「なぜ、イスラム教徒は、イスラム過激派のテロを非難しないのか」という問いは、なぜ「差別」なのか。(2014年12月)

「陰謀論」と、「陰謀」について。そして人が死傷させられていることへのシニシズムについて。(2014年11月)

◆知らない人に気軽に話しかけることのできる場で、知らない人から話しかけられたときに応答することをやめました。また、知らない人から話しかけられているかもしれない場所をチェックすることもやめました。あなたの主張は、私を巻き込まずに、あなたがやってください。

【お知らせ】本ブログは、はてなブックマークの「ブ コメ一覧」とやらについては、こういう経緯で非表示にしています。(こういうエントリをアップしてあってもなお「ブ コメ非表示」についてうるさいので、ちょい目立つようにしておきますが、当方のことは「揉め事」に巻き込まないでください。また、言うまでもないことですが、当方がブ コメ一覧を非表示に設定することは、あなたの言論の自由をおかすものではありません。)

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2015年03月15日

今年はストーモントの危機のため、あの重要な外交日程が飛んだらしい。

「エクストリームUターン」がおおごとになりつつある。毎年、北アイルランドの政治トップは、セント・パトリックス・デイは訪米して外交を行なう。政界・ビジネス界の人たちと会い、「投資」を呼び込み、「友好関係」を確認し強化することが目的だ(最近では「映画やドラマのロケ地」としての北アイルランドの売り込みがかなり成功しているが、ほかにも企業誘致などはかなり活発な様子が日々のニュースからうかがえる)。セント・パトリックス・デイ当日、つまり3月17日は、ホワイトハウスが北アイルランドの政治トップを招待するのが恒例で、この「毎年恒例の聖パトリックの日の外交」は、北アイルランドの政治日程よりも優先的に行なわれる……というか、北アイルランドの政治日程はそこを外して組まれていると思う。それが当たり前だったので、ちょっとびっくりした。

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北アイルランドのこの40年の写真集に、いろいろと隣り合わせなのだなと思う。

北アイルランド報道写真家協会 (NIPPA: The Northern Ireland Press Photographers Association) が40周年とのことで、ベルファスト・テレグラフが過去約40年の北アイルランドの写真を38点集めた写真集を公開している(40年以上前のものもある)。

Northern Ireland Press Photographer of the Year: 40 years of iconic images
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/northern-ireland/northern-ireland-press-photographer-of-the-year-40-years-of-iconic-images-31062487.html


報道写真家たちが撮影してきたのが「紛争」の光景だけではなかったということがよくわかるが、逆に言うと、ランダムすぎてやや分かりづらいかもしれない。

1点目はサッカーの北アイルランド代表としてボールを蹴るジョージ・ベストだ。彼がNI代表でプレイしていたのは1964年から77年で、写真は70年代半ばと思われるが、キャプションが詳しくないので、さらに調べてみないとわからない。ちなみに今年はジョージ・ベスト没後10年で(早いものだ)、息子のカルム・ベスト(モデル)が本を出したりしている。




2点目は「紛争の終わり」を象徴する有名な写真。Time for peaceと書かれた壁の前で子供が遊んでいる光景。3点目は「紛争」の有名な写真で、父親の棺を担いでいく武装組織の男たちの間に見える幼い女の子。4点目は「紛争」そのもので、マイケル・ストーンによるミルタウン墓地襲撃。5点目は1972年1月30日、デリーのあの一枚……と来て、次がいきなり「サッカー馬鹿」の写真。1982年のワールドカップ・スペイン大会に出場を決めた瞬間のファンの姿(ちなみにこの大会では準々決勝まで進んでいる)。ジャージも靴もアディダスだ。次は「旗騒動」の「中の人」のひとり、ウィリー・フレイザーの、思わずふきだしてしまうような写真。その次、8点目は1998年和平合意によるノーベル平和賞の2人と、目立ちたがりの芸能人。9点目はポータダウン紛争(オレンジ・オーダー)。

