kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2019年11月30日

ロンドン・ブリッジでまたテロ攻撃――テロリストとして有罪になっている人物が、なぜまたテロを起こせたのか

11月29日(金)の23時台、Twitter経由でロンドン・ブリッジで何かが起きているということに気づいた。現地では14時台だ。最初はよくある鉄道トラブルかなと思った。英国は米国の感謝祭は存在しないが、それにまつわる商業行事のブラック・フライデーのセールだけはここ数年で輸入されているので、その関係のイベントかなとも思った。しかし実際に起きていたのはそういうことではなかった――一帯は封鎖されており、銃声があったという。

ロンドン・ブリッジでは以前にもテロ攻撃があった。2017年6月3日、橋を北から南に進んでいく車が歩道の歩行者の中に突っ込み、テムズ川の南岸に渡り切ったところで車を捨てた犯行グループ3人が、今度は刃物を用いて、バラ・マーケット (Borough Market: 大量生産でない加工品やオーガニックの野菜などで有名な食品の市場だが、敷地内にレストランやパブもたくさん入っている) にいた一般の人々を次々と襲った。8人を殺し、48人を負傷させた容疑者3人は、そのすぐ先で警察に撃たれて死んだ。イスイス団に触発されての凶行だった。
https://en.wikipedia.org/wiki/2017_London_Bridge_attack

英国では事件・事故などで亡くなった人の死亡原因の特定のために、inquest (死因審問)と呼ばれる法的手続きが取られるが、2017年6月のバラ・マーケットでのテロのインクエストは、今年5月から7月に行われたところだった(このインクエストの結論は特に驚くべきものはなかったので、Twitterなどでメモることもしてないと思う)。
https://en.wikipedia.org/wiki/2017_London_Bridge_attack#Inquest

あのテロに影響を受けた何百人という人々は、インクエストの報道を見てまた「あの日」のことを思い出していたに違いない。

それから4か月ほどで、また同じロンドン・ブリッジで、何百人――いや、ひょっとしたら何千人の規模で、「あの日、自分はそこにいた」と回想することになる人々が増えた。平日の昼間に、道路の通行止めや駅の封鎖などで交通網にも広く影響が出たから、間接的に影響を受けた人は何万人の単位になるだろう。Twitterでフォローしている方の中にも、ご家族の誰かが発砲音を聞いた人や、交通の混乱に巻き込まれた人がいる。この

今回のテロ攻撃は、29日(金)午後2時前に、ロンドン・ブリッジの北側にあるフィッシュモンガーズ・ホールのあたりで起きた。この建物は魚屋のギルドの建物で、ルーツは中世にあるが現在の建物は19世紀半ばに建設されたものである。第二次大戦でのロンドン空襲で損傷して修復され、現在はGrade IIに指定されている(文化財の指定を受けている)。外観はあまり派手ではないが、中は壮麗で、イベント会場として貸し出されるなどしている。
https://www.squaremeal.co.uk/event-party-venues/fishmongers-hall_275

29日(金)は、この建物で、ケンブリッジ大学のコンファレンスが行われていた。分野は犯罪学だが、テーマは "Learning Together", 犯罪を犯した人と一般社会の関係を「学び」によって再構築していこうという取り組みである。"Learning Together" という取り組みは、ケンブリッジ大だけでなく英国の多数の大学が参加して進めていて、今はちょっと重いようだけど取り組みをまとめたウェブサイトもある。
https://www.learningtogethernetwork.co.uk/

このコンファレンスに招かれていた元服役囚が、今回の事件を起こした。現時点で報道されていることをまとめたウィキペディアには次のように記載されている(事件が進展中の段階ではこんなにすっきりまとまった情報は出ていなかったということは強調しておきたいが):
A man attending the event, and wearing a fake suicide vest, threatened to blow up the hall. He began stabbing people inside the building. He subsequently began stabbing pedestrians at the north side of the bridge. Several people fought back, including one who grabbed a narwhal tusk from the wall inside Fishmongers' Hall to use against him as a weapon.

Several people were injured before members of the public restrained the attacker on the bridge. The police arrived shortly thereafter and surrounded the attacker, firing multiple shots. The attacker was shot by police and died at the scene.

https://en.wikipedia.org/wiki/2019_London_Bridge_attack


このようにして5人が刺され、うち2人が残念なことに亡くなった(現時点では男性1人、女性1人としか報じられていない)。

襲撃者はこのコンファレンスに「当事者」として招かれていたのだが、では彼はどのような罪で服役することになったのか。現地でも日付が30日になったころには、それが報じられていた。明らかになった事実に、私は言葉を失わざるをえない。

London Bridge: Attacker had been convicted of terror offence
https://www.bbc.com/news/uk-50610215


Usman Khan profile: terrorist who wanted to bomb London Stock Exchange
https://www.theguardian.com/uk-news/2019/nov/30/usman-khan-profile-terrorist-who-wanted-to-bomb-london-stock-exchange


襲撃者、ウスマン・カーンは28歳。2010年、19歳のときにロンドン証券取引所を爆破しようとした集団の一員として、2012年に有罪判決を受けていた。量刑は「もはや社会に危害を加えるおそれがなくなるまでは保釈なし」とされていたが、この条件は後に緩和され、2018年12月に仮釈放されて保護観察下に置かれていた。電子タグを常時着用することを条件とした仮釈放だ。
The Met has identified the London Bridge attacker as Usman Khan, a 28-year-old man released from prison on a licence (parole) in December 2018 after spending eight years in jail for terrorism offences.

... Khan was wearing an electronic tag

https://www.theguardian.com/uk-news/live/2019/nov/29/london-bridge-incident-police-city?page=with:block-5de1dc7f8f08cd6fe586e952#block-5de1dc7f8f08cd6fe586e952

Khan was originally classed as never to be released unless deemed no longer a threat but this condition was later lifted.

He was freed in licence in December 2018.

https://www.theguardian.com/uk-news/2019/nov/30/usman-khan-profile-terrorist-who-wanted-to-bomb-london-stock-exchange


2012年のこの判決について、うっすらと記憶にあったので(ロンドン証取はIRAが1990年にボムっているので「またか」と思ったことは確実)ログをあさってみたら、当時の記事が出てきた。

【続きを読む】
posted by nofrills at 19:30 | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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