kafranbel-aug2011.jpgシリア緊急募金、およびそのための情報源
UNHCR (国連難民高等弁務官事務所)
WFP (国連・世界食糧計画)
MSF (国境なき医師団)
認定NPO法人 難民支援協会

……ほか、sskjzさん作成の「まとめ」も参照

お読みください:
「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2019年10月25日

欧州大陸から来たコンテナと、39人の中国人とされた人々と、アイルランドのトラック野郎と、そして……?

きれいに手入れされているように見えるそのトラックのフロントガラスの上部と下部には、
Ireland
The Ultimate Dream
という文字が見える。

そのトラック(正確にはトレーラー)はアイルランド島からウェールズを経てイングランドにやってきた。運転手は北部6州(北アイルランド)のアーマー州ポータダウン在住の20代男性。専業のトラック運転手だ。彼はダブリンからフェリーに乗り、ウェールズのホリーヘッド港に到着し、一路車を南東に向けて走らせた。ロンドンを通り越して到着したのは、テムズ川河口域のエセックス州サロック (Thurrock) のグレイズ (Grays)。ここで彼は、港に到着していたコンテナを受け取った。欧州大陸から来た冷凍コンテナだ。この荷物をどこかに運ぶ仕事を請け負ったのだろう。

そして彼は殺人 (murder) の容疑で逮捕されることになった。コンテナの中では、39人の人間が死んでいた。



「エセックス州の港で、コンテナの中で39人が死亡しているのが発見された」というショッキングなニュースがあったのは10月23日の晩(日本時間)。当初、「ホリーヘッドから入った」(ホリーヘッドはアイルランドのダブリンからのフェリーが発着する港である)、「ブルガリアから来た」という2つの情報が直接結びつけられて報道されていたので、「ブルガリアからアイルランド経由でイングランド南東部へ移動?」と多くの人々が頭の上に「?????」を並べていたようだったが(私も)、一夜明けてみれば、トラックの車の部分(トレイラー)がアイルランドから来ていたのであり、39人が入れられていたコンテナはベルギーの港から直接サロックの港に来ていたということがわかった。

Brexitがこうなっているタイミングで、こんな形で欧州と英国の間の物流について、そして何よりアイルランド島の「ボーダー」(アイルランドを1つと見る立場では、あれは「国境」ではない)と、アイルランドとブリテンの間の物流について、改めて確認されるようなことになるとは。

亡くなっていた39人は、24日の報道では、全員中国籍と思われ、男性が31人、女性が8人。うち1人は、初期報道では「ティーンエイジャー」と伝えられていたが、やがて「若い成人女性」とされるようになった。
https://www.bbc.com/news/uk-england-essex-50162617
Essex Police said it was the largest murder investigation in the force's history and the victims were all "believed to be Chinese nationals".

It said formal identification of the 39 people, one of whom is a young adult woman, "could be a lengthy process".


コンテナに何十人と詰め込まれた人間が全員遺体となって発見されるということは、これまでも何度かあった。最も衝撃的だったのは、2015年、オーストリアで冷蔵車の中から71人の遺体が見つかった事件だろう。

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posted by nofrills at 09:35 | todays news from uk | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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