「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

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2008年06月17日

BBC NI制作、ドラマ "Five Minutes Of Heaven" と、「元テロリスト」

BBC NIのドラマがまたすごいものを作るそうだ。主演にジェイムズ・ネスビット(『ブラディ・サンデー』など)、共演がリーアム・ニーソン(『プルートで朝食を』など)。どちらも北アイルランド出身。

Stars Neeson and Nesbitt team up
Page last updated at 11:27 GMT, Saturday, 14 June 2008 12:27 UK
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7454522.stm

ドラマのタイトルは、Five Minutes Of Heaven(天国の5分間)。脚本は、今年のNI映画祭で上映された『オマー』(1998年8月、オマー爆弾事件とその後の遺族の取り組みをドラマ化したもの)の脚本を書いたガイ・ヒバート(Guy Hibbert)。

Five Minutes Of Heavenは、実際に起きた出来事に基づいたフィクション。

The drama tells the story of 17-year-old UVF member Alistair Little who murdered a 19-year-old Catholic, Jim Griffin, in Lurgan.

Jim's murder was witnessed by his 11-year-old brother, Joe Griffin, and the impact of Jim's death destroyed his family, who could not come to terms with the loss.

ドラマ化されたのは、ラーガンで19歳のカトリックの少年、ジム・グリフィンを殺害した、17歳のUVFメンバー、アリステア・リトルの話。

11歳の弟、ジョー・グリフィンがジムの殺害を目撃してしまい、ジムの死の衝撃は、それを受け入れることができなかった家族を崩壊させてしまう。


これがいつのことなのかが記事からは不明なので、アルスター大の資料集で、被害者の名前検索してみる……1975年。ああ、殺し合いがものすごかったころだ。ラーガンで、自宅でUVFに射殺された21歳のジェームズ・グリフィンの名前がある。
http://cain.ulst.ac.uk/sutton/chron/1975.html



※被害者の年齢がCAINでは「21歳」、BBC記事では「19歳」となっているが、おそらくCAINのほうが正確。被害者データベースそのものだから。(ただし出生証明書が失われて正確な年齢がわからなくなっていたなどの事情もありうる。)

ドラマは事件から30年後を扱う。ネスビットがジョー・グリフィン(被害者の弟)を演じ、ニーソンがアリステア・リトル(加害者、というかUVFのメンバー、というかテロリスト)を演じる。

BBC NIドラマ部門の長であるパトリック・スペンスは、「北アイルランドは紛争から回復しようとしている社会で、その移行を刻むしっかりとしたドラマを作りたいと思っていた」とコメント。

撮影は5月末にベルファストで開始されている。来年、BBC2で放送予定。

……来年もNI映画祭をやっていただきたいのだが、それには間に合わないか。なら再来年で。

ピーター・テイラーの本の索引を見てみたけれど、アリステア・リトルの名も、ジム(ジェイムズ)・グリフィンの名もない。

Alistair Littleの名前で検索すると、ロンドンにあるレストランについていろいろわかったが、私が探しているのはそれではないので検索ワードにUVFを加えて再検索……the Forgiveness Projectにページがある。
http://www.theforgivenessproject.com/stories/alistair-little

そのままドラマに出られそうな風貌。いかにも「テロリスト」然としたマッチョマンな雰囲気ではない。

14歳でUVFに入った時点から始め、本人が経緯を語っている。

【要旨】
UVFに入った理由は、友達のお父さんがリパブリカンに(=IRAに)殺されたからだ。復讐をしたかった。お葬式にはまだ小さな娘さんもいた。脚を銃撃されていた。パパ、パパと泣き叫んでいた。次はうちの親かもしれない、と思った。そして14歳で、やり返す機会というものがもしあれば絶対にやり返す、と誓った。

人間は自分の言っていることが伝わっていないと感じたとき、あるいは自分自身が脅かされていると感じたときに、いとも簡単に暴力に走る。これは人間が、痛みや傷に反応するときのやり方だ。私が経験したのはそういうことだ。

17歳のときに、まったく知らない人の家に入っていって、その人を撃ち殺した。自分がやると申し出てやったことだ。

暴力を否定するようになったのは、メイズ刑務所で12年間服役していた間のことだ。いきなりそうなったわけではない。ゆっくりと、変わっていった。苦しいことだった。孤独、孤立、それは半端なものじゃなかった。でも暴力を使う人間は、自分も含めて、物事を一方からしか見ていないのだということに気付いた。自分が暴力を行使すれば、他人が復讐や憎悪をかきたてられるのだと、そういうことに気がつかない。そうやって行き着く先は、終わりのない暴力の連鎖 (a never-ending circle of violence) だ。


ジム・グリフィンを射殺したとき17歳だった彼を終身刑にすることはできなかったので(英国・NIにも少年法のようなものがある)、彼は大臣の監督下に置かれ、13年をロングケッシュ(メイズ刑務所)で過ごした。

1975年から13年というと1988年まで。グッドフライデー合意の10年前だ。「出た」あと、ロイヤリスト停戦(1994年)までの6年間を、彼はどう過ごしたのだろう、と思う。UVFで刑務所内で非暴力主義に転向した人は、出所後はPUP(政治組織)で仕事をしているが、ビリーの例にもあるように、「殺人者」が社会復帰することは、「紛争」のさなかの北アイルランドでも容易ではなかった。

