning to See (1991), Immersion (1991) と、高岡市立美術館が持っている Compound III (1996) という作品。Immersionは、高さ2メートルに全然行かないくらいのコンクリートの直方体に作家の手形が刻印されていて、あとはcast iron(だと思う)。細部はたぶんとてもおもしろいのだろうけれど……。

追記:ゴームリーといえばこれ:
http://en.wikipedia.org/wiki/Angel_of_the_North
この人の彫刻は本質的にとてもおもしろいはずなんだけど、展示場所が……「部屋の角」は正直ありえないと思うんだよね、思い返すと。しかも大展示室と大展示室の間の通路みたいな場所、もったいない。(T T)

そして、今回の展覧会で一番おもしろかった作品、1991年に受賞したAnish Kappor(アニシュ・カプール)の "Void No.3" (1989) だ。カプールはアジア系で初めてターナー賞を受賞したアーティストで、ターナー賞20周年記念の一般投票で、「過去最もおもしろい作品を作ったアーティスト」に選ばれている。

今回来ていた作品は顔料とファイバーグラスで作られている、非常に深いインディゴ(黒に近い)の、直径1メートル20センチほどのお椀型の物体。この作品には人だかりができていて、遠目には何がそんなにスゴいんだろうと思われたのだが、自分で真正面に立ってわかった。突然、void(虚)が目の前に広がる。だから動けなくなるのだ。なぜこうなるのかはわからない。斜めから見ると全然普通なのに、正面から見ると変で、吸い込まれそうになる、という不思議な作品だった。作品は個人蔵で、名古屋市美術館寄託だそうだ。なお、カプールがターナー賞を受賞したのはこの作品ではなく、"Untitled" という作品なのだが、これもまた、吸い込み系だろう。なお、カプールについての音声ガイドがかなり充実していたのだが、作品に吸い込まれてしまって覚えていない。

この作品の次が大きな展示室になっていて、そこに今回の目玉、1995年受賞のDamian Hirst(デミアン・ハースト)の「ホルマリン漬けの牛@切断済」こと、"Mother and Child, Divided" がある。私はこのハーストという人の言葉が大嫌いで(あまりに薄っぺらい)、何も言わなければそこそこ好きかもしれないが、ぺらぺらと中身のないことをしゃべるので(そしてそれをメディアが取り上げるし、メディアが取り上げるとわかっていての薄っぺらい発言なので)作品まで嫌いになってしまった。しかしこの「牛」はやはりおもしろい。何がおもしろいって、子牛の方のは高さが1メートル30センチもないのでケースの上面を見下ろせるのだが、この上面のガラスについた水滴(?)が、人が側を通るときの床のわずかな振動に反応してかすかに揺れるのだ。それを知ることができただけでも満足だ。

ハーストからはもう1点、"Apotrytopanae" (1994) という絵画作品が出ている。これは「同じ色を二度は使わない」というルールでひたすらドットを配置しただけの作品で、ポップでキュートで、女子大生に人気の美容院の壁とかにあったらいいんじゃないの?って感じなのだが(<罵倒)、説明のプレートに in fact, the colours are arbitrary(色は思いつきである)みたいなことが書かれていて、完全に興をそがれた。ハーストの何が嫌いって、「ボクってほら、アーティストでしょ、だから……」っていうところなんだよね。9-11のあと、WTCのツインタワーが崩壊するのを見てきれいだと思ったとかいう平凡なことを語るのに、「ボクってほら、アーティストだから、ああいうのを見ると『美しい』と思ってしまうんだよね、ひどいよね、人間じゃないよね、でも許されるでしょ、ボクってほら、アーティストだから」みたいなことを言っていて(当時、ガーディアンで読んだはず)、心底嫌いになった次第。あと、展覧会のオープニング・パーティでゴミと吸殻を満載にした灰皿を、「作品」とか言ってみたりしてたこともあったな。「こういうの、一般の人がやったら笑われるけれど、ボクはアーティストだから評価されちゃうんだよね」的な薄っぺらい気取り、ああ、ムカムカする。あれさえなければいいのに(あれがウケるんだろうけど)。でも「牛」はおもしろいです。母牛のほうは切り分けられた身体の間を通り抜けられるので、通り抜けて見てみるといいかも。