こんな感じで、写真家たちがとらえたさまざまな瞬間が、わりと脈絡なく、38点続いている。

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2015年03月12日

歯止めなき「ついうっかり」

「アイルランドさんなら、やってくれると思ってました」というコメント(超訳)も出ているが、アイルランド共和国が、「それは断固として非合法にしておかないとダメでしょう」というものを、ついうっかり合法化してしまったそうだ。「合法化」というより「違法ではない」状態といったほうが正確かもしれない。

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4年前の今ごろ、英語圏で流れていた「デマ」を振り返る。

私は「デマ」という言葉が嫌いだ。より正確に言えば、「デマ」という言葉のゆる〜い使用が嫌いだ。それゆえ私は意図的に「誤情報」という表現を用いている。

「デマ」は「デマゴギー」、つまり「政治的な目的で、意図的に流す扇動的かつ虚偽の情報」という意味に限定して使うべきと私は考えている。しかし、現代の日本語の「デマ」という言葉に、「事実に反するうわさ。流言飛語」という意味があることも知っている。だが後者ならば、「噂」、「流言飛語」、「根拠のない説」、「不正確な情報」などと表現すればよいのであり、その場合に「デマ」という言葉を使うことは、「政治的な目的で意図的に流す煽動的かつ虚偽の情報」という本来の意味を無化する取り組みにほかならないと思っている。その誤った情報・無根拠な話が「政治的な目的で……」なのかどうかがわからないときは、単に「誤情報」と言うべきであると考えている。

その上で、本稿ではあえて「デマ」という表現を使う。なぜなら、まさにその表現が用いられてきたことについて書くからだ。(本稿表題の「デマ」は、普段なら「誤情報」と書いているようなものだ。)

4年前、2011年3月11日、時差7〜9時間の欧州が朝の活動時間帯に入ったころ、日本時間で14時46分にあの大地震が発生した。



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2015年03月10日

「わたしは人間を、固く信頼している」と危機のときに。

「エクストリームUターン」から、着地する間もなく華麗に毎年恒例のセント・パトリックス・デイの対米外交ツアー開始と、あまりに目まぐるしい北アイルランド。

BBCも "The Northern Ireland Assembly is in crisis following the decision." と述べているように、えらいこっちゃ、である。

そんなときに、どう反応していいのやら……ということが。


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「エクストリーム交渉」の次は、「エクストリームUターン」か。

また「あなた、ストーモントちゃんが大変」のニュース。

Northern Ireland devolution could be derailed by row over welfare reforms
Monday 9 March 2015 14.37 GMT
http://www.theguardian.com/politics/2015/mar/09/northern-ireland-devolution-could-be-derailed-by-welfare-reforms

After 100 days of talks and just two days before Christmas, Sinn Féin, the DUP, the Ulster Unionists and the SDLP reached an agreement at Stormont that saved devolved government in Belfast from collapse.

The reform of the welfare system in Northern Ireland was the major stumbling block of the marathon talks that at one stage directly involved the British and Irish governments.

But Sinn Féin appeared to do U-turn on Monday on backing welfare reforms, with McGuinness confirming his party will put down a “petition of concern” to block the welfare bill going through the Stormont assembly. Under the complex rules of devolution if two parties or more issue a “petition of concern” it can veto any proposed legislation as it would not have cross community support.


ログはこちらです。
http://chirpstory.com/li/255666

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2015年03月08日

ようやくのことで、各記事末尾に「同じカテゴリの最新記事」の表示をつけました。

現在、Seesaaブログでは、各記事(エントリ)の末尾に、その記事と同じカテゴリの最新記事タイトルや、ソーシャル・メディアに関するボタンが表示されるのがデフォルト(初期段階での仕様)になっている。が、当ブログでは今までそれが表示されていなかった。機能提供開始時に既に長くSeesaaブログを利用していて、HTMLを自分で変更していたので、自動的に反映されなかったという次第だ。

それを先ほど、表示されるようにした。



検索してみると、2009年2月5日に開始された機能で、実に6年前の「新機能」。(^^;)

