kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=


2021年03月30日

ファルージャ戦の娯楽素材化に反対の意思を示す請願文・署名のご案内 #イラク戦争 #ファルージャ

以下は、署名サイトchange.orgにアップされている下記の請願文の日本語化である。英語では請願文を読めないという方に、内容を把握するためのガイドとしてご参照いただければと思う。
Below is a Japanese translation of the following petition on the website change.org.

STOP HIGHWIRE GAMES AND VICTURA FROM NORMALIZING THE MASS MURDER OF IRAQIS
https://www.change.org/p/united-nations-stop-victura-and-highwire-games-from-normalizing-the-mass-murder-of-iraqis


【前置き Preface】
訳者(わたし)の解説みたいなものは本文の下につけておくが、その前に、ここで問題視されている2004年のファルージャ戦についてご存じない方もおられると思うので、訳者がかかわった過去の仕事へのリンクをはっておく。ファルージャ戦についてよく知らないという方には、それらをご参照いただきたく思う。
I am a co-translator of a book on the first battle in Fallujah in April 2004, made of on-the-ground reports by English-speaking journalists and humanitarian workers.

ファルージャ 2004年4月 - ラフール マハジャン, 賢, 益岡, よしこ, いけだ
ファルージャ 2004年4月 - ラフール マハジャン, 賢, 益岡, よしこ, いけだ

2004年のファルージャ戦は、上掲書で扱った4月と、同年11月から12月の二次にわたって行われたが、後者については当時、英語圏の報道等を見ながらほぼリアルタイムでブログで日本語で書いていた
Six months after the book was published, the US forces launched the second battle in (or they might have used "of" or even "for" instead of "in") the city, during which I along with my co-translator kept translating English news and analysis articles and posted them online.

では、以下本文。請願文のオリジナル(英文)と私の訳文(日本語文)を交互に示す「対訳」の形式をとるので、内容に関する疑問点などは原文をご参照の上、原文の著者さんにお問い合わせいただきたく思う。訳文の不備の指摘は私まで。
Enough of this preface thing. Below is the translation.


【続きを読む】
posted by nofrills at 19:00 | i dont think im a pacifist/words at war | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

……全文を読む