で、「ホルマリン漬けの牛」については、世間の反応を含めて、ひとつの「アート」の「パフォーマンス」になっていたのだけど、その点の解説が薄かったのは残念。当時の新聞記事くらい壁面に貼っといてくれてもよさそうなのに。音声ガイドもあったけど、何を言っていたのか、光速で忘れました。

ハーストの「牛」の向こうにあるのが、1992年に受賞したGrenville Davey(グレンヴィル・デイヴィ)の "Dry Table" (1990) と "Sharp" (1992) で、前者はテイトの所蔵、後者は作家蔵。いずれも、彼がターナー賞を受賞した作品(HAL)ではありません。Dry Tableは、人の肩か胸くらいの高さのそら豆型の大きな物体で、「海水を煮詰めたものをこの中に入れて乾燥させるのです」という説明が与えられるのだが、いかにもそれらしく見えるように入念に作られた「ニセ道具」。"Sharp" は、すんません、特に何も感じなかった……。よくある抽象的な彫刻という印象しか。

デイヴィの向かい側の壁面にあるのが、KLFがけなしたことで知られる(笑)Rachel WhitereadのHouse (1993) の記録写真9点(モノクロ)。彼女はこの作品で1993年にターナー賞を受賞した(女性では初の受賞)。今回展示されている写真で見ると、原っぱにしか見えないところにぽつねんとある「長屋」の一部が不思議だ。

この作品については、ウィキペディア英語版にあるのだけれど、1993年にロンドン東部のGrove RoadとRoman Roadの角(→地図)にあったテラストハウス(解説のプレートでは「集合住宅」とあったけど、実際には「長屋」だ)の取り壊し作業中に、ぽつねんと取り残されていた1棟(というか1軒)だけを、内側からコンクリートで型を取って外側(つまり家の壁)を壊したもの。Artangel Trust and Beck'sのコミッションを受けて彼女が制作したのだそうだが、完成直後に house for black and white と落書きされ、それを消すと今度は wot for と落書きされ(その写真が展示されている)、それを消すと why not と書かれ……と音声ガイドでアーティスト自身が語っていたが、当時の「社会」を考えれば、そういう反応がないわけがない。ものすごく乱暴にまとめれば「住む家がなくて困ってる人がこんなにたくさんいるのに、アートとか言ってんじゃねぇよタコ」、「食えない、住めないアーティストがいるのに、住める家をコンクリで固めてお芸術してんじゃねぇ」。だからKLFは彼女に「ワースト・アーティスト賞」を与えた(それもまた、KLFの「アート」)。いやぁ、あのころの「アートスクールとか行ける中産階級への敵意」はほんとすさまじかった。(Blurが「デイモン・アルバーンはウケを狙ってコックニーのふりをしている」と叩かれたのも、彼らがアートスクールに通っていたからで、実際にはアルバーンはコックニー言語圏の出身だ。)

で、9点の写真の前に、オレンジ色というか琥珀色の半透明の物体が2点、床置きされているのだが、これはそれぞれ天井と床の型をポリウレタンゴムで取ったもので、天井は切ったら「ところてん」になりそうなほどのっぺりしていて特におもしろくもないのだが(人間が触れないし、見ることもあまりないし……雨漏りでもしてれば別だけど)、床は板目やら何やらが克明に浮かび上がっていて、アーティストの言う「住んでいた人々の記憶」というのがよく伝わってくる。展示の仕方ではこの作品が今回で一番よかったと思う。