優先順位がとても低かった上に、どこをどうすればどうなるのかさっぱりわからなかったので今まで後回しにしてしまっていた。

以下、同じように迷っている方がいるかもしれないので、簡単な作業メモ。

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「追悼」と、対立と。

2009年の3月7日の夜(現地時間)、アントリムにある英軍基地、マセリーン・バラックスに宅配ピザが配達され、受け取りに出てきた兵士2人が何者かの銃撃を受けて殺された。ピザの配達の人も重傷を負った。ほどなくReal IRAが犯行声明を出し、すぐに何人かが逮捕され、うち2人が起訴されたがどちらも銃撃の実行者ではなく、最終的には誰も有罪にならず(1人は一度有罪になったが、その判決が上級審で覆された)、つまり事件は「未解決」の状態になっている。



「例のアメリカ人の口出し」とは、ニューヨークの偉いカトリックの聖職者が数日前に「IRAはカトリックを利用した暴力集団であり、ISISと本質的に変わらない」という非常に粗雑な発言をしていることを指す。それに便乗して、北アイルランドの政界はつつかれた蜂の巣かという状態でとげとげしい発言がわさっと出てきていて、「ああ、選挙前ですね」という気がする。

ともあれ、そんなこんなで、去年まで3月7日にDUP関係者が何か発言していたことがあったかと検索していたら、何のはずみでか、1981年の写真に行き当たった。ゲッティ・イメージズのアーカイヴ写真だ。銃を持った英兵に子供たちが群がっている。「プロテスタント」の子供たちだ。

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反応したら負けなのだが、負けっぱなしの件。

党大会。
http://www.sinnfein.ie/ard-fheis-2015

日本時間で午前5時ごろから、党首のスピーチの予定。

そして流れてきたのが……

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レイアウトを変えました。

3カラムのレイアウトをやめて、2カラムにしました。まだ微調整中。



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2015年03月07日

「あの連中」を「人間」として見つめなおすこと……北アイルランド、デリーで進む和解と赦し

今週末はシン・フェインの党大会が開催されている(→マーティン・マクギネスのスピーチが金曜日に行なわれた)。場所はデリーだ。シン・フェインの党大会が北部6州(北アイルランド)で開催されるのは、2011年のベルファストに続き、まだ2度目である

英国の総選挙直前&アイルランド共和国の総選挙の1年前(&1916記念行事の1年前)というタイミングでの党大会に、シン・フェインは「(かつての)対立の向こう側」の人々を招き、招かれた側もそれに応じている。






毎年夏のパレードでおなじみのロイヤリストの楽団(鼓笛隊)の組織も、フリンジ・イベントに参加し、ワーキングクラスのプロテスタントの人々の教育に関する問題(北アイルランドの労働者階級プロテスタントの特に男子は、全英で突出して教育程度が低いということが統計でわかっている)について発言する。
http://www.belfasttelegraph.co.uk/news/northern-ireland/loyalists-to-join-sinn-fein-event-31034217.html

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2015年03月04日

「イスイス団が殺した息子の肉を母親に食わせた」? それ、事実確認取れてないんじゃないですか?

「『イスラム国』が殺害した男性の肉を母親に食べさせていた」という《噂》が、日本でも「ライブドアニュース」経由(記事クレジットはフォーカス・アジア)で広まっているようなので、それは《噂 rumour》ですよ、ということを書いておく。ていうか一応ブコメに書いておいたんだけど、詳しく書く。(日本語圏で「元ネタはデイリー・メイル」ということになってるのも間違っているので。)

真偽不明の《噂》が出回ることは、戦地ではよく見られる。戦地でなくても、うちらが普通に日常生活を送っている東京でだって《都市伝説》が日常的に出回っている。「池袋の○○ビルに行くと、誘拐されて外国に売り飛ばされる。被害者に会って話をした雑誌記者がいるが、記事を書こうとしたら○○組に脅迫され、書けなかった」といった類の《噂》だ。「世間話」として広まりはするが、誰もそれが《事実》であるという確認が取れないまま、細部に変形が加わりつつ、単に口から口へと伝わる。

しかし中には、今回の「殺害した男性の肉を……」の《噂》のように、報道機関が媒介する(文字通りの「メディア」になっている)こともある。

2007年には、英軍が占領していたイラク南部の都市バスラで「英軍が持ち込んだ人食い巨大バジャー(アナグマ)が人々を無差別に襲っている」という、恐るべき生物兵器(マジでそう言われていた)の存在が噂された。これも報道機関が媒介した(このときはアルジャジーラ。詳細はリンク先を読んでください。すごいから)。

