人間が考えるたいがいのシステムは、いつかは古くなって、実用に耐えなくなるか、実態にそぐわなくなるのが当たり前かもしれない。何らかの問題を解消・解決するために、いろいろな要素がある中で何かを優先して考案されるシステムは、時代の流れ、状況・環境の変化、人々の考え方の変化によって、だんだん齟齬が生じてくるものだろう。
1998年のグッドフライデー合意 (GFA) でスタートした現在の北アイルランドの「自治」は、通常の「与党と野党」というシステムではなく、「パワー・シェアリング(権限の分担) power sharing」という形で機能するシステムだ。通常は議会で過半数を持った政党が組閣するが、北アイルランドでは獲得議席数に応じて閣僚ポストが各政党に割り当てられている。なので北アイルランドには「与党」もなければ「野党」もない。
しかしGFAでの自治議会は、2002年の「スパイ騒動」(その事実はなかったことがあとで確定されたが)でサスペンドされてしまった。さらに
2003年の自治議会選挙でGFAに反対していたDUPが最大政党となった。どうすれば北アイルランド自治議会を機能させることができるかが模索され、交渉交渉また交渉の末、シン・フェインによる警察の支持という歴史的な転換点を経てDUPの支持を取り付けることで実現されたのが、
2006年のセント・アンドルーズ合意に基づく現在の自治政府だ。これにより、ユニオニスト側のDUP、ナショナリスト側のシン・フェインをそれぞれ最大政党とし、両党から正副ファースト・ミニスターを出し、UUPとSDLPとアライアンスも閣僚を出すという形が実現された。この合意で、司法 (justice) の権限が英国の直轄統治から北アイルランドの自治に戻されることとなり(具体的に実現したのはさらにその数年後だったが)、
ストーモントの自治議会は2007年5月8日に心あたたまるようなセレモニーで再起動された。現在の自治議会はそのときに再起動された自治議会である。
https://en.wikipedia.org/wiki/Northern_Ireland_Assembly#Current_assembly_and_suspensions……というわけで、(DUPは全力で否定するが)元々は1998年のGFAで形になった自治議会のシステムが、そのときそのときに修正されつつ、何年もかけてまともに機能するようになって今日がある……というだけなら美しいのだが、これが機能しない。
システムの(今から見れば)原型といえるものが作られた1998年までの時点では、解決・解消されるべき問題は「宗派間対立」だった。というか、より正確には「50%以上の "プロテスタント" が、50%未満の "カトリック" を二級市民扱いしてきたことから、武力紛争になった」ということを踏まえ、(大まかに政治的に「ユニオニスト」と「ナショナリスト」に対応する)これら2つの宗派の一方だけに偏って有利な政治を行わないようにしなければならないということが、「ポスト紛争」のシステムの最優先事項だった。「クロス・コミュニティな/双方のコミュニティ間で隔たりなく cross-community」という形容詞が、とても重要なキーワードだった。
しかし、である。
With the first minister Peter Robinson in hospital recovering from a heart attack and unable to take part in the debate, his DUP attempted to introduce a bill that would have led to reforms of the benefits system locally and manage redundancies in the civil service.
But Sinn Féin and the SDLP exercised a veto known as the “petition of concern” where bills can be defeated if one side of the sectarian/political divide claims there is insufficient cross-community support for the law.
--- Northern Ireland power sharing in crisis as welfare bill fails
Tuesday 26 May 2015 22.54 BST
http://www.theguardian.com/politics/2015/may/26/northern-ireland-power-sharing-in-crisis-as-welfare-bill-fails
阻止された法案はウエストミンスターの緊縮財政方針にともなう福祉削減に関するもので、
2014年12月のストーモント・ハウス合意(「エクストリーム交渉」の末、結ばれた合意)に含まれていたのだが、
この3月、突然シン・フェインが支持を撤回した(「エクストリームUターン」)。既にEUの予算もとりつけていたメイズ/ロングケッシュ刑務所跡地再開発計画への支持を、DUPがいきなり撤回したことを思わせるようなUターンだった(あのころから、「ピース・プロセス」の行き詰まり感ははっきりとわかるほどになった)。
ここでシン・フェインとSDLP(ナショナリスト/カトリックの側)が、「福祉の削減」というクロス・コミュニティ云々(つまりセクタリアン・ディヴァイド……今はこの言葉はあまり使うべきではないのだが)の問題ではないものについて「一方の側での説明・議論・理解・支持が不十分な場合の拒否権」を使うのは、「法案成立を阻止するために、使えるものは何でも使っている」状態だろう。
しかし、これは本質的にとても危ういことだ。この法案は、「ナショナリスト/カトリックは承服できないが、ユニオニスト/プロテスタントは支持している」などというものではないからだ。
実際、ユニオニストの側からこんな声が上がっている。
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