その次が1999年に受賞したSteve McQueenの映像作品、"Deadpan" だ。(この年はトレイシー・エミンの「寝起きのベッド」がショートリストの最大の話題作だった。)私の後ろにいた人が「あの俳優と同姓同名だ」とつぶやいていたのだが、『大脱走』のスティーヴ・マックイーンはアメリカ人で白人、アーティストのスティーヴ・マックイーンはイギリス人で黒人である。ちなみに彼は今年、映画監督としても "Hunger" という作品でデビューし、カンヌで最優秀新人賞を取っている。映画の題材は、1980年から1981年のメイズ(ロングケッシュ)刑務所でのIRA囚人のダーティ・プロテストとハンストだ。抜粋をカンヌ関連のニュースで見たが、ちょっと私には全編を見られそうもないというか、ボビー・サンズという、存在そのものがIRAそのもの(極度に偶像化されていることと、彼の残した言葉の強烈さとによる)という人物の「身体」の提示の仕方が、あのハンストについて少し読んで知っている私には、かなりきつい。

ともあれ、彼のターナー賞受賞作は、バスター・キートンの映画『蒸気船』(→既にパブリック・ドメインに入っているので、インターネット・アーカイヴにあります。私もこれは見たことがないのであとで)の一場面を再現したもので、大変に危険な目にあいそうな状況で眉ひとつ動かさずに立っている男(マクイーン本人)をいろいろな角度からとらえた映像。倒れてくる壁(日本人にとってはむしろ「ドリフ」のセット)と、風圧で揺れる白いTシャツと、deadpanな顔をしたアーティストと……が繰り返されるので、どんどん細部に目がいくようになるという作品。見ているうちに、これは観客がdeadpanだとなおさら可笑しいな、と思ったら笑いがこみ上げてきました。(こういう作用を及ぼすのが「アート」、というのは非常によくわかる。)

door-ste-s.jpg次が1998年受賞者のChris Ofili(クリス・オフィリ)。彼は画面を「塗る」のではなく、無数の「点」で描いている。"No Woman No Cry" (1998: 右の画像はヒルズの通路にある扉のもの) は、涙を流すアフリカンの女性の絵にうっすらと "Rip Stephen Lawrence" の文字が浮かんでいて、女性の流す涙の一滴一滴中に、スティーブン・ローレンスの顔写真が貼り込まれている。背景には「ハート」がたくさん描かれていて、そのハートの下に人の顔(写真の切り抜き)がある。力強い絵だ。(スティーヴン・ローレンスは1993年4月にバス停で立っていたところを刺し殺された少年。犯人は結局捕まっていない、というか、逮捕された容疑者全員が証拠不十分で不起訴となった。オフィリの作品は容疑者不起訴のあとに描かれているもので、この作品の翌年、99年には「黒人が殺されても本気で動かない警察という組織」という実態があったことがインクワイアリで認められた。このことは音声ガイドでも触れられている。)

オフィリはナイジェリア系の英国人で、アフリカではいろいろな儀式に用いられる神聖な物体である「乾燥させたゾウの糞」を絵画に貼り付け、また、キャンバスの台座として使っている。今回の展覧会に出展されていたもう1枚の作品、"Double Captain Shit and the Legend of Black Stars" (1997) では、絵の台座になっているゾウの糞は、左右それぞれ2段重ねで、左側にCAPTAIN、右側にSHITと書かれているのだが、このSHITの下の段のに星型のスパンコールがついているのにお茶ふいた。キャンバスの中に戻ると、Captain Shitなる「ヒーロー」のベルトのバックルがゾウの糞で、彼(ら)の背景にたくさん描かれた「黒い星」の真ん中には、雑誌から切り抜いたような人の目元の部分が埋め込まれている。これはアフリカンだな、とわかる顔もあれば、アフリカンなのか南アジア系なのかアラブ系なのかわからない顔もあるし、肌の色が白い顔もあった。

"No Woman No Cry" のほうでは、台座に使われているゾウの糞には左側にNo Woman, 右側にNo Cryと書かれていた。それぞれ、Noが水色と赤色だった。絵の中では、女性の首飾りとして貼り付けられていた。