が、報道機関が媒介した結果、《都市伝説・噂》の飛び交う狭く閉じた世界の外に伝えられることで、「そのような事実はない(のではないか)」という客観の光が与えられることもある。

前置きはこのくらいにして、本題。ブコメで書いたとおり、「殺害した男性の肉を……」は「十中八九根拠なし」と考えられる。ライブドアニュースの記事のタイムスタンプは「2015年3月3日 11時53分」となっているが、その時点では既にdebunkされていた。




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2015年03月03日

「ギリシャの財務大臣」ネタでのドイツの自虐ギャグ〜こういうの、ジャーマン・メタルっていうんですか

2015年、話題を独り占めしている男がいる。ではない。「ギリシャの財務大臣」ことヤニス・ファロファキス氏だ。この1月25日の総選挙で300議席中149議席を獲得し、勝利した「急進左派連合(シリザ)」の政権で財務大臣に任命されたが、本職は経済学者である。が、彼が目立っているのはむしろそのいでたちゆえだ(このなりでなくても、「ギリシャのこの政権の財務大臣」は注目されたと思うが)。2月上旬にロンドンを訪れたときの報道写真がこれである。



ジーンズを履き、シャツのすそを外に出して(しかもこのシャツの色!)、革ジャン。眼光鋭く、スキンヘッドに近い頭。こんな財務大臣、デレク・ジャーマンの映画に出てきてほしい。

このルックスで、ゴリゴリした発言をしてギリギリの交渉をしているのだから、そりゃもう見てる側はおもしろいだろう。私も、他に何もなければ、ポップコーン持ってきてユーロ圏を見てたかもしれない。

で、思わぬ「強敵」の出現に頭を抱えている(らしい)のがドイツである。そのドイツから爆笑ビデオが回ってきたので、エヴリバディ、トゥゲザーしようぜ、というのが本エントリだ。

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2015年03月02日

「テロリストと話をする」ことをめぐって。

「テロリストと話をする talking to terrorists」は、(明示的か非明示的かは別として)「北アイルランド和平」以降の英国政府の基本方針である。

2014年10月、その基本方針のアーキテクトであるジョナサン・パウエルが、まさにそのタイトルの本を出した。ガーディアンのジェイソン・バークがそれについて簡潔なインタビュー記事を書いているのでご一読されたい。(この記事、何という俺得なんですけどね。)

Talking to Terrorists: How to End Armed Conflicts review – an optimistic analysis
http://www.theguardian.com/books/2014/oct/13/talking-to-terrorists-review-jonathan-powell-how-to-end-armed-conflicts

As a US-led coalition continues to attack the Islamic State (Isis), Jonathan Powell, a former adviser to Tony Blair and a key intermediary in the successful negotiations between the British government and the IRA, poses an important question: should we talk to the terrorists?

His answer is yes, for without talking we will never have a true peace. Even if we can obliterate the enemy through sheer firepower, we cannot eliminate the threat they pose without removing at least some of the grievances that motivated them in the first place. And this needs a negotiated solution.


0099575868Talking to Terrorists: How to End Armed Conflicts
Jonathan Powell
Vintage 2015-10-01

by G-Tools

※amazon.co.jpのカタログでなぜ「2015年」となってるのかはわかりません。2014年10月に出てることは事実。

これについて、先ほどちょっとしたやり取りを見た。駐リビア英国大使の発言がきっかけだ。


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タグ:リビア
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2015年03月01日

