kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2008年07月01日

「トルコの拷問」のアーティスト、今度は「走る人」で。

7年前、「点いたり消えたりする照明 (The Lights Going On and Off)」という超ミニマルなタイトルの「作品」――展示室の中で電球が点いたり消えたりを繰り返す。「トルコではこういう拷問がある」ということで「トルコの拷問 Turkish torture」とも呼ばれていた記憶がある――でターナー賞を獲得した芸術家が、今度はテイト・ブリテンにランナーを走らせるらしい。

Martin Creed's new piece for Tate Britain: a show that will run and run
Charlotte Higgins, arts correspondent
Tuesday July 1, 2008
http://arts.guardian.co.uk/art/news/story/0,,2288286,00.html

日本語記事@AFP BBさん:


日本語記事@ロイター・ジャパンさん:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080701-00000192-reu-int

ガーディアン記事より:
Creed's Work No 850 is a single athlete running at top speed through the Duveen galleries at Tate Britain - every 30 seconds, all day, every day.

クリード氏の作品、「作品850番」は、ひとりのランナーが、毎日、日がな一日、30秒ごとに、テイト・ブリテンのデュヴィーン(「ダヴィーン」だっけ?読み方を覚えていない)・ギャラリーズをトップスピードで駆け抜ける、というものだ。


つまり、こういうことなんですね。(違)

ガーディアン記事によると、「会場」となるギャラリーズ(正面玄関から伸びている長い廊下みたいなスペース)の距離は86メートル。テイト・ブリテンを訪れる人は、自分の脇をランナーがダッシュしていくのに遭遇することになる。そう、「あたかも自分の人生がそれ次第であるかのように」(芸術家のインストラクションより)。

ランナーは86メートルを12秒ほどで駆け抜けると、15秒休み――そう、まるで「音楽における休止のように」(芸術家のインストラクションより)――、そしてまた元のコースをダッシュする。

……動物 (animals) にこんなことをやらせたら、即「虐待」認定されると思いますが、人間なら「芸術」なんですね。

ランナーは各種スポーツ雑誌で募集し、1人4時間のシフトで、1日8時間(開館から閉館まで)走る。時給£10(レートでは2,100円+くらい、実勢では1,000〜1,500円くらいか)。ランナーの募集は今後もテイトのサイトで継続される。つまり、今の頭数では全然足りていないらしい。

芸術家いわく、「Duveen Galleriesでやってくれといわれてすぐに思い浮かんだのが、人が駆け抜けるというものでした。どこか一箇所に物体を置くのではなく空間全体を使いたいと思いました。ランナーは、スペース全体を観客に示すガイドのようなものです」。

……いいえ、ガイドなどいなくてもあの空間は、見たい人は勝手に見ます。ランナーにぶつかる心配がなければなおさらよいでしょう。

ガーディアンの記事には、このあと、「アート」をめぐる一問一答があるのだけど、それは驚くほど平板でつまらないので飛ばす。(笑)「アートとは何か、それは見た人それぞれが見つけてくれればよいのです」みたいな。(この平板さがシャレやパロディならおもしろいのだけど、どうもそういう雰囲気もしない。)

街中でパルクール(エクストリーム・ランニング)をやってる人たちは、「見ている人たちにアートな体験を」とか言わない。そう言わないけど、とてもすばらしいパフォーマンスを見せてくれる。ランニングという行為をクローズドな空間、それもテイト・ブリテンという「権威」的な空間に持ち込むことに意味がある、と言いたいのだろうけれども(たぶん)、正直、とてもつまらないアイディアだと思う。客を巻き込むとかいうのがあればちょっとはおもしろいかもしれないけれど、ロイターさんによると、「同美術館はウェブサイトで、来館者に対し、保安上の理由から館内を走ったり作品のランナーを妨害しないよう呼びかけている」のだそうだ。

ちなみに、the Duveen Galleriesでは新古典主義の彫刻の傑作がいろいろ展示されているのだそうだ。

そこに日がな一日「ランナー」? 単にうるさいだけじゃん。ガーディアン記事には「人間の身体の形状」をテーマに云々みたいなことが書かれているけれど、そんなのは観客個々人の頭の中で、サッカーなり陸上競技なりテニスなり、あるいは日常生活なり、それまで見てきた「人間の身体」の記憶とつなぎ合わせていけばいいだけのことじゃないんだろうか。そのつなぎ合わせの作業が「アート (人為)」なのではないんだろうか。

で、アーティストがこの「ランナー」をどこから着想したのかというのもガーディアンの記事には書かれているんだけど、80年代のあの悪夢のような安直な「アート」の最も悪い部分のように見えるんだよね(ただの「思いつき」に、それらしい言葉とコンセプトをくっつけて「アート」に仕立てる、という)……いわく、パレルモのカタコームを訪れたときに閉館まで5分しかなかったからがーっと駆け抜けながら、カタコームにある亡骸(骸骨)を見たのがきっかけだそうで。

そういうことなら、観客が彫刻の中を駆け抜けないと。

で、アーティスト本人は、現在トレーニング中で、1ヵ月後くらいには自分も自分の「作品」で走れるようになっているだろう……って、最初っから走れよ、自分で。

コンセプトの部分にケチをつけないとしても、最初の段階で自分で走らないというのは、圧倒的にダメだと思うんですけど。

根本的に、どうもこういうのダメなんで、否定的なことだけ書いててすみませんが、ともあれ、テイト・ブリテンではこの「アート」が11月16日まで続くそうです。嘆息。

タグ:Tate art

※この記事は

2008年07月01日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 17:33 | Comment(0) | TrackBack(0) | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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▼当ブログで参照・言及するなどした書籍・映画などから▼