次が00年代なのだが、ここでほんとに、いきなりくだらなくなる。2004年に受賞したJeremy Deller(ジェレミー・デラー)の受賞作ではない作品、"the History of the World" だ。壁に文字で書かれた「世界の歴史」なのだが、まあ言葉で説明するより、ちょっとだけ模写(笑)してみたんでそれを。スペルは原文ママ(模写だから)。

hotw01.jpg

結論としては、ブラスバンドでアシッドハウス、ということらしい。
http://www.jeremydeller.org/acidbrass/index.htm
(↑音つきだし、かなり笑えるので、仕事中とかは見ちゃだめです。オリジナルはKLF公式でどうぞ。これもまたすごいビデオだけど。)

で、解説のプレートで、DAFが「ドイチェ・アメリカニシェ・フロイントシャフト」とあったのがツボってツボってどうしましょう。(細かすぎるだろう。っていうか日本でも「DAF」で通ってると思うんだけど。。。)

ただ、デラーが受賞したのはこのアホな作品ではなく、これが描かれている壁(展示室間の通路のようなスペース)の次にあるビデオ作品だ。Memory Bucketというこの2003年の作品は、ブッシュ大統領の自宅があるクロフォードと、1993年にカルト教団「ブランチ・ダビディアン」の立てこもりと、それに対する警察の包囲、そしてひどい結末、という一連の事件が発生したウェイコを訪れた彼が記録した映像。23分もあったので全部は見られなかった。
http://www.jeremydeller.org/memory/index.htm
と、鳥が……鳥が……(実際にはコウモリだそうですが、ヒッチコックのあれが連想されて)。このシーンは美術館で見ましたが、トランス状態に持っていかれそうな映像でした。

公式サイトを見ると、彼は紙に印刷したものを配るということもやっているようで、今回の展覧会でも配り物ありです。それと明示されていないのだけど。輪ゴム持ってるとラッキーよ。

そして今回のハイライト(笑)、「トルコの拷問」。つまり01年受賞のMartin Creedなのだけど、大変に申し訳ないのだけどとてもつまらない。彼は5秒ごとに照明をオン/オフにすることによって、その人とその部屋、そしてその部屋にいる他の人たちとの関係性をなんちゃら、ということがしたかったようなのだけれども、それをやるならこの「トルコの拷問」より、客が10人くらいしかいない高円寺のライヴハウスで後ろのほうでライヴを見てるとか、ライヴが終わったあとで明かりがついてスタッフが掃除をしているフロアを見てるとかしたほうがスリリングだ。音声ガイドでのインタビューも、ひどく退屈で最後まで聞けなかった。この人、1968年生まれだそうだけど、実は1948年生まれで、ひどく勘違いして失敗した実存主義者なんじゃないのか?とさえ思うほど。

追記:ついでながら、この人のコンセプトは「美術館」ではないところでやれば多少はおもしろいのかもしれない(60年代の「ハプニング」でやり尽くされていることかもしれないが)。彼の「コンセプチュアル・アート」が英国で成立しているということが語るのは、英国では「アート」がいかに固定観念にとらわれているかということでしかない。「ああ、それもありですねぇ」的な何か。それが「それもあり」なものになりうるのは、その固定観念を共有している狭いサークルの中だけだ。コンセプチュアル・アートというものが持っている本質的な「自閉性」をさらけ出しているという点では一定の「意味」はあるのかもしれないけれど、正直、「だから、何?」だと思う。あと、見に来た人たちを「観客」という集合的存在として見なすことは、劇場やコンサート会場、ライヴハウスではありだと思うけれども(「みんなで一緒にひとつの場を作ろう」)、「美術館」ではやめてほしい。テイトの「ランナー」もそうなのだけど、peopleとかtheyとかいう言葉で集合的に扱える「他者」の存在を前提としていいのかどうか、だ。

