kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2019年12月20日

数日、Twitterアカウントを鍵付きにすることにした理由(あるいは中に人がいるbot化宣言)

「こういうの、何度目だよ」と呆れられるかもしれませんし、自分でも呆れてますが、何度でも繰り返さねばならないようです。ネット上で何とか言質をとって炎上させようという人は次から次へと現れるようなので。

昨晩(というか今日未明)、Twitterで、これまで見たことのないアバター(アイコン)の、これまで見たことのないIDの人から、いきなり「それなら何も発言しなければいいと思います」と言われました。所謂「絡まれた」状態ですね。インターネット老人会に代々伝わる教えとしては、そういうときにまともに相手にすると自分が深手を負うので、関わらないのが一番です。「荒らしはスルー」という格言ですが、Twitterで遭遇するのは必ずしも「荒らし」の挙動とは限りません。ただ当方は個人的にネット内外で、「何とかこいつの言質を取ってやろう、都合の悪い発言を引き出してやろう」とふっかけてくる人には何度も遭遇していて、そういうのには、ねこがちゅ〜るに敏感なのと同程度に敏感になっています。(時には、ねこが人間が食べるゼリー的なものをちゅ〜るだと思い込んでしまうように、勘違いすることもあるかもしれません。)

今回「絡んで」きたのも、そういう人だろうと判断されました。たった140字のツイート内で論点をずらしていくタイプ(自分では「論点ずらし」だと気づかないタイプかもしれません)。そもそも前提がおかしい(こちらが言ってもいないことを言ったことにしていたり、共通の前提としていたりする)。そういう人とは、普通に面と向かって話をしていてもまともな対話にはなりません。ましてやネットではとても難しい。Twitterなんていう文脈も示せないような場では無理です。

そしてTwitterでは、そういう「対話」っつーか「会話」をしていれば、ギャラリーがわらわらと寄ってくるわけです。いったんギャラリーが寄り始めたら、ここはお江戸じゃねぇんだ、喧嘩は花じゃねぇ、見世物じゃねぇんだ、っつっても通じない。はてなブックマークで「もめごと」とかいうタグをつけられて晒されるのがオチです。

そうなったらハイウェイ・トゥ・ザ・「炎上」。この年末の忙しいときに。

そして、昨年から今年にかけてわかったことは、「ネット上のもめごと」や「ネット上の炎上」は、リアル世界での暴力と無縁ではないということ。ただでさえ脅されている身としては、これ以上のトラブルはごめんです。周りに延焼しでもしたら目も当てられないし。

というわけで、私のTwitterは、これからは「中の人がいるコピペbot」のようなものになります。メモしておきたい記事の見出しとURLをフィードし、抜粋をコピペするだけにします。

私はアクティビストじゃないし、所謂「Twitterアクティビズム」みたいなのは生温かく見てるだけですし(今回の英国の選挙でも見てるだけでとても疲れた)、元々ハッシュタグは情報共有and/orポインター(「ここ見てね」という意味で)のためにしか使ってないんですが、ハッシュタグを使うと「この人はアクティビズムの人だ!」と喜んで飛び掛かってくる無邪気なわんこみたいな人もいて、そういうタイプの人が「《なんとか》狩り」に興じているときは(今回はTERF狩りですね。私はTERFじゃないですよ。むしろ逆の立場。とか書くと「証拠を示せ」「私が納得するように説明しろ」とか言ってくるんだろうな……これまで何度もあったように。ログでも何でも勝手に掘ればいいじゃない、あるんだから)、「お前が《なんとか》でないことを俺が納得できるように証明できるまでは離さないぞ!」ということになるわけです。

関わりたくないです。

以下、一連の経緯の記録です。


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2019年12月14日

英国の「二大政党制」の終わりは、「第三極の台頭」ではなく「一党優位政党制」を意味するようだ。(2019年総選挙)

12月12日という微妙な日程で行われた英国の総選挙が終わった。全体的な結果について思うところはいろいろあるが、今キーを叩いているのはそれについて書くためではない。北アイルランドの結果について書くためだ。というか、結果だけでなく、北アイルランドでの今回の選挙全体について、できる範囲で。|→予定変更。北アイルランドについては別稿にて。

本題に入る前に英国全体の結果についてちょっとだけメモしておく。日本時間で13日の朝7時(現地12日夜10時)に投票が締め切られると同時に出口調査の分析結果が公表された。Twitterに流れてきていたTV画面のキャプチャ画像でその数字を見た瞬間、何か見間違えてると思ったのだが、次に流れてきていた別のキャプチャ画像にも同じ数字が書いてあったので、見間違いではないとわかった。

この時点で予測されていた議席数は、保守党が368議席、労働党が191議席、LibDems(「自由民主党」という党名は紛らわしいので当ブログでは「LD」と表記する)が13議席、スコットランドのSNPが55議席、環境政党Green Partyが1議席、欧州議会議員選挙ではすごい勝利をおさめたナイジェル・ファラージの新党であるBrexit Partyは議席なし、その他の政党が22議席(うち、北アイルランドに配分されているのが18議席)というものだった。



ちなみに、実際の確定議席数は、保守党が365議席(66増)、労働党が203議席(42減)、LDは11議席(10減!)、SNPは48議席(13増)、Greensが1議席(変動なし)で、その他の政党が22議席 (source)。(「その他」が27議席減ったことになっているがこれは後述するように保守党から追放されて議会解散時に無所属となっていた議員が「その他」に参入されているためで、2017年に選挙を行ったときの数値(317議席)を基準にすれば、保守党の「66増」は「48増」となる。)

「保守党368議席」の数値に「出口調査の数値は予測であって、確定結果じゃないし、今回はギリギリで競る選挙区が相当たくさんあるから」と述べている人もTwitterにはいたが、実際には365議席だったので、誤差はほとんどなかった。労働党の191議席は少なく見積もりすぎだったが、問題はそんなところにはなく、投票締め切りと同時に「保守党の単独過半数」がわかったということが重要なポイントだった。

英国の下院で単独過半数に必要な議席数は326議席。今回の選挙の最大の注目ポイントは、ボリス・ジョンソンの保守党がこの議席数を獲得できるかどうかだった。今回の選挙は「Brexitを問う選挙である」みたいなざっくりした説明が当たり前のように横行しているようだが、Brexit云々とは別に、ジョンソンの嘘上等&法律違反上等のめちゃくちゃな手口(政治手法)がノーチェックで通るということがないよう、議会を政府に対する一種の弁みたいにするために保守党の単独過半数を阻止しなければならないという有権者の運動は選挙の実施が決まってからわりとすぐに始まっていた。Twitterでは「戦術的投票 tactical voting」を呼び掛ける発言がシェアされ、それを支持する著名人の発言も相次いだ(その一例は、英語実例ブログのほうで取り上げた)。選挙が終わってみたら、ジョンソンがこの選挙で成立することになる自身の政府を "people's government" と厚顔無恥にも名付けているためだろう、そういった呼び掛けの発言を行った著名人はまるで「『人民の意思 people's will』の実現を邪魔しようとする国賊」であるかのように扱われていて(後述)ものすごく息苦しいのだが、そういう「結果」が発生する前の段階、つまり「単独過半数を阻止しよう」という勝手連的な運動が起きた段階で、ウォッチャーとしては、これは注目に値することだと思った。英国の政治が「二大政党制 two-party system」を前提としてきた時代が終わったということだからだ。


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posted by nofrills at 06:00 | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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