kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年07月11日

Haltemprice and Howden補選結果

まったく「ノー・サプライズ」の結果。辞任した議員が、「辞任」の理由とした争点で争ってくれる有力な対立候補もなく、そのまま再選されただけ。投票率予想より高かったことは多少の「サプライズ」かもしれない。

ガーディアン(私は性格がとても悪いので、あえてガーディアンで):
Haltemprice and Howden byelection: Davis sees off Loonies and claims victory in 42-day detention battle
http://www.guardian.co.uk/politics/2008/jul/11/haltemprice.byelections1

見出しにあるDavis sees off Loonies and claims victoryが皮肉たっぷりである。つまり、「デイヴィス、泡沫政党候補を打破し、勝利を高らかに宣言」というような、あまり品のよくないイヤミ。記事のクレジットは "Martin Wainwright, Allegra Stratton and agencies" とあるが、この記者さん2人の名前はこれまでに見た記憶がほとんどないので(ウェインライトさんの名前は見たことくらいはあるかも)、どういうスタンスで書いている人なのかわからない。また、見出しをつけたのが記者さんなのかデスクなのかもわからない。いずれにせよ、この見出しはあまり好きになれない。デイヴィスの辞任にもこの補選にもなんら意味が見出せなくても、だ。

さて、補選の結果の数値だが、Electorate 70,266; Turnout 23,749の前提で:
Haltemprice and Howden byelection results in full

David Davis (C) 17,113 (72.06%, +24.60%) ←当選
Shan Oakes (Green) 1,758 (7.40%)
Joanne Robinson (Eng Dem) 1,714 (7.22%)

1,000票を超えたのはこれだけ。1位と2位の差が「10倍」で、2位以下はほとんど意味を持たない。2位はグリーンズ(緑の党)、3位はイングリッシュ・デモクラッツ(「イングランドにもスコットランドやウェールズ、NIと同様に自治議会を」という主張のイングリッシュ・ナショナリズム政党)。

イングランドでは選挙立候補の際の供託金(£500)が、得票率5パーセントに満たないと返還されないのだが(先日のボリス・ジョンソンの選挙区だったところでの補選では、労働党はBNPにさえ負けて、この供託金が返還されないところまで落ちていた。笑)、デイヴィスの「市民的自由」を問うた補選(笑)で供託金が返されたのはこの3人だけ。以下の22人の候補(多すぎ)は全員、£500をお上に納めたかたちになる。

で、この22人の「泡沫候補」の名前を書きとめておくことにさほど意味は見出せないので(22人全員の得票を足してもデイヴィスには遠く及ばず、彼らは£500を払ってお祭りに参加したのだ、という感じに見える)基本的にはスルーするが、544票(2.29%)を取って4位につけたのがNF、つまりNational Frontというのは、いかにこれがさほど意味のない数値であろうと、「(^^;)」という顔文字で語らざるを得ないことだ。BNPはまだ社会的コンテクストが見出せるのだが、NFは……。

なお、ガーディアンが見出しに持ってきた「Loony」はOfficial Monster Raving Loony Partyで、彼らについては6月15日に少し書いたのをご参照のほど。補選結果では7位、412票(1.73%)。
http://en.wikipedia.org/wiki/Monster_Raving_Loony_Party

それと、BBCでこの補選をネタにふざけている記事、「DD補選で、補選に関する新記録達成なるか」。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/7498330.stm

これまでの補選での記録10件について、破られるかどうかを事前に予想している文と、結果が出てからの文(太字)の組み合わせになってます。(賭け屋じゃあるまいし。)

取り沙汰された「記録」とその結果は:
1. 投票率の低さ→新記録ならず
戦後の最低記録は1999年リーズ・セントラル選挙区でのヒラリー・ベン(労働党)の19.9パーセント。戦中を含めると、1942年のポプラー選挙区での9パーセントが記録のようだ。

2. 候補の最低得票数→新記録ならず
今回の補選での最低得票数は「8」(無所属候補2人)。現在の記録は、1980年の交通安全キャンペーン活動家、ビル・ボークスの「5」。

3. 最速開票→新記録ならず
選挙区が都市部ではなく田園地帯で、投票箱の回収だけでも時間がかかるからこれは無理、という観測。今の記録については記事に記載なし。実際に、今回の補選では2位と3位の確定のために数え直しがあり、夜中の3時ごろに結果が発表された。

4. 立候補者数→新記録ならず
今回の候補者数は26で、シティホールでの当選の告知の儀式(日本での「事務所で万歳三唱」に相当するもの)で床が抜けるのではと心配されている、とかいうふざけたことが書かれているだけで、今の記録が不明。

5. 候補者演説数→新記録ならず
希望すれば立候補者は演説をすることができるが、実際に演説したのは数名だけ。

6. 供託金返還なしの候補者数→新記録!
1993年にニューベリーで19人が立候補したときは、17人が供託金を没収された。これがこれまでの記録。今回は23人が没収となった。

7. ルーニー党の供託金没収記録→新記録ならず
Official Monster Raving Loony Partyは、これまで25年間に何度も立候補しているが、一度も5パーセントに達したことがなく、供託金は没収され続けている。党設立者のスクリーミング・ロード・サッチ(ミュージシャンとして有名)でさえダメだった。今回も1.7パーセントで没収となった。

8. 2位になるのは誰か→新記録!
保守党の他の党はこれまで一度も国会議員の選挙で2位になったことがないので、これはあらかじめ新記録達成が約束されていた。結果としてはGreensが2位。(GreensはMEPとかカウンシルの選挙では当選していたり2位になっていたりがそこそこ多い。)

9. もしもDDが落選したら最大のビックリ→不成立
これはBBCの文章がおもしろいので引用: "If he did lose, it would have been one of the biggest upsets in political history - and his decision to quit as an MP to fight a by-election on civil liberties would have gone down as one of British politics' greatest own goals."

10. DD自身の得票数→新記録ならず
2005年総選挙で22,792票を得たDD、今回は17,113票だった。2005年総選挙の得票数を上回ることがあれば、彼の言う「市民的自由」の議論は有効、次の総選挙で「市民的自由」が大きな争点のひとつになる、といえたかもしれない(まったくその通りだと思う。というかせめて労働党なりLibDemsなりが候補立ててれば、意味が違ってきたかもしれない)。



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タグ:保守党

※この記事は

2008年07月11日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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