2002年受賞のKeith Tysonは、巨大なブラックボックスと、アトリエの壁に貼ってある絵9点を出展。
http://arts.guardian.co.uk/pictures/image/0,8543,-21704774275,00.html

これがおもしろくて、中でもSummer/Autumn 2002とある絵にはお茶ふいた。"Showing tonight in your cinematic imagination" (あなたの映画的想像で今宵上映)というヘッドラインの下に:
A BUST OF THATCHER FASHIONED FROM SEMTEX

とかあったらお茶ふくでしょ(「ブライトン爆弾事件」をネットで調べてみてください)。

ほかにも
- An imaginary hole in the roof
- Multi-Dimensional Tetris
- Sleeping upright while strapped to the walls of a train tunnel
- So it became necessary fo a new whole number to be introduced between three and four

など。あと、別な絵だけど(2007年とあったような気が)「ニセFT紙面」、この人、相当おもしろい。絵としてもおもしろかったです。

2005年受賞のSimon Starlingは、受賞した後の作品なのかな、One Ton IIという5枚の写真@プラチナプリント。南アのプラチナ鉱山を撮影した写真で、「1トン」というのはこの5点の写真に必要とされた量。あと、彼は自転車野郎なのだけど、自転車を使った作品も展示。実はターナー賞を取った「小屋」がどういうものか見たかったのだけど、さすがにそれは来ていませんでした。

あとは閉館時間が迫っていたのでメモを取っていないのだけど、Wolfgang Tillmans (2000年受賞) はまさにあの空間が再現されていたことだけでもちょっと感動。あの作品がほんとにインクジェット・プリンタで印刷してあるのを確認できたのも感動。それと、ティルマンスのスペースにあった陳列棚に、Big Issue, Aug 28 - Sep 3 2000, No 40というティルマンスが編集長をつとめた号があって、公共の建物の軒下の部分に「ホームレス避け」のイボイボが敷き詰められているのとか、東京の風景(たぶん新宿高島屋からの眺め)とか、いろいろ写真が。朝の食卓(みたいなの)の写真は、イングランドの新聞とタバコ(Silk Cut)に、マーガリン(だと思う)に、日本のりんご(日本語のシールが貼られている)だ。

turnerprize03-s.jpg03年受賞のGrayson Perryは、壷(花瓶)が評価高いのだそうだけれど(入り口まで行く途中にかかっていたバナーにも彼の「壷」が)、壁面に貼られている写真とかのほうが個人的にはおもしろかった。たぶん、ああいう「壷」を読解するソーシャル・コンテクストを私は共有していないのだ(単に「絵」として見せてくれていてもよいのでは、と反射的に思った)。それと、いろいろ見すぎて疲れていたというのもあると思う。かなり緻密な作品である。

06年受賞のTomma Abtsはしゅっとした抽象絵画@幾何学系。色が目に焼きついたけど、ゆっくり見ている時間はなかった。かっこよかったのでまた見たい。(「色」っていうより「絵の具」かも。)

07年受賞のMark Wallingerは、できれば受賞作 State Britain"(テイト・ブリテンの中に、パーラメント・スクエアでのブライアン・ホウの座り込み抗議活動を再現したもの)の現物大写真パネルとかを見たかったのだけれど(パネルが無理なら映像でいいんだけど)、残念なことに旧作 "Sleeper" (2004)で、ベルリンでのクマの着ぐるみパフォーマンスの映像。正直、今見ると古臭いというか、「見る/見られる」の立場は固定されたものではないということは、何と言うか、それこそYouTubeで誰もが「見せる」側に回れるという(機材とネット接続があればですが)ことが当たり前になったあとでは、「ええええ、イギリスってあれで2007年にそこまで『評価』されるの?」というふうにも見えるような(追記:ただしエキシビジョンではこの「クマ」が出されたとのこと。ソースは下記)。受賞作は「アート(芸術/人為)」の極北だったんだけど……(State Britainについての報道を読んだときに「そこまで削りに行くか」と思った)。うーん、Sleeperはおもしろいことはおもしろかったのだけど、それは「どこかで見たおもしろさ」なんだよね、予定調和的な。たぶんテレビのお笑い番組とかどっきり企画とかでここにあるような「他者の反応」を見ているのだと思うけど……「最先端のアート」のはずが、大衆文化のクリシェでした、ということか?
http://news.bbc.co.uk/2/hi/entertainment/7124575.stm
http://arts.guardian.co.uk/turnerprize2007/story/0,,2221321,00.html