出所後、彼は暴力の原因をなくすことを目的とするプロジェクトで仕事をしてきたという。南アでMichael Lapsley(ANCで活動した白人の神父)と一緒にトレーニングを受け、この5年間(いつのことかは具体的には不明)はthe Healing of Memoriesという組織のNI支部まとめ役をしている。また、コソヴォ、ボスニア、セルビア、イングランドでワークショップを行なっている。

自分のしたことの結果は、一日たりとも自分から離れたことがない。内的平和 (inner peace) という点では、自分が何を失ったのかはよくわかっている。もう一度あのときをやり直せるならば、ああいう行動は取らなかった。

けれども、自分には「許してください」などという権利はない。そんなことをすれば傷つけた上に侮辱することになる。ご遺族にまた新たな荷を負わせることになる。ほとんどの場合、許しを請うことは、加害者の必要のため、被害者や被害者の家族の必要のためではない。

そして、許すということができない、と言う人たちもいる。それは弱いからじゃない。怒りや負の感情に飲まれているからでもない。これまでに会った人たちの中にはどうしても許すということができない人たちもいた。でもそういう人たちは、起きたことによって自分が麻痺するということも許していない。つまり、人間として、修復できないくらいに深く傷ついてしまった、ということだ。そういう人たちにも許すべきです、などとはとてもじゃないが言えない。

残念なことに、和解や許しは政治化されてしまっている。自分にとってはもう価値を持たなくなってしまった。


……なんて「悲しい」言葉だろう。なんて透徹した言葉だろう。

これは北アイルランドの「政治」についてあまり知らない人が見ると、「なんて頑なな奴なんだ」とか「もっとゆるくいけばいいのに」とか思うかもしれない言葉だ。

でも、北アイルランドなんだよ。ブラッディ・サンデー事件の「正義」の問題を、IRAとシン・フェインが乗っ取った北アイルランドだ。「和解や許しは政治化されてしまっている」のだ。和解や許しは、「政治的なポーズ」になり、それが「政治的に」意味や価値を持つ。「紛争」を「過去のもの history」とする、という「政治」のために。その過程で、武力紛争を経験していない民主主義社会と同じような(あるいはそれよりもさらに激しい)「権力闘争」が絡んでくる。そこで「語られていることば」のどれほどが、「真実」を表そうとしてのものなのか、「ことば」に対する信頼の根底の部分がぐちゃぐちゃになっているような。

アリステア・リトルさんは「政治化されてしまった和解や許しは、自分にとっては価値のないものになってしまっている」と書き、「自分にとって希望となっているのは、人間という代償 (human cost) を知っている人たちと実地で活動することだけだ」と書いている。彼はおそらく「ことば」を信じていない。特に「政治家たちのことば」を信じていない。

「自分のような者に手を差し伸べて友情を示してくれる人、許しを示してくれる人がいる。心を動かされないわけにはいかない。自分も何かしなければと思わないわけにはいかない」と彼は語る。

そして最後に:
Three years ago I was sitting opposite a Catholic woman whose husband had been targeted by paramilitaries. After listening to my story, she told me she had come face to face with the thing she feared most, and what she found most disturbing was that she didn't hate. A few months later, when tensions were high in Northern Ireland, she was the first person to ring me to let me know she was thinking of me.


自分の夫を殺した者と同じくロイヤリストの武装組織の一員だった男を目の前にして、その女性は「憎しみを覚えることができないので自分でもとても戸惑っている」と語った。

「自分たちの身に起きたあの暴力は何だったのか」を考えるとき、「犯人が憎い」を超える憎しみの対象があるとき(この場合は「武装組織」)……またことばにならなくなってきた。

ピーター・テイラーの本で、1960年代、「紛争」が本格化する過程や1970年代のひどかった時代において、いかに「プロテスタント」の人々が「カトリックの連中」を「IRAのサポーター」と見なしていたかを読んでいるから、これは決して「簡単な」ことではないのだと思うのだが、それでもこの女性にとって、目の前の「元ロイヤリスト武装組織メンバー」を「憎悪しない」ことが、「自然」だったのではないか、と。

希望は、そこにこそ見えてしかるべきじゃないか。政治家たちの握手にではなく。

こういう人の話を、あのBBC NIがドラマ化する……見たい見たい見たい。



NI映画祭で見た映画についてこれまで書いたものを確認したんだけど、『オマー』については結局書けてないのだ。あまりに現在進行形すぎて(現在、Real IRAを相手取った民事訴訟が進行中)どっからどう書くべきかわかってないというのが大きいのだけど。

NI映画祭で上映された作品のなかでBBC NI制作のドラマとしては、『眠れる野獣』がある。「停戦」後のロイヤリスト武装組織の内側を描いた非常に重い作品だった。これについては既に書いてある。
http://nofrills.seesaa.net/article/88924862.html

※この記事は

2008年06月17日

にアップロードしました。
1年も経ったころには、書いた本人の記憶から消えているかもしれません。


posted by nofrills at 18:35 | Comment(1) | TrackBack(0) | todays news from uk/northern ireland | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この作品が、2009年のサンダンスで外国映画部門で最優秀監督賞と最優秀脚本賞をとったそうです。

Troubles movie wins at Sundance
Page last updated at 18:01 GMT, Monday, 26 January 2009
http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/northern_ireland/7852121.stm

ジェイムズ・ネスビットと、リーアム・ニーソンと、監督のOliver Hirschbiegelのいい写真がついてます。

日本公開してくれないかなー
日本公開してくれないかなー
日本公開してくれないかなー

リーアム・ニーソンは、"A script like this comes along in an actor's life rarely." (こんな脚本に出会うことはめったにない)と言っています。
Posted by nofrills at 2009年01月28日 11:47

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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