英総選挙で注目されるUKIPと関係する、極右団体Britain Firstとは。

英国は、総選挙まであと2ヶ月ほどとなっている。今回の総選挙で最も注目される政党は、UKIP (UK Independence Party, 英国独立党) だろう。UKIPは2014年5月の欧州議会選挙で英国の第一党となり、26.6%の得票率で、総議席73のうち24議席を獲得した(第二党は24.4%の労働党で20議席、第三党が23.1%の保守党で19議席)。現在国会に持っている議席は、保守党議員が離党してUKIPで出直した補欠選挙で得た議席である。1993年に設立され、英国政治ウォッチャーの間では「常にそこらへんをうろちょろしている反マーストリヒト条約・反EU統一の人たち」と認識されてきたと思うが、それが「まともに取り合う意味のある政党」という位置づけになったのはここ数年のことだ。党首ナイジェル・ファラージはパブリックスクール出だが、大学に進まずすぐに実業界に入ったという人で、政治家としては「人々が聞きたいことを言ってみせる」という手法(ポピュリズム)を実に効果的にとっている。「ああいう意見を聞きたい人」に訴えかけるというあの能力は、「ああいう意見は耳を傾けるに値しないと思っている人」からは軽視されている(場合によっては侮蔑されている)ので、政治を語っちゃうクラスではまるで脅威と思われていないか、脅威として過大評価されすぎているかという傾向はあるかもしれない。でも、UKIPが「注目の党」であるということは確かである。

2月半ばには、「UKIPが政権を取った英国」を想定したドキュドラマがITVで放映された(東京にいる私は当然見ていないし、レビューを見ても作り物は作り物というような感じだったのかなと思うが)。




そのUKIPとつるんでいる極右勢力がある。Britain First(ブリテン・ファースト、BF)という。「つるんでいる」というより「絡んでいる」のかもしれないが、上記のドキュドラマに対する抗議のメール送信活動なんかもしてたらしい(送り先は、放送したテレビ局と、テレビ番組の内容を審査する機関)。






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Twitterがいろいろ変更されて、統計的なものが簡単に見られるようになっているので、見てみるといいと思う。

2月半ば以降、ブラウザでTwitterの画面を表示させるのにえらく時間がかかるようになっていた。abs.twimg.com(Twitterの画像)の読み込みに何十秒もかかるようになっていたのだ。何か変更中なのだろうと思っていたところに、昨日かおとといくらいから、新たなボタンが表示されるようになった。Twitterでは、人により表示開始の時期はずれがあるようだが、私は前のアップデートのときも遅かったので、私のところで表示されているということは、もうみんな表示されているだろう。今回アップデートされたのは、View Tweet Activityというボタンだ。スマフォの公式アプリでは2月上旬から稼動していたものが、ウェブ/PCにも導入されたらしい。






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「北アイルランド」というブランド

日本訪問中のウィリアム王子は、真顔でお茶会してみたり、どーもくんと馴れ合ってみたり、英連邦戦没者墓地にお参りされたりするだけでなく、「英国の産業振興」のためのイベントにも出席されている。

現在、「英国の産業振興」のために用いられているスローガンは、"Britain is Great" というものだ。これは「大ブリテン島(グレート・ブリテン)」という、単に「大」という意味のgreat(フランスから見たときの用語法で、フランス語のgrandが元)と、「偉大である、すばらしい」という意味をかけたスローガンだが、まあよくこんなのを真顔で……と個人的には思っている。
https://www.gov.uk/britainisgreat


実際には、"Culture is Great (Britain)" というような形のスローガンとなる。
http://www.britishcouncil.org/organisation/facts/programmes-and-initiatives/great-campaign

が、ウィリアム王子訪日中には、そこに "and Northern Ireland" が加わっていたと小菅信子先生が教えてくださった(私はこの写真は見ていなかった)。

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【2003年に翻訳した文章】The Nuclear Love Affair 核との火遊び
2003年8月14日、John Pilger|ジョン・ピルジャー

私が初めて広島を訪れたのは,原爆投下の22年後のことだった。街はすっかり再建され,ガラス張りの建築物や環状道路が作られていたが,爪痕を見つけることは難しくはなかった。爆弾が炸裂した地点から1マイルも離れていない河原では,泥の中に掘っ立て小屋が建てられ,生気のない人の影がごみの山をあさっていた。現在,こんな日本の姿を想像できる人はほとんどいないだろう。

彼らは生き残った人々だった。ほとんどが病気で貧しく職もなく,社会から追放されていた。「原子病」の恐怖はとても大きかったので,人々は名前を変え,多くは住居を変えた。病人たちは混雑した国立病院で治療を受けた。米国人が作って経営する近代的な原爆病院が松の木に囲まれ市街地を見下ろす場所にあったが,そこではわずかな患者を「研究」目的で受け入れるだけだった。

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