というわけで、ターナー賞、今年もすでにショートリストまでは発表されている。9月30日からショートリスト作品の展覧会が始まり、12月1日に授賞式が行なわれる。
http://www.tate.org.uk/britain/turnerprize/turnerprize2008/

で、展覧会全体については、84年から00年代までの「英国の現代美術の流れ」を把握する、という点ではとてもよかった(特にメディアの変遷)。ただしそれが即「世界の現代美術の流れ」にはならないのが英国なのだが。(^^;) また、欲を言えば、「ターナー賞」に対する資本とマーケティング、特にSaachi Galleryの役割の大きさといった点の解説がほしかった。あと、展示作品が誰の何なのか、それはターナー賞受賞作なのかどうか、といった基本的な案内がちょっと手薄すぎでわかりづらかったです。刷り物で「作品一覧」を配布していただけるだけでも全然違ったと思います。

turnerprize04-s.jpgそうそう、黄色のバナーは裏側が黒になっていて、かっこよかったです。

※この展覧会、見に行こうと思っていたのだけどなかなか行けずにいた折、今月に入ってからUK-JAPAN 2008参加(公認)ブロガーのチケットプレゼントで当選。英国大使館さま、ブリティッシュ・カウンシルさま、ありがとうございました。次回は是非、「ターナー賞最終候補作展」をお願いします。受賞作よりさらにおもしろいと思います。

参加ブログの「美術」カテゴリに、この展覧会についてのブログ記事がいくつか上がっています。

それと、この話題なので追記しておきます。YBAの中心グループのひとりで、1988年のFreezeから参加しているアンガス・フェアハーストが、今年3月末に亡くなっています。41歳の若さで、非常に痛々しい死でした。合掌。
http://arts.guardian.co.uk/art/visualart/story/0,,2269738,00.html



追記:
森美術館のキュレーターさんの説明(音声ガイドや会場内のプレートの内容の概略といえる。ただしごく一部の作品についてのみ):
http://openers.jp/culture/turner_prize/interview.html
どうでもいいツッコミ:「マルコム・モーリーは、スーパーリアリズムの旗手として60年代後半から活躍するアーティストです」ってあるんだけど、実際そうなんだけど、出展作は「スーパーリアリズム」じゃないじゃん。編集の問題かもしれないけど、脱力。
http://en.wikipedia.org/wiki/Malcolm_Morley

で、展示の最後の「まとめビデオ」にもあったんだけど、特に90年代後半からのターナー賞というのは基本的に "how I relate to the world" というある種哲学的な問いに根ざしている。「自分」が「外界」に何かを発見したとかいう話ではない。それゆえに人によって「伝わる」、「伝わらない」がいろいろあるんだけど、そういう点で見るとゴームリーは存在感が大きいなあと思います。「内省」と「表現」の力がともにハンパなく大きいし、他者をゆさぶるものがある。今回の展示ではちょっとなあという扱いだったけど。(あの展示の仕方ではどうしても「その彫刻を見なさい、その彫刻の細部を見なさい」に感じられてしまう。)

カタログは下記。私は森美術館の売店でも見ていないので(他の人たちが見ていたので、まあいいかと帰ってきてしまいました)中はどうなのかわかりませんが、淡交社さんなのでしっかりしたものだろうと思います。
4473035115英国美術の現在史―ターナー賞の歩み
淡交社 2008-05

by G-Tools

しかし帯に「ロンドンのテートを舞台にYBA、ブリットアートを生んだ〈現代美術界のアカデミー賞〉」とあるんだけど、いくら帯とはいえ、「YBA」って何年前よ……Freezeは1988年、Sensationは1997年。ってことは、一概に比較はできないんだけど、音楽でいえば「アシッドハウス」とか「あのハシエンダで云々」とか「ブリットポップが云々」の文字列をCDの帯につけてるみたいなことになってないか、と思ったら「(^^;) 」という顔にならざるをえない。
タグ:art

※この記事は

2008年07月13日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 08:23 | Comment(3) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ども。テイトブリテンで開催された回顧展に親子で行きました。会場がせまくてちょっと窮屈でした。息子は例の群青色のお椀がもっとも面白かったようで「吸い込まれるー、吸い込まれるー」と言ってずっと前に立っておりました。

同じときにミレー展もやっていたので、ついでにと思って両方欲張ったところ(1日に両方見ると割引になる)、お腹いっぱいで頭もいっぱいで足もへろへろに疲れてしましました。ミレーのほうはまだ会期がいっぱい残っていたので、ターナーだけにすれば良かったです。
Posted by 在英のチコ at 2008年07月14日 01:39
ども。本文に書いたとおり、ターナー賞は全体的に「うーむ」だったんですが、あの「虚のお椀」は非常に印象に残りました。あれが「可能」なのだということを示せる(そしてなぜ可能なのだろうかと考えさせることができる)ということは、アート(芸術/技術)の力だと思います。

なお、私が見た範囲では、10歳以下(推定)にウケていたのは、1)ハーストの「ぶった切った牛」の子牛のほう(目の高さ的にちょうどいいからかな)、2)クラッグのTerris Novalis、特に脚(子供は目線が低いから細部が目に入るのかも、うらやましい)、3)お椀(基本的には、大人がたかっていたせいで、背の小さな子供はあまり近寄れなかったんですけど)。

しかし、ターナー賞回顧展を見て、やはりロバート・ラウシェンバーグはすごかったなあと今さら感心しているというのも何だかなあ……まあ、訃報から日が浅いからということで。
http://www.b-sou.com/palw-Rauschenberg.htm

ジョン・エヴァレット・ミレイは今は福岡で開催中で、東京は8月末から@Bunkamuraです。楽しみ。
http://www.ukjapan2008.jp/events/20080607_100055j.html

うーむ、「ターナー賞」ではなく「ターナー」が見たいかも。
Posted by nofrills at 2008年07月14日 06:28
ブクマから発掘:
Freeze: 20 years on
Sunday June 1, 2008
http://arts.guardian.co.uk/art/visualart/story/0,,2282729,00.html
記事末尾に「彼らは今」のまとめあり。

1988年の状況を説明した部分を抜粋:
Few people, and certainly not the press, could be shagged to hack down to the Surrey Docks, wherever that was, to see boxes and light bulbs made by twentysomething Goldsmiths College art students - or, to put it in art lingo,' survey the new tendency'. Gilbert and George were the newest tendency that the galleries could cope with at that particular moment, the recession being on.

という状況下で、マーケットリサーチの会社でのバイトの経験で口が達者だった上に、画廊でのバイトで人脈もあったハーストがキープレイヤーとなった、ということが説明されています。

ハーストの言葉:
Hirst again: 'Everything in the whole world is worth what anyone else is prepared to pay for it. And that's it. Simple.'

……やっぱ嫌いだ。計算ずくで言っているとしても陳腐すぎるし。

あと、こちらさん↓を見て気付いたんだけど:
http://d.hatena.ne.jp/crosstalk/20080617#p1

ジェレミー・デラーって『オーグリーヴの戦い』の人か!

『オーグリーヴ』は下記で見られます(たぶん要WMP)。PLAYをクリックで別窓が出てきます。
http://www.channel4.com/fourdocs/archive/battle_of_orgreave.html
Posted by nofrills at 2008年07月14日 08:58

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